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俺の未来⑪

「瑠偉くん…いい顔してるねぇ…ちょっと目線下…からの〜…そのままこっち見て!」


睨みつけるように、カメラを凝視すると、絶え間なくシャッターが下ろされる。


スタジオ内に流れる音楽のボリュームが、若干上がったのを合図に、俺はカメラから視線は外さず、顎を上げてわずかに口元を緩ませた。


そして目線を右に移しながら…反対方向に体をひねり、背中を向けたのは…


俺のアドリブだ。



パチパチパチ…っと、たった1人の拍手が聞こえた。


こんな変なタイミングで手を叩くのは1人しかいない。


…まだ撮影は終わっていない。

カメラマンの「…はいオッケー!」という言葉を待てないのか?


まったく、いくら俺がカッコいいからって…



「どうもどうも…本日は椎名瑠偉がお世話になっております…」


撮影が続く中、聞き慣れない男の声が耳に入った。


「…私、オレンジスプラッシュ芸能事務所のマネージャー長をしております、堅木巌雄(かたきいわお)と申します…」


マネージャー長…?

そんな役職があるのかと、つい目を向けてしまった。


「…瑠偉くん、こっちに目線頼むよ!」


「あ、すいません」


アシスタントカメラマンに名刺を渡しているのが見えた。



…そういや、未来はどうした?



その後20分ほどで撮影は終わった。

シャワーを浴びて控室に戻ってみると、さっきの堅木とかいうマネージャー長が待機している。


「あ!椎名さん、撮影お疲れ様でした!」


「…お疲れっす」


金縁のスクエアフレームの眼鏡をかけ、ダークグレーのスーツを着たこの男。

なぜか俺に身長を聞いてきた。


「…は? えぇっと、今185くらい?」


「ウォウッ!!」


拳を振り上げ、なぜか勝った顔で俺を見る。


「私は、186なんです!」


音符を飛ばしそうなほど嬉しそうだが、1センチ背が高いって、喜ぶポイントなんだろうか…?



「ところで、未来は?」


役職に就いているのにクセの強いマネージャー長はいったん置いといて。


一緒にスタジオ入りしたはずの未来の姿が見えないので落ち着かない。


撮影している間に忘れものに気付いて…来た道を戻りながら、探し歩いてるとか…?


「未来さんなら…もう戻ったんじゃないでしょうか」


「は?」


戻ったとは。

タレントの俺を置いて?

…今までにない奇行だが、大丈夫か。



「未来が戻ってなんであんたがいるんだ…」


さっきわりと真面目にカッコいいところを見せてやろうとがんばったのに…。


「あれ?…聞いてませんか?…今日から椎名さんのマネージャーは私、堅木に変わりました」


「はぁ…っ??!」


「申し訳ありません。…正確には、14時18分32秒で、常盤と交代いたしました」


ということは、さっきの拍手は、未来じゃない…


「…なんで?」


「はい?」


「なんで変わったんですか、マネージャー」


よく見ると、これ以上ないほど正確に7:3に分けられている髪に気づく。


鞄も四角くて角に当たったら危なそうだし、メガネも四角い。


もしかして俺の一番苦手とする、四角四面なきっちりした、真面目なタイプかもしれない。



「その件に関しましては、毛利社長と常盤の、不適切な関係について言及しなければなりません」


金ぶちメガネの鼻の部分を、まっすぐに立てた人差し指で押し上げる堅木。


「テレビ制作会社の社長とそんないかがわしいことをして…うちの看板である椎名さんの仕事が減るようなことがあっては大変ですので…」


「ちょっと待ってくださいよ。あいつは被害者で、悪いのは毛利社長ですよ?…そのことはうちの社長も知ってるはずだけど」


「社長には、私から提案いたしまして、きっちりご同意いただきました」


キラッとメガネが光るのがしゃくにさわる…


ったく、うちの社長は話がわかるところは助かるが、ちょっと強気に出られると、すぐにハイハイ言うことを聞いてしまうところがあるからな…


「じゃあ未来はマネージャー廃業…?事務所でお茶くみでもやってるんですか?」


「まさかまさか…!うちもタレント抱えて忙しいですからね!常盤未来は、本日から是枝銀次のマネージャーとなりました」


「是枝…銀次?あの人…AV男優ですよね?」


言ってて嫌になる…

うちの事務所は…どうしてこうも、何でもありなんだ…!


「そうですね。でもだいぶソフト路線になりましたから」


「だとしても、現場に行くわけでしょ?未来だって!」


…モデル仲間に聞いた事がある。

アダルト撮影の現場では、マネージャーや付き人も、いつ代役にさせられるかわからないって…


あいつはアホだから…もしかしたら…


気づくと俺は、濡れた髪のままスタジオを飛び出していた。


堅木さんが何か言ったような気がしたが…とりあえずタクシーを捕まえて乗車する。



「もしもし!?…どういうことだよっ!」


後部座席に落ち着いて、社長の携帯に電話した。

いきなり怒鳴る俺の耳に何か落ちる音がしたから…驚いて携帯を落としたんだろう。


「だ…だってさ、堅木さん…怖いんだもん」


「怖いんだもんじゃねーよ!…だったら俺も本気で凄んだろか?」


「…わかってる!未来だろ?…今是枝さんについて撮影スタジオ行ってる…あ、今日はホテルで本番の撮影だ!」


本番…?!

…相手役の女優が時間に遅れたり仕事をすっぽかしたりしたら、未来に危険が及ぶ…


身ぐるみ剥がされて、白いシーツのベッドの上に、投げ出される幻が見えた。


…冗談じゃねーぞ。

俺だってまだ何にも見てないし触ってない…!


タクシーの運転手に行き先を告げ、できるだけ急いでくれと頼む。


その間、俺の携帯には堅木さんから着信が何度も入ったが…フルシカトを決めてやった。


もしかしたら…の願いを込めて、未来の携帯にかけてみた。

祈るような気持ちでコール音を数え…


「はっ!し、椎名さん…おつおつお疲れっす!」


…呆気なく未来が出た。


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