「愛おしいと思う気持ち…とは」
ネット検索をしてみれば…
「相手の存在そのものを大切に思う気持ち…?…表面的な「好き」や「恋しい」とは異なります…?!」
ソファに突っ伏して力を抜けば、手から滑り落ちる携帯…
俺を庇うために、毛利の罠にかかろうとしたアホな未来。
そこまでして、俺を守ろうとした未来。
モデルとして、タレントとしての俺を…ってことだとわかっているけど、本当にそれだけなのかと思う。
「もしかして、好きなんじゃねーの?…俺のこと」
うつ伏せに倒れてそんなことを呟く時点で、逆かもしれない…と、恐ろしい考えが浮かんでくる。
「俺が、未来のことを…」
…あり得ないっ!
立ち上がり、俺は頭を抱えた。
「だって未来だぞ?…俺はこれまで、どんな女を相手にしてきた?」
女優、モデル、タレント…どっかのクラブのNo.1、レースクイーン…
「誰もが一度は抱いてみたいグラドルとだって寝たんだぞ?…俺は…」
なのに今さら未来だと?
化粧しなくてもほっぺが赤くて、いつまでもビー玉みたいな目をしてて、汚れを知らないどころか…なんにも知らなそうな未来を…?
そう思いながら、今日のあいつを思い出していた。
黒いボックスプリーツのスカートは、今日もふくらはぎまでの丈だった。
白い靴下を履いて、ぺったんこのエナメルの靴は、つま先が丸くて小学生みたいだ…
「しかも…靴下に穴があくと、ほころびを縫ってまた履くって知ってる…!」
白い靴下なのに、白糸がなくて黒糸で縫うもんだからさらに貧乏臭くなって…
「そんなとこが…くっそ可愛い…」
今日は前髪が短くなってた…
切りすぎて、一生懸命手で押さえてた。
「パーマかけりゃいいのに、いつまでも三つ編みをほどいたウェーブで喜んでて…」
思い出せば思い出すほど…ヤバい。
未来に会いたい…!
数時間前俺を送り届けて、何度もお辞儀をしながら後退りして帰った未来。
確か電車で少し行ったところで1人暮らしのはず…
「…今から行く。お前どこに住んでるんだ?」
「は…はい??」
俺からの連絡を無視するはずがないが、すんなり教えるとも思えない。
「え…っと、何かありましたでしょうか?わ、私が椎名さんのマンションへ、行きまして…ですね」
「いや…いい。もうタクシー乗ったから、早く住所言って」
告げられた住所を運転手に伝えると「あの…2時間くらい、かかりますけど?」と言われて唖然とした。
あいつ、いったいどこから通ってたんだ?
住所を言えと言ったら、素直にアパート名と部屋番号も白状した未来。
本当に2時間弱タクシーに揺られ、未来の部屋の前に到着した。
…道路からドアの前まですんなり行ける、セキュリティゼロに顔をしかめつつ、ドア横のインターホンらしきボタンを押す。
ブーっ…という、色気のない音。
ドアにはご丁寧にも、デカい表札が掛かっていた。しかもフルネームで。
…なんの迷いもなく開くドア。
勢いが良すぎて、俺の高い鼻を直撃するところだった。
「…あっぶねーな、今鼻スレスレで…」
「…椎名さん…!」
思わず文句を言おうとしたのに、笑顔の未来が恐ろしく可愛い。
さっき別れたばかりなのに、なんでそんなに笑顔で迎えるんだ?
…俺のこと、好きなんじゃないのか?
「よ…よぅ」
なんかダサい挨拶…
未来がショートパンツなんかはいているせいだ。
そしてTシャツ…
部屋着から覗く手足は、ちゃんと若い女の子で…そんな格好をしているところを初めて見たので落ち着かない。
…白いワンピース姿も目にしたが、あれは違う男のための服だったからノーカンだ。
「どうしたんでしょうか…?何かこちらに…よんどころのない用事でもあって…それで…」
「あー…いや」
「そ、それでは…美味しい空気を吸いに参ったのでしょうか…?それとも、カエルの合唱を聞きに?それとも…ホタルの…」
「い…入れてくれないか?」
放っておいたら玄関先で帰されてしまいそうだ。
「あひゃいっ!」
…という、入れてくれるのかくれないのかわからない返事を返され…しばしその場で見つめ合う。
ちょっと待てよ…
もしかしたら俺は、とてもマズいことをしていないか?
仕事終わりに別れて、その後会いたくなって、2時間かけて来ている。
今の時間は多分、日をまたぐ頃だ。
「せ、狭いところですが…」
唐突に体をずらし、中に俺を招き入れる未来。
「お邪魔します…」
マズいことをしていると気付いたのに上がり込むとは…やっぱり俺だ。
「そ…粗茶でもよろしければ、お出ししますが…」
「いや…別に何もいらねーから」
ちゃんと答えた自分を褒めたい。
部屋に入ってすぐに広がる未来の部屋は、あまりに女の子でめまいがした。
ちゃんと白いレースの暖簾がかってて、白いデスクがあってクッションがあって…ヒラヒラがついたクッションが転がってると思ったら…適度にブサイクなぬいぐるみが5〜6個散らばっている。
未来なら…新聞紙にくるまって寝てても驚かない。
それなのにあまりに典型的な女の子の部屋だったので、逆に大丈夫かと不安になる。
「そ…それで、その…」
立ち尽くす俺にヒラヒラ付きのクッションと、どういうセレクトかわからんが、犬のぬいぐるみを渡し、未来は座るよう勧めてきた。
「…あ…いやまぁ、別にあれだ…じ、自分のマネージャーがどんな時に住んでるのか、把握していたほうがいいと思って…」
苦しい言い訳に決まってるのに、前髪を切りすぎた未来は、わかりやすく眉を下げた。
「はぁ…それなら、良かったです…ちゃんとたどり着いていただきまして、ありがとうございます…」
その場で土下座する未来。
さて…女の子をその気にさせるには…ここからどうすればいいんだっけ?