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俺の未来⑧

翌日、未来が迎えに来るまでに起きられなかった俺。


それは…毛利にムカついて、ファイティングスピリッツに火がついてしまったからだ。


…という理由が納得されるはずもなく。


俺は未来からの着信とインターホンの連打、ドアが破壊される寸前まで叩かれたノックで、ようやく目を覚ました。


昨日言っていた通り、毛利が取り仕切る撮影スタジオに入る。



顔を見たら突っかかってしまいそうだと思いながら…この日は姿を現さない毛利社長。


…俺の殺気でも感じたか?



収録は、何ごともなく終えた。


…そういえばヘアメイクが変わったな、と思う以外何の変化もなく、未来と一緒に事務所に戻る。



「未来、ランチ買ってきな。…外出るのめんどいし、椎名いるし」


「…はっ!かしこまりました!」


未来は自分のデスクからエコバッグを取り出し、用意を始めた。



「…俺をランチに連れてったら邪魔だってか?」


「違いますー…人気者連れて歩くわけにいかないだろー」


「…そゆことね」


社長のデスクの前のソファに座り、スマホを操る。


…チラッと見ると、未来がその場にいる社員たちにもランチの希望を聞いて歩いていた。


「…3人分でいいんじゃねぇの?…社員はランチに行くだろ」


どさくさに紛れて、タバコだのジュースだの頼もうとしている社員を軽く睨む。


…未来はここにいる社員の誰より先輩だぞ?…わかってんのか?



やっと買い物に行った未来を見送って、ふと前を見ると…社長が意味深に笑って俺を見ていた。


「…なに?」


「いや…」



笑顔を引っ込め、座り直した社長は、意外な事を言いだした。



「毛利社長んとこの仕事…撤退しよ。俺から、降板伝えてくるわ」


撤退は俺の希望ではあったけど、タレントに1秒もムダな時間を与えたくない社長にしては、英断だ。


「…なんで」


そりゃ疑問も出るというもの。

ここでの仕事がなくなれば、俺に空き時間ができてしまう。



「知らないの?…未来、襲われかけたんだぜ?」


やっぱりか…と思いながら、ソファから立ち上がって、社長の近くに移動した。


「ホテルに誘われて、ついて行ったからか?」


昨日、確かそんなような事を言ってた。


ふぅ…とため息をついた社長が言う。


「未来は、お前を庇って、お前の代わりに謝って、なんとか許してもらおうとしたんだよ。

椎名の悪い噂を流さない見返りを求められて、脅されてホテルに行ったんだ」


昨日はそのへんのことを必死にうやむやにしていた未来。


それにしても、俺のため、という意味がわからない。

なんで俺が女の子に守られなきゃならない?…しかも未来だぞ?未来といえば、マネージャー界の最弱だぞ?


「どうして、未来が俺の…」


疑問がそのまま言葉になる俺に「やれやれ…」と呆れた声が返ってきた。


「わかんない?!…マネージャーとして、お前を守りたいわけだよ」


「…そんな、まさか」


俺のせいで頬を叩かれ、腫れてしまったというのか?


ホテルについて行って、覚悟しきれず、逃げたところで頬を叩かれたと…?



「…許さねーだろ?!」


ホテルから逃げて、追いつかれそうで怖くて、慌てて走ったから街路樹にぶつかって転んで泥だらけになったとかさ…


俺を庇って…俺を守るために…


俺が何をしたって言ったんだ?

毛利の奴…



「わかんないみたいだから教えるけどさ…椎名、ちょっと前に…ヘアメイクにずいぶん冷たい態度取ったろ?」


「ヘアメイク…?」


そういえばあのスタジオでの収録の時、やたらなれなれしいヘアメイクがいたことを思い出した。


時間がないのに喋ってばかりで…しかもいちいち反応を求める面倒くさい女。


…爪が長くて引っかかれそうで、別の人とチェンジして欲しいと言った。


すると突然乱暴にメイク道具を放り出して、挨拶もせずに出ていったヘアメイクには確かに覚えがある。



「椎名の失態は、ヘアメイクに愛想が悪かったこと、だってさ」


社長いわく、あのヘアメイクは毛利の女だったと聞いて、呆れ返った。


「そんなことのために、未来は…」


昨日の姿を思い出して落ち着かない気持ちになる。


そういえばランチを買いに行ったはずだけど…あれ…そういえば未来はまだ帰ってないのか?


キョロキョロする俺の探しものがわかったのか、社長が顎で別室のドアを指した。


開けてみると…

ソファに変な体勢で座って…居眠りをする未来の姿があった。


買ってきたものを放り出して…よっぽど眠かったんだろう。


そっと覗き込むと、昨日の頬の腫れはなく、いつも通りの薔薇色に戻っている。


意外なほど、ホッとした自分を感じながら…とんでもない姿勢で眠る未来が心配になった。


ドアに「休憩中」の札を下げ、そっと閉めようとすると…社長にまた意味深な目を向けられた気がするが、今は放っておく。


俺は未来の横に腰掛けて、俺の胸にもたれかかるよう体勢を変えてやった。







「…ほにゃ…らん…ぶーたん」


…何の夢見てるんだ?


意味不明の寝言を聞いて、思わず吹き出した俺の胸に頬をくっつけた未来も、同じく笑っているように見えた。



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