しばらくして…未来の様子はさらにおかしくなった。
まず…服だ。
いつも黒のボックスプリーツのミディアムスカートと白いカッターシャツ、そして男物らしい黒のジャケットを着ている未来。
夏になると黒のジャケットを脱ぎ、半袖のカッターシャツに変わるくらいで、ほとんど衣替えをしない未来のファッションが…大きく変わった。
突然白いワンピースを着てきたのだ。
…息を呑むほど驚いた。
しかもこう…胸元がレースになっていて、肌がほんのり見えるような女っぽいやつ…
「おま…こんな服を持ってたのか…」
俺が驚くのも無理はないと思う。
いつも着ている黒いスカートとジャケットは、明らかにセットになっているものではなく、別々のものを合わせているに過ぎない。
それを「ビジネススーツ」と言い切っている変人だ…未来は。
「わ、私だって、ワンピースくらい、着用しますし持って…ます!というか、買いました!
…清水の舞台に踊り出る覚悟で!」
「…躍り出るな。飛び降りろ」
黒のボックスプリーツでもサイズの合わないジャケットでもない、白いワンピース姿の未来は、年頃のお嬢さん過ぎて嫌になる…
「なんかあるのか…?」
「…へっ?」
「だから、今日の夜、どっか行く予定でもあるのかって聞いてんだよ」
未来はわかりやすく頬を染めて下を向いた。
そういえば…今日はメガネもかけてない。
「今日は…おしょ…おしょ…」
「おしょ…?」
何を言ってるんだ?相変わらず…
「コショコショ…か?」
メガネなしの白いワンピースなんて姿に、未来だということを忘れて、若干甘い顔を見せてしまう。
「お…お食事に誘われていましてっ!」
叫ぶように言った未来。
「誰に…?」
「えっと…その」
モジモジしながら言い淀む未来を見て、俺だってある程度予想はした。
どうせ…毛利社長だろ。どーせ。
収録スタジオに到着して、早速こちらにやって来たのは、案の定毛利社長。
「どうもどうも!オレプラさん!」
出演したCMの反響がすごいと、興奮気味に言う。
「瑠偉くんいいですねぇ…!問い合わせ、増えてますよ?
と、い、あ、わ、せ!」
「そりゃどーも」
ペコペコ頭を下げる未来の隣で、俺はポケットから手を出さずに答える。
「…ただねぇ…?」
急に不穏な雰囲気になったのを感じて、ふと毛利社長を見た。
「…え…っと、何か、ありましたでしょうか…?」
未来が不安そうにオロオロしだす。
「…いや、未来ちゃんは心配いらないよ…俺がうまいことやっておくから!」
…未来ちゃん?…俺?
ちょっと前より、親しげな距離感を匂わしているのが気になる。
「なんですか?…ハッキリ言ってくださいよ。…俺のことでしょ?」
未来を後ろにやって、毛利社長に一歩近づく。
でも毛利社長も引かなかった。
「とりあえず未来ちゃん…後で連絡するから」
完全に俺を無視して、妙に甘い雰囲気で未来に声をかけ、その場を立ち去っていく。
…なんだあれ。
気に入らない…!
……………
「…誰?」
その日の収録が終わってみれば、知らない若い男が、控室に俺を迎えに来た。
「あの…オレンジスプラッシュ芸能事務所、今年度入社の、高橋と…」
「あぁ、うちの社員ね」
全部言い終わる前に納得してやった。
男の正体はわかったが、未来は?
なんであいつがいないんだよ…
俺に荷物を持たせることなく、スムーズに事務所の車に案内していく高橋という社員。
…なんだ。
未来よりずっと優秀じゃねぇか。
あいつなら…どこに事務所の車が停まっているのか把握できなくて、グルグル引きずり回されることもある。
確か最長で10分…
俺の荷物を持つどころか、あいつはいつでも山盛りの荷物を抱えている。
それは、いつでもどこでも配れるようにと、俺の宣材写真と最近仕事で撮ったポスターなんかを持ち歩いてるからで…逆に俺のほうが持ってやったりして…
今日に限って未来がいない理由はわかってる。
どうせ「お食事」だろ。
でも、どうも気に食わない。
…なんで、未来がいないんだよ。
社員にマンションの玄関先まで送ってもらって。
…そのまま外へ飲みに出るか、誰か呼ぶか…考えて、パーカーのフードを目深にかぶって外へ行くことにする。
今日は金曜だ。
悪友達がクラブに来てるかもしれない。
………………
「憂?…今どこ?…あぁ、やっぱし?」
タクシーの中で連絡をしてみれば、憂が吉良と一緒にクラブに来ているという。
「鬼龍は?…来る?そっか、だったら行くわ」
…鬼龍がいないと、面倒なことになった時、収集がつかない。
未来に何も言わないで外へ出てきた以上、トラブルに巻き込まれることだけは避けなければ。
…さっきの高橋に言っておけば良かったか。
そのついでに、未来が誰とどこに行ったのか…口を割らせてもよかったな。
「おーっ!珍しい大物が来たな!」
3重くらい、女の層ができた中に、憂がいた。
隣に吉良がいるからか、どの女も横に座らせていない。
「確かに珍しいな。…じゃ、チェンジで」
吉良が立ち上がって、俺と入れ違いに女の層を出ていこうとする。
「ちょっと待てよ…鬼龍は?」
「もう来るんじゃねぇの?」
じゃあな…と言って歩き出した吉良に、数人の女が連なって追いかけていく。
その中の誰とも目すら合わせないのに…相変わらずモテる奴。
俺はどっちかって言うと、女好きが服を着て歩いてるみたいな、憂と同じタイプだと思う。
これから来るという鬼龍は、多分吉良と同じカテゴリーだろう。
「…どした?席空いたよん??」
吉良が座っていたソファの座面をパンパン…と叩く憂。
少しずつ、俺に近づいてくる女たち。鼻をつく甘ったるい香水…妙に高い声…白い足…首…突き出た胸…
「…なんか気持ち悪くなってきたわー」
とりあえずウェイターが運んできた酒を煽ってから、俺は出口に向かう。
通りに出てすぐに捕まえたタクシーに乗って、マンションに帰った。
虫の知らせだったのか…
タクシーを降りて、エントランスに入る脇の花壇のあたり。
白い服が揺れるのを見つけた。