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俺の未来⑬

是枝さんは未来に水泳の指導を受け、なんとか水に浮き少しだけ前に進めるようになったらしい。


ザバっとプールから上がった是枝さんは、しゃがみ込んで練習風景を眺める俺に気づいた。


「…お疲れっす…」

と声をかけるものの、本当にお疲れの様子で、思わずバスタオルを渡して手を貸してしまう。


水泳帽の中に抜け毛が何本もあるのを見つけて、青ざめる是枝さんをよそに、俺は悠然と泳ぐ未来を見つめた。


美しいクロールのフォーム、ターン…これは、相当やってきてるな…。






「…断固反対です」


居場所を突き止めた堅木さんに捕まり、次の仕事をしてから事務所に戻った。


「…そう言われてもさ」


俺と堅木さんと社長。

3人で話し合いをすることになった。


「堅木さんが気に入らないというより、未来がいいんです」


珍しく素直に言う俺に、意味深な顔を向けられたが…それでもいい。


「彼女に、特別な思いがあるとでも?」


堅木が半笑いで聞いてくる。


「そうです」


ハッキリ認めた俺に、社長が複雑な表情でため息をついた。


「未来にそばにいて欲しいと思ってます。それは、プライベートもです。結婚も視野に…」


「…ちょっと待ちなよ!瑠偉、わかってんの?君はうちの看板なんだよ?」


「結婚しちゃいけないとか、契約にはなかったと思うけど?」


少し考える様子の社長。


諦めた様子で「…わかった」と言った。


「未来を瑠偉に戻す。堅木さんは…是枝さんについてくれ」


「…ちょっと待ってください…是枝さんは確か…女性マネージャーを望んでましたよね。…俺がついたらまた…」


「芸能界ポロリあるかも水泳大会…」


是枝さんが、来週撮影を控えているという仕事。

そのタイトルをつぶやく社長に、堅木さんは慌てた。


「待ってください…その手には…」


「内股桃子、出演…」


表情が大きく変わった、と思ったら「…わかりました」と、呆気なく陥落した堅木さん。


グラドルの内股桃子。

わかりやすく堅木さんの推しだとわかって微笑ましい。


…こうして、俺は未来を取り戻した。




「…未来ちゃんだけどさぁ…」


堅木さんが出ていったあと、社長が上目遣いで俺を見ながら近寄ってきた。


「…落とすの、苦労すると思うよ…?」


わずかな失笑を隠していることに気づき、逆に余裕の笑顔を返してやる。


「…俺を誰だと思ってるんですか?…椎名瑠偉ですよ?」


これまで俺に落ちなかった女がいたか?…皆無だ。本気になれば、100%未来は俺に夢中になる。


当然だろ…?




「おしょ…おしょ……お、しょ…」


「食事だ。…そんなに驚くか?」


まずは雰囲気のいいレストランでうまいものをたらふくごちそうする。


ウブな女はここからのスタートだ。


未来には俺のプライベートをどんどん見せて、その魅力にさらに気付いてもらおうか。




…スマートにレストランに案内したはずだった。

レディファーストでドアを開けてやり、椅子を引いてやる。


「あぁ…すすす…すみません。こ、こんなにいろいろ…すみません…」


愛しい未来を前にしているんだ。皆が見惚れる笑顔は、自然に浮かんでいるはず。


なのに未来は喜ぶどころか、緊張しまくって、俺の顔をまったく見ない。


赤い顔ですいません…と繰り返し、フォークを握る手は震えている。


「ワインは…赤にするか…」


それともロゼ…?と言って、上気している頬をつつく、というのはよくやる手だが。




「未来。帰ろうか」


ウェイターにチェックを伝え、カード決済した。



「…え?あの…おしょ…おしょ…お食事は?」



慣れない店で顔を真っ赤にして、不安を目の奥に隠してぎこちなく笑って…


俺はこの子に何をさせているんだ。




「炊飯器でご飯炊いて、自家製の梅干しでおにぎり作ってよ」


「…え?」


食事の序盤で出ていく俺を、レストランスタッフが慌てて追いかけてくるが、チラッと振り返った俺の目を見て何かを悟ったらしい。


その場で一礼して、静かに見送ってくれた。



理解しきれない表情の未来をタクシーに乗せ、ぴったり体をくっつけるようにして、隣に乗り込んだ。


1度聞いただけで覚えた住所。


「ど、どうしてそんなこと…」


不思議に思ってくれ。…もっと。



「畑でもいだキュウリとトマトも食わせろ」


「…そんなに、好きになりましたか?…」


俺の様子を窺うように覗き込む目は、今日もビー玉…





「好きだ。…大好きだ…」


突然、気持ちがあふれ出した。

そうなるともう、止められないと知る。


小さな肩を抱いて、一瞬で俺の中に閉じ込め、その唇を奪った。


タクシーの中とか、そんなの気にならなかった。


「…ん…、あ、ふぇ…んっ…」


何か言おうとしているのか、唇を離そうとする未来。俺は離すまいと、どんどん前のめりになって…


タクシーのドアに、未来を押し付けるようにして、俺の強くて長いキスは続く。


不思議なことに、1度触れた唇は、2度と離したくないと思った。

いや、離れられなかった。

そのキスは、これまでのどんなキスより俺を夢中にさせたから。


「…はっ…未来…」


キスごときでを自分を見失うなんて。


ここがどこであるかとか、2人きりじゃないとか、まったく考えられなかった。


「…椎名さん…ホテル寄りましょうか?」


「…そうして」


運転手に、俺だって気づかれているのに、それでも冷静になれなくて…



「お、お待ちくださいませ!元和さん!」


瞬間、強く俺を押し返した未来によって、俺たちの唇は離れた。


…それよりちょっと待て。


元和って誰だ…?


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