「も…元和さん!モデルでタレントの椎名瑠偉に似てるって、噂の田中元和さん!きょ…今日は、私の部屋でご勘弁…してぇ…!」
そう言って俺の胸にわざとらしくしなだれかかり、ニョキっと手を伸ばして俺の顔を横に向け、さらに下に向ける。
顔を隠せ、ということか。
「…別に俺は知られたって…」
未来の耳元で、コソっとつぶやいてみるも…「いてっ…!」パチンと頬を叩かれ、従わざるを得ない。
…タクシーは無事に未来のアパートに到着した。
迷いなく俺を部屋に入れると、またヒラヒラのついたクッションと…少し迷って、今日はウサギのぬいぐるみを渡された。
「…ご飯炊きますね!」
さっき、かなり無理矢理…同意もなくキスをしたのに、それには触れない未来。
計った米をボールに入れ、リズムよくとぎ始めた。
水の流れる音と、ザラザラという米のこすれる音、時折…ギュっという音も混じる。
「じゃあ…畑に行って来ますので…」
ウサギを抱く俺に、今度は猿のぬいぐるみも追加してくるのは…
1人にするから寂しくないように、って配慮だったら…
バカみたいなのにものすごくキュンキュンしてしまうぞ俺は。
一緒に行くという俺を制止して、戻ってきた未来の手には、ツヤツヤと輝く採れたての野菜たち。
「今日は、おナスも育っていたので…いただきましょう…」
おナス…という言葉に、俺の何かがプチン、と切れた。
「…未来、好きだ」
ナスでブチギレた俺の恋心。
未来は野菜たちを抱くようにして、固まっている。
「未来は…?」
「…未来、好きです」
「は?…」
出たよ。未来お得意の、変な方向に話が進んでいくやつ…
「俺は未来が好きだって言ってんの。だから、お前は?…って聞いてんの」
「はい…私も…未来が好きです」
未来…とは、明日とか明後日とかの、まだ見ぬ明日のことを言ってるのか?
…未来に未来って、名前をつけた親、今すぐここへ出てこい…!
「ま…まずは、ご飯にしましょう。
梅の…おにぎりと、野菜たちと…おナスは、味噌炒めにしますね!」
決死の覚悟の告白がスルーされた。
こんなこと、生まれて初めてだ。
赤ん坊の頃でさえ、ちょっと泣けばすぐに母親が飛んできた。
小中高と、告白されっぱなしだったからわからないが、大学では多少引っ掛けるために告ってきた。
それでも、ちょっと目線を送る程度の告白。
…好きだなんて、誰かに言ったことあったか…
…ない。
ないぞ…?!
「…できました!」
あちこちに米粒をくっつけた未来が、大きなおにぎりを4つ作って運んでくる。
もぎたての野菜は洗ってザルに入れて。
ナスの味噌炒めは小鉢に盛られてやって来た。
あれ…なんか普通で逆に驚く。
もっと、未来なら…おにぎりの具にトマトとかキュウリとか、やりそうなのに…
「…うま」
パリッとした海苔はほんのり磯の香りがして、ご飯の甘さが塩の塩味で引き立つ。
「梅干し…しょっぱ…!」
「はっ…!だ、大丈夫でしょうか…」
慌てて俺の口元に、受け皿のようにして両手を差し出す未来。
「…なにこれ?」
「う…梅を吐き出してください!」
「なんで…?」
「ま…毎年、勘を頼りに作るものですから…こ、今年は、しょっぱすぎたのかも知れませんです、ハイ…」
昔、母方の田舎で食べた祖母のおにぎりを思い出した。
あの時と同じ、手作りならではの尖ったしょっぱさは強烈だが、同時にひどく懐かしい。
そういえば、祖母ちゃんにずっと会ってないな…
「ちゃんとうまい…」
差し出された手を取って、その手のひらに口づけた。
「ひょぎゃ…!?」
初めての感覚だったのか、手を引っ込めて赤くなる未来。
…そりゃあそうだろう。
俺だって女の手のひらに口づけたのは初めてだ。
…ん?
もう一度、目の前の未来を見た。
やっぱり顔が赤い。
ちょっと見ていると、落ち着きなくキュウリに手を伸ばして、カリカリかじり始めた。
少しずつ両頬が膨らんできて、それでもカリカリ食べる姿はハムスターのようで可愛らしい。
「…あきらめないからな?」
ハムスター未来が、俺を見上げた。
「どんなに勘違いしたって、俺の気持ちを認めさせるぞ?」
すると、意外な言葉が聞こえた。
「それは…むりです」
キュウリでいっぱいなのに喋るから、よく聞き取れない。
「なんか言ったか?」
口を押さえ、プルプルと首を横に振る未来。
ずっとカリカリしているから、ハムスターなんて可愛いものじゃなくなってる未来の口。
…なにやってんだよ…?!
未来は慌ててキッチンに行き、そこで咀嚼を終え、なんとかキュウリを体内に収めたらしい。
本当に、予想外のことばかりしてくる未来に、俺は悔しいが夢中だ。
一般的には、野暮ったくて流行らなくていろいろズレてて、決して魅力的とは言えないかもしれないが。
…俺は気付いてしまった。
何も知らないまっさらな心と、疑いを知らないビー玉の瞳と、実は色白でしっとりした美肌の未来に。
その、唇の柔らかさに。
未来だって、俺を自分の部屋に入れる時点で特別視してないか?
「こっちおいで…」
呼んでみれば…とっさに後ろを振り返る未来。
…誰もいるはずないだろ。
いたらホラーだ。
抱きしめたくて呼んだのに、この子は本気のボケをかますから…
小さなため息を吐き出した俺に、どんどん深いため息をつかせるようになるとは…
未来は本当に手強い…