目次
ブックマーク
応援する
10
コメント
シェア
通報

俺の未来④

奇想天外な未来の言動にも慣れてきた3年目。


俺も未来も25歳になった。


あいつなりにマネージャーらしくなって、俺を売り込んでいる姿をよく見かける。


なんでも局の首脳陣やプロデューサーを瞬時に見極めるのは得意だそうだ。



「あ…ミッドナイトTVの責任者の方です!」


ある日の収録日、挨拶してきます…と言って、俺から離れた未来。


「ぜひ!次回作に椎名瑠偉をよろしくお願いします!」


「あぁ…オレンジスプラッシュの瑠偉くんね…!俺も散々推してるんだけどさ、いろいろ決めるのは上司なんだよね…」


…全然見極めてねーじゃねぇか。




そうかと思えば最近、いろいろ洒落こむ事も覚えたようだ。



「…っ、おっと!…びっくりした…!」


仕事に行くのに迎えに来た未来。ドアの外で俺を待ち受ける姿に度肝を抜かれた…



「未来…何があった?」


「…は!何か、おかしいところでもあるのでしょうか?」


全部おかしい…と言いたいが、かいつまんで伝えることにする。


「まず顔だ。…ってか、顔だ」


「…顔…」


俺だって…いくら未来でも、女子に向かって「顔が変」なんていいたくない。


だが、これはひどい…


「…なんでそんなにテカってるんだ?油でも塗ったのか?」


「…いえ、これは最近流行りのヌーディな質感にするために一役買うと噂の韓国コスメでして…」


「1万歩譲ってそれはいいとして、どうしてそんなに唇が腫れているんだ?」


光ってるとかテカっているどころではない。盛り上がって腫れている。そしてヌラヌラしている。


「正直言って怖いぞ?」


俺はもう一度部屋のドアを開けた。

…顔を洗って出直せという意味だ。


「そ…それでは、失礼いたします」


撮影が長引いて、荷物が多くて…この3年、未来は何度も俺の部屋に入っている。

特別案内しなくても、洗面室が何処かくらいはわかってるはずだ。


化粧を直す間、俺も一旦部屋に戻ってソファに腰を下ろして待つことにした。



…本当は、わかっている。

未来が流行りのメイクなんかするようになった理由を。



「お…お待たせいたしました!お見苦しいものをお見せしまして…そして時間がかかってしまい…っ…ギャっ!」


腕時計を確認して焦っているということは、入りの時間が迫っているのだろう。


「はいはい。お見苦しいものはこれまでも散々見たから驚かないよ」


携帯から視線を上げず、先に玄関に向かう。


ドアを開けたまま、靴を履く未来を待ち…化粧を落とした顔を見た。


相変わらず透明感のある白いツヤ肌。…こんなキレイな肌に、なにを塗りたくって美しくなりたいというのか。



「あ…あの…洗面室の化粧品、増えましたね…」


俺の顔を見ずに未来が言う。

…その言葉の意味は…わかる。


部屋に入れる女性の数が増えている、ということ。


「…まぁ。皆、勝手に置いていくからさ」


「そうですか…あの、どなたかの化粧水…勝手に借りちゃいました!」


急に笑顔になる未来…


「…メガネは?」


「あぁっ!そうでした!」


素の笑顔は…少しだけ目の毒なんだ。





ひとつだけ、本当に助かったと思うことがある。


それは車を運転するスタッフが別にいるということ。


車の運転もマネージャーが受け持つ事務所は多いが、俺が所属する「オレンジスプラッシュ」はドライバーが別だ。


「初めにAスタジオ、その後ファッション誌の撮影で湘南へ向かいます」



ほらな…こういう時。


未来がハンドルを握ったら、何処へ連れて行かれるかわからない。


以前現場を間違えて以来、俺には専用のドライバーと車が用意されるようになった。


もちろん、もれなく未来も付いてくる。




「おはようございます!椎名瑠偉、到着いたしました!お待たせしました!椎名瑠偉、椎名瑠偉でございます!」


選挙カー並みに名前を連呼されて恥ずかしい…



「あ…オレプラさん!…未来さん!」


「毛利社長…ッ…」


未来は急に足を止めたが、俺は止まってやんない。


俺の鎖骨あたりに未来の頭がぶつかり、突然のバックハグ状態。


それでも未来の意識は前方だ。


「未来さんが付くようになって助かるよ!瑠偉くん、時間に遅れることがなくなったから!」


「そ、それはもちろんですっ!時間を守るくらいのサポートしかできず、申し訳ないのですが…!」


「いや…この業界、それがなかなか難しいから…!しっかりしたマネージャーさんで助かるよ」


未来の肩をポンポン…と叩き、甘い笑顔を振りまいて去っていく、制作会社の毛利社長。


年齢は30代前半。

アッシュに染められた短い髪は、緩やかなウェーブで、いつも違う色のスーツを着ている。


今日は赤身のマグロみたいな色のスーツだった。


あんなのどこに売ってるんだか。オーダーだとしたら、センスが無いか、頭のネジが…


まぁ、見た目からして信用ならない奴ということ。


…向こうも俺に言われたくないとは思うが。




「…で、では、参りましょう。椎名さん…」


未来の顔を覗き込めば、必死に笑顔を隠して、なんだか照れたような顔をして…


俺に密着されてバックハグ状態なのに、そんなことすら気づかないということは、微塵も意識していないということか。


はっ?…上等じゃん?



「い、衣装に着替えましたら、そのままお待ち下さい。…ヘアメイクが参りますので…」


「…へーい」


わかりきったことをわざわざ言う未来に、不思議な苛立ちを感じる。



「私は…その、椎名さんの宣伝と本日の感謝を伝えに行ってまいりますので…」


…のちほど、と言いながら立ち去った。


未来の心、ここにあらず。


理由はすべて、あの毛利社長だ。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?