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俺の未来⑮


暖簾に腕押し…という状態だと、憂に言われた。


好意的なアプローチをしても、目で訴えてみても…未来は暖簾に向かって腕を押すように、何の手応えもない。


久々に悪友たちと会って、俺の変化はすぐに憂にバレた。


詳しく事情を聴取され、身ぐるみ剥がされるように、白状させられた。



「めちゃくちゃ落としがいあるじゃん!…羨ましっ!」


憂には、未来のことをそう言われたけど、俺の立場になってみろ。



そんな憂に、今年の正月は吉良が帰ってこないと聞いた。


そして暖簾に腕押し女子の未来が実家に帰るという。


毎年親友たちと過ごす正月が叶わないんだとしたら…



「いつから帰るんだよ」


「…2日…です」


…大晦日でも元旦でもないところが未来らしい。



「じゃあ俺も一緒に行く」


「…、え?なんで…」


「親友が1人、地元に集まらないから」


お前で我慢してやると、謎の上から目線の言葉を吐いて…



正月2日、戸惑う未来を連れて新幹線に飛び乗った。




東北新幹線の終点まで。

そこから在来線に乗り換え、さらにバスに乗るという。


「…さっぶいな…!?」


「さんびぇのはしがたね」


「…は?」


「わり方言だす」


秋田弁か津軽弁か…不思議なイントネーションを繰り広げる未来だが。


すごく可愛い…


「あ…っ!急いでたんせっ!」


未来が、バス乗り場まで突然走り出した。


「なに?…熊でも出たか?」


「…熊でねぇっ!これが最終のバスだす!」


「最終って…まだ…昼だ、が…?」


バスを降りたのは、険しい山道の途中。見渡す限り雪で、家らしい建物は見えないが…。




「おぉ~い…!未来…!」


そこへ、カシャンカシャンとタイヤのチェーンの音を響かせて、目の前に軽トラックが止まった。


「…じっちゃ…!」


ツルンと丸い顔のおじいさん…

未来の祖父らしい。


挨拶する暇もなく、俺の荷物を積み込み、ついでに俺を荷台に積んで走り出した。


期待したわけではないが、俺は客ではないらしい。



未来の家族は、彼女が育った原因たちで溢れかえっていた。


「あれ…?もう年が明けたのけ?」


首をひねる父親。


「買い物すんの忘れだぁ…!」


ツヤツヤの丸い頬を緩ませる母親。


都会であれば、携帯があって金さえあればどうにでもできるが…こんな慣れない雪深いところで、俺は無力だ。


「…もぢ米蒸して餅作るべ」


…そっからかよ、と突っ込みたくなるが、従うしかない。


「兄ぢゃん元気そうだんて餅ついでけれ!」


キッチンというより台所という言葉が似合う場所に、杵と臼が運び込まれた。


そこにゴロン…っと蒸した餅米が投入される。


「…よぇしょっ!」


ちょっとイントネーションの違う掛け声に後押しされつつ、杵を振り下ろし、餅をついていく。


はじめは天井に届かないか心配したが、大丈夫そうだ。



…それを、何度繰り返しただろう…


目の前に出されたつきたて丸餅入の雑煮を食べる頃には疲労困憊を通り越していた。




「…なぁ、未来…?」


秋田の銘酒を飲まされて、酔いが回った俺を、客間に案内した未来。


真っ白なシーツがかけられたフカフカの布団は、未来の部屋のベッドと同じで…思わず寝転んでしまう。


「な…何か…?」


「何かじゃねぇよ…」


パシっと腕を取って、勢いに任せて引き寄せる。

未来は瞬間的に後ろを向くから、背中を抱きしめる格好になってしまった。


「俺がここまで来た意味、わかってるだろ?」


「そ…そ…それは…」


「…こっち向いてみ?」


言われてそっとこちらを向く未来に、遠慮せずキスをする。


はじめから容赦しないキス。

…酔っていて大胆になったのもあるが、実家まで来た意味を、その思いをわかってほしかった。


…ここがどこかなんて気にならなかった。

ちょっと前のタクシーの車内と一緒だ。


また、未来にうまくはぐらかされるとわかっていながら、俺は未来を押し倒し、その服の上から形をなぞることをやめられなかった。



「未来、ここかね?」


…何の迷いもなく障子が開いた。


俺の下で組み敷かれている娘に驚きもせず、お母さんは先に寝るから戸締まりを頼む…と言って何事もなかったかのように障子を閉めた。



「あ…の…」


さすがに熱が冷めた俺。

…それを狙っての行動だとしたら、お母さんはあっぱれだ。

俺の完全なる敗北…



「…結婚、して欲しい」


体を離したからといって、心まで冷めたわけじゃない。

未来を求める俺の本音を伝えたいと思った。


「けっこう…?血行?」


「は…?」


「けっこ…して欲しい…けっこうして欲しい…

血行をよくして欲しい…!」


どういう変換なのか…未来は俺の後ろに回り込み、背中を揉みほぐした。


…わざと、か。


どうしてだ?

YESかNOで答えればいいだけなのに、どうしてそんな、無理やり変換して納得するんだ…?



そんな不思議な変換は、東京に戻り、タレントとマネージャーという立場に戻っても続いた。


「未来、可愛いぞ?」


目を見て言っているのに、未来の方はさっと視線を流し、何かを探して手に取る。


「はい…!可愛いですね!」


控え室に置いてあったサルのキャラクターが描かれたチョコ…



「未来、俺はお前が好きだ」


…どうだ変換してみろ、と言わんばかりに笑ってやる。


「す…好き、すい…す…」


ただいま、脳をフル回転して変換中…と、札でもかけているような未来。


視線を上下左右に忙しく動かしながら…出た言葉は…


「すい…好いとうよ…」


「…?!っ」


すいとう…は水筒を思い浮かべるのが普通だろうが、俺の脳は「好いとうよ」と、博多弁に変換した。


やっぱり…可愛い。


だけど、わかってる。

俺に求愛されていると、さすがの未来はわかっている。

…なぜ、それを素直に受けてくれないのかが、問題だ


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