奇想天外な未来の言動にも慣れてきた3年目。
俺も未来も25歳になった。
あいつなりにマネージャーらしくなって、俺を売り込んでいる姿をよく見かける。
なんでも局の首脳陣やプロデューサーを瞬時に見極めるのは得意だそうだ。
「あ…ミッドナイトTVの責任者の方です!」
ある日の収録日、挨拶してきます…と言って、俺から離れた未来。
「ぜひ!次回作に椎名瑠偉をよろしくお願いします!」
「あぁ…オレンジスプラッシュの瑠偉くんね…!俺も散々推してるんだけどさ、いろいろ決めるのは上司なんだよね…」
…全然見極めてねーじゃねぇか。
そうかと思えば最近、いろいろ洒落こむ事も覚えたようだ。
「…っ、おっと!…びっくりした…!」
仕事に行くのに迎えに来た未来。ドアの外で俺を待ち受ける姿に度肝を抜かれた…
「未来…何があった?」
「…は!何か、おかしいところでもあるのでしょうか?」
全部おかしい…と言いたいが、かいつまんで伝えることにする。
「まず顔だ。…ってか、顔だ」
「…顔…」
俺だって…いくら未来でも、女子に向かって「顔が変」なんていいたくない。
だが、これはひどい…
「…なんでそんなにテカってるんだ?油でも塗ったのか?」
「…いえ、これは最近流行りのヌーディな質感にするために一役買うと噂の韓国コスメでして…」
「1万歩譲ってそれはいいとして、どうしてそんなに唇が腫れているんだ?」
光ってるとかテカっているどころではない。盛り上がって腫れている。そしてヌラヌラしている。
「正直言って怖いぞ?」
俺はもう一度部屋のドアを開けた。
…顔を洗って出直せという意味だ。
「そ…それでは、失礼いたします」
撮影が長引いて、荷物が多くて…この3年、未来は何度も俺の部屋に入っている。
特別案内しなくても、洗面室が何処かくらいはわかってるはずだ。
化粧を直す間、俺も一旦部屋に戻ってソファに腰を下ろして待つことにした。
…本当は、わかっている。
未来が流行りのメイクなんかするようになった理由を。
「お…お待たせいたしました!お見苦しいものをお見せしまして…そして時間がかかってしまい…っ…ギャっ!」
腕時計を確認して焦っているということは、入りの時間が迫っているのだろう。
「はいはい。お見苦しいものはこれまでも散々見たから驚かないよ」
携帯から視線を上げず、先に玄関に向かう。
ドアを開けたまま、靴を履く未来を待ち…化粧を落とした顔を見た。
相変わらず透明感のある白いツヤ肌。…こんなキレイな肌に、なにを塗りたくって美しくなりたいというのか。
「あ…あの…洗面室の化粧品、増えましたね…」
俺の顔を見ずに未来が言う。
…その言葉の意味は…わかる。
部屋に入れる女性の数が増えている、ということ。
「…まぁ。皆、勝手に置いていくからさ」
「そうですか…あの、どなたかの化粧水…勝手に借りちゃいました!」
急に笑顔になる未来…
「…メガネは?」
「あぁっ!そうでした!」
素の笑顔は…少しだけ目の毒なんだ。
ひとつだけ、本当に助かったと思うことがある。
それは車を運転するスタッフが別にいるということ。
車の運転もマネージャーが受け持つ事務所は多いが、俺が所属する「オレンジスプラッシュ」はドライバーが別だ。
「初めにAスタジオ、その後ファッション誌の撮影で湘南へ向かいます」
ほらな…こういう時。
未来がハンドルを握ったら、何処へ連れて行かれるかわからない。
以前現場を間違えて以来、俺には専用のドライバーと車が用意されるようになった。
もちろん、もれなく未来も付いてくる。
「おはようございます!椎名瑠偉、到着いたしました!お待たせしました!椎名瑠偉、椎名瑠偉でございます!」
選挙カー並みに名前を連呼されて恥ずかしい…
「あ…オレプラさん!…未来さん!」
「毛利社長…ッ…」
未来は急に足を止めたが、俺は止まってやんない。
俺の鎖骨あたりに未来の頭がぶつかり、突然のバックハグ状態。
それでも未来の意識は前方だ。
「未来さんが付くようになって助かるよ!瑠偉くん、時間に遅れることがなくなったから!」
「そ、それはもちろんですっ!時間を守るくらいのサポートしかできず、申し訳ないのですが…!」
「いや…この業界、それがなかなか難しいから…!しっかりしたマネージャーさんで助かるよ」
未来の肩をポンポン…と叩き、甘い笑顔を振りまいて去っていく、制作会社の毛利社長。
年齢は30代前半。
アッシュに染められた短い髪は、緩やかなウェーブで、いつも違う色のスーツを着ている。
今日は赤身のマグロみたいな色のスーツだった。
あんなのどこに売ってるんだか。オーダーだとしたら、センスが無いか、頭のネジが…
まぁ、見た目からして信用ならない奴ということ。
…向こうも俺に言われたくないとは思うが。
「…で、では、参りましょう。椎名さん…」
未来の顔を覗き込めば、必死に笑顔を隠して、なんだか照れたような顔をして…
俺に密着されてバックハグ状態なのに、そんなことすら気づかないということは、微塵も意識していないということか。
はっ?…上等じゃん?
「い、衣装に着替えましたら、そのままお待ち下さい。…ヘアメイクが参りますので…」
「…へーい」
わかりきったことをわざわざ言う未来に、不思議な苛立ちを感じる。
「私は…その、椎名さんの宣伝と本日の感謝を伝えに行ってまいりますので…」
…のちほど、と言いながら立ち去った。
未来の心、ここにあらず。
理由はすべて、あの毛利社長だ。