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俺の未来⑩

「…寝るか」


「あ…は…ぇ?」


なんか変だ。

いつものようにムードを作れない。


…いや、ムードってなんだ。

俺は未来をどうにかしようと思ってるのか?


俺が…未来を…?


「そ、それでは…ベッドへどうぞ…寝、寝、寝転んでください」


ベッドのふちに座った俺の胸をドンッと押し、勢いで仰向けに倒れた俺を見下ろす未来。


「風邪を引いてはいけませんので…これを…」


どこからかバスタオルのでっかいのを持ってきて、ふわりと俺の上に掛けてくれる。


「…未来は?」


「私は、その…その…ゆ、床です!」


「なんで床なんだ?…一緒に寝ればいいだろ」


ベッド脇に立つ未来の手首を引っ張って、素早く自分の横に寝かせる。


「こ…これはその…オレンジスプラッシュ社則第2条…」


「…うるさい。寝ろ」


勝手に押しかけて、ベッド占領して、うるさいとか言うなんて。


俺は本当は暴君なんだろうか。


ちょっとだけ反省して、さっきの巨大バスタオルを未来にかけてやり、隣に横になって言った。


「…急に、ごめんな…」



未来の髪が首筋をかすめて…こそばゆい。


今日は三つ編みにしないのか…もしかしたら、俺が突然来たから忘れてんのかな…


「…いえ、気持ちは…わかりますので…」



…え?


バレてるのか?


別れたばかりなのに急に会いたくなって、タクシー2時間飛ばしてやって来た…俺の気持ちが?


落ち着かなくなって、ちょっとだけ体を動かしたら…


手が、触れた。

小さな…もみじみたいな手に。

指輪もマニキュアもない…未来の手。


…ぎゅっと握ってしまった。


なんだコレ、こんなに柔らかいのか?これが未来の手…


ドキドキ高鳴る胸の鼓動、なんて…台本で読んだことがあるくらい。


好きな女の子を前にして、そんな表情を作れとか、胸が高鳴る様子を表現してとか…そんな演技を求められて困ってた。


経験がないから、わからなかったんだよな。


…でも、今ならすごくよくわかる。


未来の手を握って…

暗がりで2人きりで…


俺はちゃんと、ムラムラしていた。



「…大丈夫ですよ…?」


「は…?」


とっさに、キスを許された、と思った。


やっぱり未来も俺のことを…?


顔を横に向けると…未来もゆっくりこっちを見たので、そのまま顔を近づけ…


「虫が出たんですね…?」


「………っ?!」


「怖いですよね…チャバネ…ですか?」


そーっと顔を離し、上を向いた。


「チャバネって…チャバネゴキブリ…」


「…はいっ…!大きいやつですぅ…外を歩く時も、下をよく見て歩かないと、うっかり踏んじゃったら大変ですから…!」


未来は…

俺が突然やって来た理由を、部屋にゴキブリが出たせいだと思っている。



…どこにそんな情報あったよ??


ゴキブリのごの字も言ってない。

しかも2時間かけて来るか?


本当に虫騒ぎで部屋にいられなくなったら、事務所に行くだろふつー。


「…そんなんじゃねーよ」


怒りながらも、握った手は離さない。


「…わかってます…誰にも言いませんから…」


「…お前、そういう意味深なこと言ってんなよ?」


もう一度横を向いて未来を見た。

ほぼ同時に未来もこっちを向くから…


「カッコ悪くて、モエカさんには言えなかったんですね?…他の仲良しの女の人たちにも…」


…違うから。


そう思ったけど言葉にできなかったのは、未来にとって俺はそういう男だと…思い知らされたから。


いろんな女をとっかえひっかえ。

日替わりで部屋に呼んで、気分次第で淫らなことをしている性悪な遊び人。



…そうか、そういうところから変えていかなきゃならないのか。



面倒くさいっ!やってられっか!

…必死に、そう思いたいと願う。


未来みたいな女は初めてで、いろいろ衝撃的だったから、気になるだけ。


そこに愛なんてものはなくて、珍しい生き物を興味深く観察する研究心みたいなものを、愛だと勘違いしただけだ。


「…と、いうわけでして…だんだん瞼が重くなってきまし、て…私は、その…そ、の…zzz」


いつの間にか恋人繋ぎにされている自分の手には気づかないのか…

横を向いたまま、眠ってしまった未来。


無防備な寝顔を見て、ドクン…と大きく胸が跳ね…今日は眠れないかもしれないと、思っていた。



眠れない中、俺は自分の気持ちを冷静に見つめるべく、感情が動いたときのレベルを数値化することを思いついた。


激しく胸が高鳴る時は…5。

ドキドキ…は4。

ドキッ…は3



「むふぅ…ん…」


隣で寝ている未来が寝相を変えて、早速ドキッとした。数値3。


…ずっと動かなかったのにどうしたんだ…脅かすなって。



朝になって目覚めた未来、俺が隣にいることに改めて驚いて小さく悲鳴をあげた。

ドキッ!数値3。



慌ててベッドを降りた未来。狭い部屋をウロウロしだした。


「ちょっ…朝食を…!椎名さんに…ちょう…しょく!」


俺に何か与えようと思うものの、食べ物がなくて困っている、ということはジェスチャーでわかる。


「いつも朝は…」

食べないと言おうとしたのに、未来は何か思いついたように、玄関に向かう。


「ちょっくら畑まで行って、きゅっ…キュウリをもいで来ますんでっ!」


「お前、畑もやってんの…」


行かなくていいから…と、その腕を掴んで止めようとして、その柔らかさに…ドキ…!数値3


…思わず手を離した隙に飛び出した未来。数分後にはバカデカいキュウリと真っ赤なトマトをTシャツの裾にくるんで持ってきた…


「おま…腹見えてるぞ?」


険しい顔で言ってるくせに…激しく胸が高鳴っている…数値、5。



結局採れたてのキュウリにマヨネーズをかけて食べるという朝食を取らされた。


キュウリを口に入れる未来を見て、あらぬ想像をしてドキドキする…


…数値、4。


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