「…未来?」
ハッとしてこっちを見た顔は、確かに未来。
でもその姿は、普通じゃない。
頬が赤い…
少し盛り上がってるように見える。
…顔だけじゃない。
白いワンピースに、あちこち泥のような汚れが見える。
白いバレエシューズも汚れていた。
「…どうした?」
「は…っ…も、申し訳ございません…」
「謝るところじゃねーだろ。なんでそんな顔…服は…?!」
聞いているだけなのに、その目からポロリと涙が溢れた。
未来らしくない。
なんで泣くんだ…
まさか…
最悪な予感が頭をよぎり、勝手に体が動く。
気づけば俺は、未来の手を握ってエレベーターに乗せていた。
「あの…あの…明日のことで、お話をしておかないといけないことがございまして…来ただけでして…」
「…電話でもメッセでもいいだろ。直接来るってことは、俺に会って話したくなったんじゃないのか?」
部屋の鍵を開けて、迷う未来の背中を押す。
「…痛っ…!」
「…は?…お前、毛利に何された?!」
慌てるような表情を見せる未来。
…やっぱり毛利か。
「いえ…違うのです…これは、自分で、その…転びまして、それで」
未来は部屋に上がらず玄関に立っているが…
俺は勝手にドアを閉める。
鍵も閉める。
「いいから入れよ」
「いえ…こんな時間に所属タレント様のお部屋に上がるようなことは…オレンジスプラッシュ社則、第一条2の⑤に抵触する恐れがござい…」
「…うるさ」
上がらないなら上げるまで。
俺は後ろから未来のウエストあたりを抱き、そのまま持ち上げた。
「ぎょえっ!?ぎょーえーっ!」
なかなか個性的な叫び声だ…。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢しろ」
そのままリビングまで運び、ソファにふわりと下ろした。
「いけませんっ!泥だらけでごさいます!…イタリア製のお高いソファを汚してしまいますので…!」
「…いいから」
立ち上がろうとする肩を押して阻止。
「…でも、あの…」
まだオタオタする未来。
…落ち着かないと何の話も聞けない。
「あんまり言うことを聞かないならキスでもするか」
「…は?えっとそれは…魚の…」
「…キスしよう…っ!」
ぎょえっ…っとアクの強い叫び声を再び上げるも、固まったように動かなくなる未来。
赤くなっている頬にキスを落とした。
「まさか…殴られたのか?」
…唇が触れて確信した。
頬が熱を持ってる。
俺がキスをすると言ったから、一瞬で赤くなった…というものではない。
両頬、誰かに強く叩かれて赤く腫れ上がったような…
すっかりおとなしくなった未来。
俺がキスを落とした頬を押さえ、下を向いている。
「…毛利か?」
未来はハッとした顔を俺に向け、再度視線を落とした。
「毛利だな。叩かれた理由は?」
言葉を探しているのか、取り繕おうとしているのか、えー…だの、うー…だの言って、要領を得ない。
「うなずくか、首を横に振るかで答えろ」
コクン、とうなずく未来。
「今日、毛利と食事に行ったんだろ?2人だけで行ったのか?」
コクン。
「酒飲んだ?」
コクン。
「2人で?毛利だけ?」
コクン。
「酔った毛利にホテルに連れ込まれた?」
驚いた表情で俺を見上げる未来。
うなずかなくても、イエスと言ってるようなもんだ。
「そこで襲われそうになって、逆上した毛利に殴られた」
無反応。
これも首を横に振らない時点でイエスだ。
「逮捕だな。明日事務所に伝えて、毛利を訴えるぞ」
「そ…それはだめです!」
「なんで?」
「そ…そ、それは…」
正面にいる俺から逃れるように、体ごと横を向いた未来。
「ど…同意したんです。ホテル…。でも突然近寄って来られて驚いて…つい、逃げちゃったんです…や、約束を守らなかったのは私だから、叩かれても、仕方ないんです…!」
「なんで誘いに乗った…?」
まさか…何もしないから少し休もうとか、そんな言葉を信じたわけじゃねぇだろうな。
「や…夜景が綺麗だからって言われて…でも入ったら窓なんてなくて…暗がりで…」
「…そんなアホみたいな嘘を信じたのか…?」
つい呆れた顔を向けてしまう俺。
未来は取り繕うつもりか、らしくない言葉を並べる。
「…ヤ…ってみたくなったんです。その…む、む、ムラムラいたしまして、体中が熱く火照って、その…男性と、マジ、マジ…交わりたいと…熱望したのでございますっ!」
腫れた頬をもっと赤くして…首も耳も赤くして…なんなら手まで赤いぞ?
「…ヤリたいなら、もっと安全な男を選べよ」
「あん…ぜん?」
「…ここにいるだろ?」
親指で自分の胸元をつつきながらそう言った。
「はっ…!何たるっっ!」
両手で口元を押さえ、さらに赤くなる未来。
「まぁ、お前がムラムラして毛利の誘いに乗ったとして。…殴られたことは確かだろ?どうして毛利をかばう?」
「そ…それは」
「…予想だが、俺のせいか?」
「…違いますっ!」
頭をぶるんぶるん横に振り、同時に両手も横に振る未来。
「これは…私の、私のマネージャーとしての力不足が生み出したことでございまして…そ、それを、うまくできなかったからこそ、こんなことになり…」
そこで思い出した。
「…この前の撮影で、俺…なんかやらかしたんだよな」
「そ…それは…」
…正直、前回の撮影で何をしたのか、何の覚えもない。
でも、不快な思いをした奴は覚えているだろうし、無自覚に怒りを買ったということは考えられる。
未来は困ったような顔で、俺のせいじゃない、と言うが。
…そこへ、タイミングの悪い携帯が着信を告げた。