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俺の未来⑭

「も…元和さん!モデルでタレントの椎名瑠偉に似てるって、噂の田中元和さん!きょ…今日は、私の部屋でご勘弁…してぇ…!」


そう言って俺の胸にわざとらしくしなだれかかり、ニョキっと手を伸ばして俺の顔を横に向け、さらに下に向ける。


顔を隠せ、ということか。



「…別に俺は知られたって…」


未来の耳元で、コソっとつぶやいてみるも…「いてっ…!」パチンと頬を叩かれ、従わざるを得ない。



…タクシーは無事に未来のアパートに到着した。


迷いなく俺を部屋に入れると、またヒラヒラのついたクッションと…少し迷って、今日はウサギのぬいぐるみを渡された。




「…ご飯炊きますね!」


さっき、かなり無理矢理…同意もなくキスをしたのに、それには触れない未来。


計った米をボールに入れ、リズムよくとぎ始めた。


水の流れる音と、ザラザラという米のこすれる音、時折…ギュっという音も混じる。



「じゃあ…畑に行って来ますので…」


ウサギを抱く俺に、今度は猿のぬいぐるみも追加してくるのは…


1人にするから寂しくないように、って配慮だったら…


バカみたいなのにものすごくキュンキュンしてしまうぞ俺は。


一緒に行くという俺を制止して、戻ってきた未来の手には、ツヤツヤと輝く採れたての野菜たち。


「今日は、おナスも育っていたので…いただきましょう…」


おナス…という言葉に、俺の何かがプチン、と切れた。




「…未来、好きだ」



ナスでブチギレた俺の恋心。

未来は野菜たちを抱くようにして、固まっている。



「未来は…?」


「…未来、好きです」


「は?…」


出たよ。未来お得意の、変な方向に話が進んでいくやつ…


「俺は未来が好きだって言ってんの。だから、お前は?…って聞いてんの」


「はい…私も…未来が好きです」


未来…とは、明日とか明後日とかの、まだ見ぬ明日のことを言ってるのか?


…未来に未来って、名前をつけた親、今すぐここへ出てこい…!



「ま…まずは、ご飯にしましょう。

梅の…おにぎりと、野菜たちと…おナスは、味噌炒めにしますね!」


決死の覚悟の告白がスルーされた。


こんなこと、生まれて初めてだ。

赤ん坊の頃でさえ、ちょっと泣けばすぐに母親が飛んできた。


小中高と、告白されっぱなしだったからわからないが、大学では多少引っ掛けるために告ってきた。


それでも、ちょっと目線を送る程度の告白。



…好きだなんて、誰かに言ったことあったか…


…ない。

ないぞ…?!



「…できました!」


あちこちに米粒をくっつけた未来が、大きなおにぎりを4つ作って運んでくる。


もぎたての野菜は洗ってザルに入れて。


ナスの味噌炒めは小鉢に盛られてやって来た。


あれ…なんか普通で逆に驚く。


もっと、未来なら…おにぎりの具にトマトとかキュウリとか、やりそうなのに…



「…うま」


パリッとした海苔はほんのり磯の香りがして、ご飯の甘さが塩の塩味で引き立つ。


「梅干し…しょっぱ…!」


「はっ…!だ、大丈夫でしょうか…」


慌てて俺の口元に、受け皿のようにして両手を差し出す未来。


「…なにこれ?」


「う…梅を吐き出してください!」


「なんで…?」


「ま…毎年、勘を頼りに作るものですから…こ、今年は、しょっぱすぎたのかも知れませんです、ハイ…」



昔、母方の田舎で食べた祖母のおにぎりを思い出した。


あの時と同じ、手作りならではの尖ったしょっぱさは強烈だが、同時にひどく懐かしい。


そういえば、祖母ちゃんにずっと会ってないな…


「ちゃんとうまい…」


差し出された手を取って、その手のひらに口づけた。


「ひょぎゃ…!?」


初めての感覚だったのか、手を引っ込めて赤くなる未来。

…そりゃあそうだろう。

俺だって女の手のひらに口づけたのは初めてだ。



…ん?



もう一度、目の前の未来を見た。


やっぱり顔が赤い。


ちょっと見ていると、落ち着きなくキュウリに手を伸ばして、カリカリかじり始めた。


少しずつ両頬が膨らんできて、それでもカリカリ食べる姿はハムスターのようで可愛らしい。



「…あきらめないからな?」


ハムスター未来が、俺を見上げた。


「どんなに勘違いしたって、俺の気持ちを認めさせるぞ?」




すると、意外な言葉が聞こえた。



「それは…むりです」


キュウリでいっぱいなのに喋るから、よく聞き取れない。


「なんか言ったか?」


口を押さえ、プルプルと首を横に振る未来。


ずっとカリカリしているから、ハムスターなんて可愛いものじゃなくなってる未来の口。


…なにやってんだよ…?!


未来は慌ててキッチンに行き、そこで咀嚼を終え、なんとかキュウリを体内に収めたらしい。


本当に、予想外のことばかりしてくる未来に、俺は悔しいが夢中だ。


一般的には、野暮ったくて流行らなくていろいろズレてて、決して魅力的とは言えないかもしれないが。


…俺は気付いてしまった。


何も知らないまっさらな心と、疑いを知らないビー玉の瞳と、実は色白でしっとりした美肌の未来に。


その、唇の柔らかさに。


未来だって、俺を自分の部屋に入れる時点で特別視してないか?




「こっちおいで…」


呼んでみれば…とっさに後ろを振り返る未来。


…誰もいるはずないだろ。

いたらホラーだ。


抱きしめたくて呼んだのに、この子は本気のボケをかますから…


小さなため息を吐き出した俺に、どんどん深いため息をつかせるようになるとは…


未来は本当に手強い…


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