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俺の未来⑤

しばらくして…未来の様子はさらにおかしくなった。


まず…服だ。


いつも黒のボックスプリーツのミディアムスカートと白いカッターシャツ、そして男物らしい黒のジャケットを着ている未来。


夏になると黒のジャケットを脱ぎ、半袖のカッターシャツに変わるくらいで、ほとんど衣替えをしない未来のファッションが…大きく変わった。


突然白いワンピースを着てきたのだ。


…息を呑むほど驚いた。


しかもこう…胸元がレースになっていて、肌がほんのり見えるような女っぽいやつ…



「おま…こんな服を持ってたのか…」


俺が驚くのも無理はないと思う。


いつも着ている黒いスカートとジャケットは、明らかにセットになっているものではなく、別々のものを合わせているに過ぎない。


それを「ビジネススーツ」と言い切っている変人だ…未来は。



「わ、私だって、ワンピースくらい、着用しますし持って…ます!というか、買いました!

…清水の舞台に踊り出る覚悟で!」


「…躍り出るな。飛び降りろ」


黒のボックスプリーツでもサイズの合わないジャケットでもない、白いワンピース姿の未来は、年頃のお嬢さん過ぎて嫌になる…


「なんかあるのか…?」


「…へっ?」


「だから、今日の夜、どっか行く予定でもあるのかって聞いてんだよ」


未来はわかりやすく頬を染めて下を向いた。


そういえば…今日はメガネもかけてない。



「今日は…おしょ…おしょ…」


「おしょ…?」


何を言ってるんだ?相変わらず…


「コショコショ…か?」


メガネなしの白いワンピースなんて姿に、未来だということを忘れて、若干甘い顔を見せてしまう。



「お…お食事に誘われていましてっ!」


叫ぶように言った未来。



「誰に…?」


「えっと…その」


モジモジしながら言い淀む未来を見て、俺だってある程度予想はした。


どうせ…毛利社長だろ。どーせ。




収録スタジオに到着して、早速こちらにやって来たのは、案の定毛利社長。


「どうもどうも!オレプラさん!」


出演したCMの反響がすごいと、興奮気味に言う。


「瑠偉くんいいですねぇ…!問い合わせ、増えてますよ?

と、い、あ、わ、せ!」


「そりゃどーも」


ペコペコ頭を下げる未来の隣で、俺はポケットから手を出さずに答える。



「…ただねぇ…?」


急に不穏な雰囲気になったのを感じて、ふと毛利社長を見た。


「…え…っと、何か、ありましたでしょうか…?」


未来が不安そうにオロオロしだす。


「…いや、未来ちゃんは心配いらないよ…俺がうまいことやっておくから!」


…未来ちゃん?…俺?


ちょっと前より、親しげな距離感を匂わしているのが気になる。



「なんですか?…ハッキリ言ってくださいよ。…俺のことでしょ?」


未来を後ろにやって、毛利社長に一歩近づく。


でも毛利社長も引かなかった。


「とりあえず未来ちゃん…後で連絡するから」


完全に俺を無視して、妙に甘い雰囲気で未来に声をかけ、その場を立ち去っていく。



…なんだあれ。

気に入らない…!





……………


「…誰?」


その日の収録が終わってみれば、知らない若い男が、控室に俺を迎えに来た。


「あの…オレンジスプラッシュ芸能事務所、今年度入社の、高橋と…」


「あぁ、うちの社員ね」


全部言い終わる前に納得してやった。



男の正体はわかったが、未来は?

なんであいつがいないんだよ…



俺に荷物を持たせることなく、スムーズに事務所の車に案内していく高橋という社員。


…なんだ。

未来よりずっと優秀じゃねぇか。



あいつなら…どこに事務所の車が停まっているのか把握できなくて、グルグル引きずり回されることもある。


確か最長で10分…


俺の荷物を持つどころか、あいつはいつでも山盛りの荷物を抱えている。


それは、いつでもどこでも配れるようにと、俺の宣材写真と最近仕事で撮ったポスターなんかを持ち歩いてるからで…逆に俺のほうが持ってやったりして…


今日に限って未来がいない理由はわかってる。

どうせ「お食事」だろ。


でも、どうも気に食わない。

…なんで、未来がいないんだよ。



社員にマンションの玄関先まで送ってもらって。


…そのまま外へ飲みに出るか、誰か呼ぶか…考えて、パーカーのフードを目深にかぶって外へ行くことにする。


今日は金曜だ。

悪友達がクラブに来てるかもしれない。



………………


「憂?…今どこ?…あぁ、やっぱし?」


タクシーの中で連絡をしてみれば、憂が吉良と一緒にクラブに来ているという。


「鬼龍は?…来る?そっか、だったら行くわ」


…鬼龍がいないと、面倒なことになった時、収集がつかない。


未来に何も言わないで外へ出てきた以上、トラブルに巻き込まれることだけは避けなければ。


…さっきの高橋に言っておけば良かったか。


そのついでに、未来が誰とどこに行ったのか…口を割らせてもよかったな。





「おーっ!珍しい大物が来たな!」


3重くらい、女の層ができた中に、憂がいた。

隣に吉良がいるからか、どの女も横に座らせていない。



「確かに珍しいな。…じゃ、チェンジで」


吉良が立ち上がって、俺と入れ違いに女の層を出ていこうとする。


「ちょっと待てよ…鬼龍は?」


「もう来るんじゃねぇの?」


じゃあな…と言って歩き出した吉良に、数人の女が連なって追いかけていく。


その中の誰とも目すら合わせないのに…相変わらずモテる奴。


俺はどっちかって言うと、女好きが服を着て歩いてるみたいな、憂と同じタイプだと思う。


これから来るという鬼龍は、多分吉良と同じカテゴリーだろう。



「…どした?席空いたよん??」


吉良が座っていたソファの座面をパンパン…と叩く憂。


少しずつ、俺に近づいてくる女たち。鼻をつく甘ったるい香水…妙に高い声…白い足…首…突き出た胸…



「…なんか気持ち悪くなってきたわー」


とりあえずウェイターが運んできた酒を煽ってから、俺は出口に向かう。


通りに出てすぐに捕まえたタクシーに乗って、マンションに帰った。





虫の知らせだったのか…


タクシーを降りて、エントランスに入る脇の花壇のあたり。


白い服が揺れるのを見つけた。


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