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俺の未来⑥

「…未来?」



ハッとしてこっちを見た顔は、確かに未来。

でもその姿は、普通じゃない。


頬が赤い…

少し盛り上がってるように見える。



…顔だけじゃない。

白いワンピースに、あちこち泥のような汚れが見える。


白いバレエシューズも汚れていた。



「…どうした?」


「は…っ…も、申し訳ございません…」


「謝るところじゃねーだろ。なんでそんな顔…服は…?!」


聞いているだけなのに、その目からポロリと涙が溢れた。

未来らしくない。


なんで泣くんだ…

まさか…


最悪な予感が頭をよぎり、勝手に体が動く。


気づけば俺は、未来の手を握ってエレベーターに乗せていた。



「あの…あの…明日のことで、お話をしておかないといけないことがございまして…来ただけでして…」


「…電話でもメッセでもいいだろ。直接来るってことは、俺に会って話したくなったんじゃないのか?」


部屋の鍵を開けて、迷う未来の背中を押す。



「…痛っ…!」


「…は?…お前、毛利に何された?!」


慌てるような表情を見せる未来。

…やっぱり毛利か。



「いえ…違うのです…これは、自分で、その…転びまして、それで」


未来は部屋に上がらず玄関に立っているが…

俺は勝手にドアを閉める。

鍵も閉める。



「いいから入れよ」


「いえ…こんな時間に所属タレント様のお部屋に上がるようなことは…オレンジスプラッシュ社則、第一条2の⑤に抵触する恐れがござい…」


「…うるさ」


上がらないなら上げるまで。


俺は後ろから未来のウエストあたりを抱き、そのまま持ち上げた。



「ぎょえっ!?ぎょーえーっ!」


なかなか個性的な叫び声だ…。


「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢しろ」


そのままリビングまで運び、ソファにふわりと下ろした。


「いけませんっ!泥だらけでごさいます!…イタリア製のお高いソファを汚してしまいますので…!」


「…いいから」


立ち上がろうとする肩を押して阻止。


「…でも、あの…」


まだオタオタする未来。

…落ち着かないと何の話も聞けない。


「あんまり言うことを聞かないならキスでもするか」


「…は?えっとそれは…魚の…」


「…キスしよう…っ!」


ぎょえっ…っとアクの強い叫び声を再び上げるも、固まったように動かなくなる未来。


赤くなっている頬にキスを落とした。



「まさか…殴られたのか?」


…唇が触れて確信した。

頬が熱を持ってる。


俺がキスをすると言ったから、一瞬で赤くなった…というものではない。


両頬、誰かに強く叩かれて赤く腫れ上がったような…


すっかりおとなしくなった未来。

俺がキスを落とした頬を押さえ、下を向いている。


「…毛利か?」


未来はハッとした顔を俺に向け、再度視線を落とした。


「毛利だな。叩かれた理由は?」


言葉を探しているのか、取り繕おうとしているのか、えー…だの、うー…だの言って、要領を得ない。


「うなずくか、首を横に振るかで答えろ」


コクン、とうなずく未来。


「今日、毛利と食事に行ったんだろ?2人だけで行ったのか?」


コクン。


「酒飲んだ?」


コクン。


「2人で?毛利だけ?」


コクン。


「酔った毛利にホテルに連れ込まれた?」


驚いた表情で俺を見上げる未来。

うなずかなくても、イエスと言ってるようなもんだ。


「そこで襲われそうになって、逆上した毛利に殴られた」


無反応。

これも首を横に振らない時点でイエスだ。


「逮捕だな。明日事務所に伝えて、毛利を訴えるぞ」


「そ…それはだめです!」


「なんで?」


「そ…そ、それは…」


正面にいる俺から逃れるように、体ごと横を向いた未来。


「ど…同意したんです。ホテル…。でも突然近寄って来られて驚いて…つい、逃げちゃったんです…や、約束を守らなかったのは私だから、叩かれても、仕方ないんです…!」


「なんで誘いに乗った…?」


まさか…何もしないから少し休もうとか、そんな言葉を信じたわけじゃねぇだろうな。


「や…夜景が綺麗だからって言われて…でも入ったら窓なんてなくて…暗がりで…」


「…そんなアホみたいな嘘を信じたのか…?」


つい呆れた顔を向けてしまう俺。

未来は取り繕うつもりか、らしくない言葉を並べる。



「…ヤ…ってみたくなったんです。その…む、む、ムラムラいたしまして、体中が熱く火照って、その…男性と、マジ、マジ…交わりたいと…熱望したのでございますっ!」


腫れた頬をもっと赤くして…首も耳も赤くして…なんなら手まで赤いぞ?


「…ヤリたいなら、もっと安全な男を選べよ」


「あん…ぜん?」


「…ここにいるだろ?」


親指で自分の胸元をつつきながらそう言った。


「はっ…!何たるっっ!」


両手で口元を押さえ、さらに赤くなる未来。



「まぁ、お前がムラムラして毛利の誘いに乗ったとして。…殴られたことは確かだろ?どうして毛利をかばう?」


「そ…それは」


「…予想だが、俺のせいか?」


「…違いますっ!」


頭をぶるんぶるん横に振り、同時に両手も横に振る未来。


「これは…私の、私のマネージャーとしての力不足が生み出したことでございまして…そ、それを、うまくできなかったからこそ、こんなことになり…」


そこで思い出した。


「…この前の撮影で、俺…なんかやらかしたんだよな」


「そ…それは…」


…正直、前回の撮影で何をしたのか、何の覚えもない。

でも、不快な思いをした奴は覚えているだろうし、無自覚に怒りを買ったということは考えられる。


未来は困ったような顔で、俺のせいじゃない、と言うが。



…そこへ、タイミングの悪い携帯が着信を告げた。


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