「…寝るか」
「あ…は…ぇ?」
なんか変だ。
いつものようにムードを作れない。
…いや、ムードってなんだ。
俺は未来をどうにかしようと思ってるのか?
俺が…未来を…?
「そ、それでは…ベッドへどうぞ…寝、寝、寝転んでください」
ベッドのふちに座った俺の胸をドンッと押し、勢いで仰向けに倒れた俺を見下ろす未来。
「風邪を引いてはいけませんので…これを…」
どこからかバスタオルのでっかいのを持ってきて、ふわりと俺の上に掛けてくれる。
「…未来は?」
「私は、その…その…ゆ、床です!」
「なんで床なんだ?…一緒に寝ればいいだろ」
ベッド脇に立つ未来の手首を引っ張って、素早く自分の横に寝かせる。
「こ…これはその…オレンジスプラッシュ社則第2条…」
「…うるさい。寝ろ」
勝手に押しかけて、ベッド占領して、うるさいとか言うなんて。
俺は本当は暴君なんだろうか。
ちょっとだけ反省して、さっきの巨大バスタオルを未来にかけてやり、隣に横になって言った。
「…急に、ごめんな…」
未来の髪が首筋をかすめて…こそばゆい。
今日は三つ編みにしないのか…もしかしたら、俺が突然来たから忘れてんのかな…
「…いえ、気持ちは…わかりますので…」
…え?
バレてるのか?
別れたばかりなのに急に会いたくなって、タクシー2時間飛ばしてやって来た…俺の気持ちが?
落ち着かなくなって、ちょっとだけ体を動かしたら…
手が、触れた。
小さな…もみじみたいな手に。
指輪もマニキュアもない…未来の手。
…ぎゅっと握ってしまった。
なんだコレ、こんなに柔らかいのか?これが未来の手…
ドキドキ高鳴る胸の鼓動、なんて…台本で読んだことがあるくらい。
好きな女の子を前にして、そんな表情を作れとか、胸が高鳴る様子を表現してとか…そんな演技を求められて困ってた。
経験がないから、わからなかったんだよな。
…でも、今ならすごくよくわかる。
未来の手を握って…
暗がりで2人きりで…
俺はちゃんと、ムラムラしていた。
「…大丈夫ですよ…?」
「は…?」
とっさに、キスを許された、と思った。
やっぱり未来も俺のことを…?
顔を横に向けると…未来もゆっくりこっちを見たので、そのまま顔を近づけ…
「虫が出たんですね…?」
「………っ?!」
「怖いですよね…チャバネ…ですか?」
そーっと顔を離し、上を向いた。
「チャバネって…チャバネゴキブリ…」
「…はいっ…!大きいやつですぅ…外を歩く時も、下をよく見て歩かないと、うっかり踏んじゃったら大変ですから…!」
未来は…
俺が突然やって来た理由を、部屋にゴキブリが出たせいだと思っている。
…どこにそんな情報あったよ??
ゴキブリのごの字も言ってない。
しかも2時間かけて来るか?
本当に虫騒ぎで部屋にいられなくなったら、事務所に行くだろふつー。
「…そんなんじゃねーよ」
怒りながらも、握った手は離さない。
「…わかってます…誰にも言いませんから…」
「…お前、そういう意味深なこと言ってんなよ?」
もう一度横を向いて未来を見た。
ほぼ同時に未来もこっちを向くから…
「カッコ悪くて、モエカさんには言えなかったんですね?…他の仲良しの女の人たちにも…」
…違うから。
そう思ったけど言葉にできなかったのは、未来にとって俺はそういう男だと…思い知らされたから。
いろんな女をとっかえひっかえ。
日替わりで部屋に呼んで、気分次第で淫らなことをしている性悪な遊び人。
…そうか、そういうところから変えていかなきゃならないのか。
面倒くさいっ!やってられっか!
…必死に、そう思いたいと願う。
未来みたいな女は初めてで、いろいろ衝撃的だったから、気になるだけ。
そこに愛なんてものはなくて、珍しい生き物を興味深く観察する研究心みたいなものを、愛だと勘違いしただけだ。
「…と、いうわけでして…だんだん瞼が重くなってきまし、て…私は、その…そ、の…zzz」
いつの間にか恋人繋ぎにされている自分の手には気づかないのか…
横を向いたまま、眠ってしまった未来。
無防備な寝顔を見て、ドクン…と大きく胸が跳ね…今日は眠れないかもしれないと、思っていた。
眠れない中、俺は自分の気持ちを冷静に見つめるべく、感情が動いたときのレベルを数値化することを思いついた。
激しく胸が高鳴る時は…5。
ドキドキ…は4。
ドキッ…は3
「むふぅ…ん…」
隣で寝ている未来が寝相を変えて、早速ドキッとした。数値3。
…ずっと動かなかったのにどうしたんだ…脅かすなって。
朝になって目覚めた未来、俺が隣にいることに改めて驚いて小さく悲鳴をあげた。
ドキッ!数値3。
慌ててベッドを降りた未来。狭い部屋をウロウロしだした。
「ちょっ…朝食を…!椎名さんに…ちょう…しょく!」
俺に何か与えようと思うものの、食べ物がなくて困っている、ということはジェスチャーでわかる。
「いつも朝は…」
食べないと言おうとしたのに、未来は何か思いついたように、玄関に向かう。
「ちょっくら畑まで行って、きゅっ…キュウリをもいで来ますんでっ!」
「お前、畑もやってんの…」
行かなくていいから…と、その腕を掴んで止めようとして、その柔らかさに…ドキ…!数値3
…思わず手を離した隙に飛び出した未来。数分後にはバカデカいキュウリと真っ赤なトマトをTシャツの裾にくるんで持ってきた…
「おま…腹見えてるぞ?」
険しい顔で言ってるくせに…激しく胸が高鳴っている…数値、5。
結局採れたてのキュウリにマヨネーズをかけて食べるという朝食を取らされた。
キュウリを口に入れる未来を見て、あらぬ想像をしてドキドキする…
…数値、4。