その理由はその後、しばらくしてわかった。
「瑠偉…!喜べ!映画の出演オファーが来たぞ」
「あー…」
喜べと言われても、別に嬉しくなかった。
ドラマや映画に進出していくという話は聞いていた。
…未来は、俺に恋愛ものをやらせたいらしく…決まった映画もラブロマンスらしい。
でもこの頃から、俺の将来の青写真は、これまで考えてきたことと大きく変わり始めていた。
それを、未来と共有したいと思っていた。
「し、椎名さん!おめでとうございます!このお仕事は…椎名さんがひとつひとつのお仕事を懸命にやっていたから頂いたお話で…それは、もう…大変な幸運と強運の椎名さんだから…こそ」
よくわからない賛美を訴えながら、未来の瞳が潤んでいくのを見た。
「…未来、俺は別に…大きな仕事が欲しいんじゃなくてお前と…」
「…そこまでだ。瑠偉」
「…え?」
急に俺たちの間に入ってきた社長。いつになく、厳しい目を向けられて焦る。
「未来をマネージャー以上に見ているなら、堅木さんにチェンジするぞ?」
「…なんだよ、それ」
モデルとしてこの事務所に入った時、社長は気が向かなくなったらいつでも辞めていいと言った。
それなりの覚悟を持って、モデルとして、タレント、俳優として活動し始めたが…いつでもリセット可能だと思っていた。
それは、未来をハッキリ愛していると思う最近は、今こそその時だと思うまでになっていたのに。
…振り向くと、未来が不安そうに俺を見上げた。
「わかった。…未来はマネージャーだ」
…俺と離される不安を抱えていると思ったから言ったことだ。
それなのに翌日、俺を迎えに来たのは堅木さん…。
「未来さんの、希望です」
少しだけ表情を曇らせたのは…未来の真意を知ってるからか?
…だったら教えて欲しい。
どうして未来は、自分から俺のマネージャーを降りたんだ?
それから…未来とは会えなくなった。
メッセージをしても、既読がつかない。そんな状態で、訪ねることも電話もできなかった。
本気で惚れていたからこそ、拒絶された相手に無理矢理コンタクトを取るのは…心が痛む。
単純に、無視されて傷つくのが怖いんだ…俺が、そんなことを思うなんて。
…1ヶ月ほどして、とあるスタジオで未来を見かけた。
話には聞いていたが、売り出し中の女性タレントの担当になったらしい。
是枝じゃなくて、安心した…
未来からの連絡もなく、ただ仕事をこなす日々が続いた。
映画の撮影が始まった。
…が、ミスの連続。
未来のことが引っかかって、仕事に集中できないのはわかっている。
自分のことで撮影が頓挫し、他の役者やスタッフの時間を無駄にしているようで…自己嫌悪が募った。
「…おぅ、久しぶり。なにやってんのー?」
未来を…一番簡単に忘れられる方法を選んだ。
俺のことが大好きな、モデル仲間のマリアン。
深夜だというのに、電話ひとつで飛んできた。
「…ど、ドキドキします」
「ん…?それは、こんなことされてるから?…それとも、相手が俺だから?」
やってくるなり、抱きしめもせず、着ている服のボタンを外した。
手入れされた美しい肌が外気にさらされる。
そのまま腕を抜き取り、ブラのホックも外した。
…恥ずかしい、と言いながら、隠す様子のないマリアン。
きっと自信があるんだろう。
あらわになった双丘から視線を外し、ふと足元を見た。
これまた美しく手入れされた足元は、当然ほころびた穴を縫った靴下なんてはいてない。
あんなことするのは、未来だけだ。
じっと足元を見るばかりで、さらされた胸に興味を持たない俺に、マリアンが耐えきれない声で言った。
「私を、見て…!」
同時に俺の手を自分の膨らみに触れさせ、唇が近づいてきた。
…されるがままになったものの、俺の舌は動かず、胸に触れた手も、ダランと下に落ちた。
まったく、体が熱くならない。
これほど綺麗な女の綺麗な身体を見ても。
まさか、嘘だろ。
不安になって、目の前のマリアンの腰を撫で、そのままスカートの中に手を入れた。
耳をつんざくような短い悲鳴をあげ、片足をソファにあげながら、小刻みに腰を揺らす女。
それでも俺に変化はなかった。
その時だ。
携帯が着信を知らせた。
マリアンに触れながら、すぐ近くにあった携帯を手に取る。
至近距離でよがる声がやかましい…
「…未来」
画面を見て、触れていた手を離した。
途端にしぼむ声。
「もしもし…」
「し、椎名さん…おつおつ…お疲れさまでございます!あの…あの…メッセージにですね、ただいま気がつきまして…それでですね…その、何かご用でもありましたでしょうかという、お電話でござります…」
「お前、連絡してくるの…遅…」
突然背中に熱い重みが加わる。
…マリアンが甘えるように俺の背中にしなだれかかってきた。
「…近く会いたい。後でメッセするから…」
携帯を気にしてて、と言おうとして。
「ダメ…瑠偉…いっちゃダメ…」
鼻にかかったマリアンの声と、突然下半身に触れられて、驚いて強めに振りほどいてしまった。
「…え…と、あの…すすすみません…お取り込み中だったようで…し、失礼いたしました…」
「…ちょっ、違う…未来…!」
切られてしまった。
これは、俺が悪い…どちらに対しても。
「ごめん、マリアン。こんなことさせて、悪かった」
振りほどかれて呆然とするマリアンに下着とブラウスを拾って渡し、背中を向けた。
そのまま服を着て帰って欲しいという意思表示。
マリアンは、俺がまったく熱くなっていないことを理解したのだろう。
グズグズ泣きながら、玄関を出て行った。
思えば…あいつが俺からのメッセージをあえて見ないとか無視するとか、そんな小賢しいことするわけないと…遅ればせながら気づいた。
俺は切られた着信を折り返し、もう一度未来に電話を繋げた。