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俺の未来⑦

メロディから、自分の携帯が鳴っているとわかるものの、動く気になれない。


今は着信より、未来の身に何が起きたのか知りたいし、傷つけた毛利をぶちのめしたい。



「…椎名さん、携帯が…鳴っております。…あれ?…どこから…どこ…?」


エントランスで未来を見つけて、その姿を見て驚いたところで、俺の記憶がおぼろげになっていると気づく。


携帯はどうしたのか、どこにあるのか?

…わからないが、着信音が聞こえるならこの部屋にあるんだろう…


ならば、今は携帯なんてどうでもいい。



「未来…!そんなもん放っておいていいから…それよりお前の…」


いつの間にか立ち上がって携帯を探しに行った未来に声をかけたが…



「…ありました!玄関に、落ちてました…!」


モエカちゃんからです…と、画面に表示された名前を告げながら携帯を差し出される。


仕方なく出てみると、確かにモエカだ…


「今…?いるけど、今日は無理。こっちにも予定があるんだよ…はぁ?勝手に何してくれてんの?いいなんて言ってな…」


言うより早く、ピンポーンとインターホンが鳴る。


…なんつータイミングだ?!



「…私はこっそり帰りますので!」


訳知り顔の未来。

鉢合わせると、いらぬ誤解を受ける可能性があるからと、玄関先の自分の靴を手にした。


さっと物陰に隠れ、スタンバイする…


タイミングをはかったように、玄関のインターホンが押された。


エントランスを通していないのにここまで来たということは、誰かと一緒に入ってきたか、それともモエカには暗証番号を教えたのか…


よく覚えていない自分が、唐突に嫌になった。



「…ぎょえっ…!」



物陰に隠れる未来の手を引き、靴も奪って玄関に置く。



「…へ?あの、どうしましたか?も…モエカちゃん…」


「俺にとって大事なのは、モエカじゃなくて未来」


逃げられないようにガッチリ手を繋いで、そのまま玄関のドアを開けた。



「もう…遅いよぉ!何やって…」


大きく開いたドアから、未来の姿も見えたらしい。



「誰よ…?」


「…わり。本命できたから、帰って」


「本命」なんて、俺に一番合わない言葉だ。

モエカも相当驚いたらしい。


幽霊でも見たかのような細い悲鳴を上げ、エレベーターのボタンを連打すると、あっという間に姿を消した。



…意外とあっさり撃退できてホッとする。



「…うわぁぉ…ぁあ〜…っ!!」


するとこっちも変な悲鳴を上げて、俺の手を振り払おうとするが…


おい。そんなことするのは、未来が初めてなんだが…まじで。


逆に…絶対にほどけないように力を込めてやる。




「今の…もしかして本音かもしれねーわ」


「今の…とは、勝手に何してくれてんの?いいなんて言ってな…っていう…」


「…どこまでさかのぼってるんだよ。直近だろ?!ふつー!」


未来はやや上を見上げ、少し考えているようだが、そんなに思い出せないか?…思い出したくないのか…?



「…ああぁっっ…っ!」


ピコン…と、頭にビックリマークがたくさんついたような顔。


「お…俺にとって大事なのは…未来じゃなくてモエカ…」


「…逆な?」


「わ…わりと。本免できたから、帰って…」


「なんだよ本免って…!」


もう少し突っ込んでやろうと未来を見ると、何故か下を向いて拳を握っている。


「急に告られて、もうキャパオーバー…って感じ?」



パッと俺の顔を見た未来の目が潤んでいるのを見て、ふと罪悪感に包まれた。



「…邪魔が入ったけど…毛利の件は、俺から社長に伝えるから心配すんな」


すべて俺にまかせろ、という意味。


それなのに、どうして未来はポロポロ涙をこぼすんだ…?



「そ、それは…それはだめです!」


「…なんで?たとえ合意のもと、ホテルに入ったとしても、暴力を振るっていいことにはならない」


「…私が…悪いんです…」


未来は流れた涙を指先で拭い、急にキッパリした様子になる。


「今日私が毛利社長と食事に行くことは、何も知らなかったことにしてください。…その上で、椎名さんは収録スタジオでの仕事を、これまで以上に気合を入れてお願いします!」


ペコっと頭を下げ、俺の視線から逃れるように続ける。


「…それを言いたくて、来たんです」


「…まだ受ける気…?あのスタジオでの仕事」


うっすら腫れるほど女性を叩くような社長が取り仕切る仕事が、そんなに大事か…?


「俺は疑問だ。未来を叩くような奴がいるところへ仕事に行くなんて…」


「く、詳しくは、うちの社長のご判断もございますので!

…とりあえず明日は、きちんと入り時間を守りまして、スタジオへ入る所存です!」



これ以上何を話しても、未来は口を割らないな…


「それ…それでは、私は帰りますので…失礼いたしました…」


「ワンピ、泥は?」


どうしてそんな汚れをつけているのか、理由を言うかどうか。


「こ…これは、そのっ!本当に転んでしまったものです!急いで走り出した目の前に街路樹と花壇がありまして…そしてぶつけて、コケたという感じなので…」


「…汚れは落としていかないの?」


泥汚れがよく落ちる洗剤を手に持ち、ブラブラさせた。


貸してくれ…と、持って行くと思った。


「もう…いいんです。こんなワンピース…2度と、き、着る機会などありませんでしょうから…」


…やけに悲しそうな顔をするじゃねーか?


…やっぱり毛利、ぶっ潰す。


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