目次
ブックマーク
応援する
10
コメント
シェア
通報

俺の未来⑨

「愛おしいと思う気持ち…とは」


ネット検索をしてみれば…


「相手の存在そのものを大切に思う気持ち…?…表面的な「好き」や「恋しい」とは異なります…?!」


ソファに突っ伏して力を抜けば、手から滑り落ちる携帯…


俺を庇うために、毛利の罠にかかろうとしたアホな未来。


そこまでして、俺を守ろうとした未来。


モデルとして、タレントとしての俺を…ってことだとわかっているけど、本当にそれだけなのかと思う。


「もしかして、好きなんじゃねーの?…俺のこと」


うつ伏せに倒れてそんなことを呟く時点で、逆かもしれない…と、恐ろしい考えが浮かんでくる。



「俺が、未来のことを…」


…あり得ないっ!


立ち上がり、俺は頭を抱えた。


「だって未来だぞ?…俺はこれまで、どんな女を相手にしてきた?」


女優、モデル、タレント…どっかのクラブのNo.1、レースクイーン…


「誰もが一度は抱いてみたいグラドルとだって寝たんだぞ?…俺は…」


なのに今さら未来だと?



化粧しなくてもほっぺが赤くて、いつまでもビー玉みたいな目をしてて、汚れを知らないどころか…なんにも知らなそうな未来を…?



そう思いながら、今日のあいつを思い出していた。


黒いボックスプリーツのスカートは、今日もふくらはぎまでの丈だった。

白い靴下を履いて、ぺったんこのエナメルの靴は、つま先が丸くて小学生みたいだ…



「しかも…靴下に穴があくと、ほころびを縫ってまた履くって知ってる…!」


白い靴下なのに、白糸がなくて黒糸で縫うもんだからさらに貧乏臭くなって…


「そんなとこが…くっそ可愛い…」


今日は前髪が短くなってた…

切りすぎて、一生懸命手で押さえてた。


「パーマかけりゃいいのに、いつまでも三つ編みをほどいたウェーブで喜んでて…」


思い出せば思い出すほど…ヤバい。

未来に会いたい…!



数時間前俺を送り届けて、何度もお辞儀をしながら後退りして帰った未来。


確か電車で少し行ったところで1人暮らしのはず…







「…今から行く。お前どこに住んでるんだ?」


「は…はい??」


俺からの連絡を無視するはずがないが、すんなり教えるとも思えない。


「え…っと、何かありましたでしょうか?わ、私が椎名さんのマンションへ、行きまして…ですね」


「いや…いい。もうタクシー乗ったから、早く住所言って」



告げられた住所を運転手に伝えると「あの…2時間くらい、かかりますけど?」と言われて唖然とした。


あいつ、いったいどこから通ってたんだ?



住所を言えと言ったら、素直にアパート名と部屋番号も白状した未来。


本当に2時間弱タクシーに揺られ、未来の部屋の前に到着した。


…道路からドアの前まですんなり行ける、セキュリティゼロに顔をしかめつつ、ドア横のインターホンらしきボタンを押す。


ブーっ…という、色気のない音。


ドアにはご丁寧にも、デカい表札が掛かっていた。しかもフルネームで。



…なんの迷いもなく開くドア。

勢いが良すぎて、俺の高い鼻を直撃するところだった。


「…あっぶねーな、今鼻スレスレで…」



「…椎名さん…!」



思わず文句を言おうとしたのに、笑顔の未来が恐ろしく可愛い。

さっき別れたばかりなのに、なんでそんなに笑顔で迎えるんだ?


…俺のこと、好きなんじゃないのか?


「よ…よぅ」


なんかダサい挨拶…

未来がショートパンツなんかはいているせいだ。


そしてTシャツ…


部屋着から覗く手足は、ちゃんと若い女の子で…そんな格好をしているところを初めて見たので落ち着かない。


…白いワンピース姿も目にしたが、あれは違う男のための服だったからノーカンだ。


「どうしたんでしょうか…?何かこちらに…よんどころのない用事でもあって…それで…」


「あー…いや」


「そ、それでは…美味しい空気を吸いに参ったのでしょうか…?それとも、カエルの合唱を聞きに?それとも…ホタルの…」


「い…入れてくれないか?」


放っておいたら玄関先で帰されてしまいそうだ。


「あひゃいっ!」


…という、入れてくれるのかくれないのかわからない返事を返され…しばしその場で見つめ合う。


ちょっと待てよ…

もしかしたら俺は、とてもマズいことをしていないか?


仕事終わりに別れて、その後会いたくなって、2時間かけて来ている。

今の時間は多分、日をまたぐ頃だ。



「せ、狭いところですが…」



唐突に体をずらし、中に俺を招き入れる未来。



「お邪魔します…」


マズいことをしていると気付いたのに上がり込むとは…やっぱり俺だ。


「そ…粗茶でもよろしければ、お出ししますが…」


「いや…別に何もいらねーから」


ちゃんと答えた自分を褒めたい。


部屋に入ってすぐに広がる未来の部屋は、あまりに女の子でめまいがした。


ちゃんと白いレースの暖簾がかってて、白いデスクがあってクッションがあって…ヒラヒラがついたクッションが転がってると思ったら…適度にブサイクなぬいぐるみが5〜6個散らばっている。


未来なら…新聞紙にくるまって寝てても驚かない。


それなのにあまりに典型的な女の子の部屋だったので、逆に大丈夫かと不安になる。


「そ…それで、その…」


立ち尽くす俺にヒラヒラ付きのクッションと、どういうセレクトかわからんが、犬のぬいぐるみを渡し、未来は座るよう勧めてきた。


「…あ…いやまぁ、別にあれだ…じ、自分のマネージャーがどんな時に住んでるのか、把握していたほうがいいと思って…」


苦しい言い訳に決まってるのに、前髪を切りすぎた未来は、わかりやすく眉を下げた。


「はぁ…それなら、良かったです…ちゃんとたどり着いていただきまして、ありがとうございます…」



その場で土下座する未来。


さて…女の子をその気にさせるには…ここからどうすればいいんだっけ?



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?