「…あ、さっきは…途中で、悪かったな。未来に連絡したのは…」
…言いたいことがありすぎた。
マネージャーをおりたこと、今の言い訳、それに…とにかく会いたいということ。
「あ…これから、打ち合わせですので…もも、も…申し訳ありません…です」
…俺の話を聞く余裕もないっていうのか。
「…ちょっと待てよ」
「ななな何かあれば、堅木さんに…」
失礼します…と言って…電話を切られてしまった。
その後、俺は自分の気持ちを見つめ直す日々を送った。
そんなの…人生初かもしれない。
そんな中、親友の吉良と恋人のモネちゃんが大変なトラブルに遭遇したと連絡をもらった。
俺はその手助けをしながら、吉良とモネちゃんの絆の深さを垣間見て…いろいろ思うことがあったのは事実。
事務所で顔を合わせても、未来は俺を…避けているように感じる。
あのタイミングでマリアンを家に上げて、誤解を招いた自分が悪いと思うものの…少しだけ違和感もあった。
今まで、俺のだらしない女関係を目の当たりにしても、未来は平気な顔をしていたのに…今は避けられている。
その意味するところは何なのか。
俺のことを、意識しているからじゃないのか。
そこで思いついたことは、若干強引だったかもしれないが…俺も気持ちを整理できなくてぐちゃぐちゃだったから…仕方ない。
数日後、仕事が終わるタイミングを合わせ、未来が担当している売り出し中のタレントのマンション前に待機した。
…売り出し中、ということは、今はそう売れてないということだ。
ということは、コネも知り合いも少なく、収録が終わればスムーズに帰るだろう。
目の前の道路に車が通りかかり、駐車場へと入っていく。
「…は?未来?」
運転席がバッチリ見えて驚いた。
ドライバーが未来とは。
売り出し中のタレントは命知らずだと感心した…
呑気に後部座席でスマホを操っていられるんだから。
ちゃんと駐車できるのか…心配になって、下り坂になっている駐車場へと2〜3歩進んでみれば…「下手くそっ!!」と金切り声が飛んできた。
続く「すすすみません…」という声。俺はそのまま下り坂をおりて、駐車場へと入っていった。
「もっと右っ…!ちょっと…!それ左でしょっ…?!もう…ぅっ!左右もわかんないの?」
キーキー甲高い声で怒鳴りまくる年若いタレントに、未来は真っ赤になりながら謝り、車を不器用に動かしていた。
「違うって言ってんだろっ!アホンダラがぁ…っ!」
タレントが、後ろから運転席をガンッと蹴り飛ばすのを見てしまった。
飛び上がる未来…
「…おい」
たまらず近寄ってタレントに声をかけると、極道顔負けの怒鳴り声を上げ、しかめっ面をしていた女の目がこちらに向いた。
俺を認識すると、途端にその表情と声色が、鼻にかかった甘いものに変わる。
「…えぇっ?!椎名さん…椎名瑠偉さんですよね?…え、え…どうしてここに…?」
後部座席から出てきて、俺に近づいてきた。
「も、もしかして…私を待ってらしたんですか…?」
横髪を耳にかけながら、上目遣いをしてくる目をしっかり見つめ返して言う。
「…んなわけねーじゃん」
「…え?」
それじゃ、どうしてこんなところに…という疑問に答えるように、俺は運転席でまだ左右に調整しながら車を揺らす未来に向かっていく。
「…未来」
「…ひょえっっ!」
初めて俺に気づいたらしく、驚きの声を上げる未来。
「…降りろ」
一瞬止まった隙に、ドアを開け、驚く未来を車から降ろした。
「あちゃー…まだまだ曲がってます…ひどいですね。あちゃー…」
何度も切り返して調整したにも関わらず、まだだいぶ傾いて停まっている車を見ている。
「わり。あと自分でやって」
未来と親しげなのが驚きなのか、呆気にとられているタレント。
俺は彼女に「お疲れ」と言いながら、未来の腕を引っ張って駐車場を後にした。
「…あの、あの、あの、どこへ行くのでしょうか?」
まだあのタレントに、明日の予定と迎えに行く時間を伝えなければならなかったとぶちぶち言う未来。
そんな彼女を黙らせるとっておきのひとことを言ってみることにする。
「海老をたらふく食わせてやる」
「…え?」
ほ〜ら…顔色が変わった。
目が潤んで輝き、口元は隠せない笑顔…!
海老は未来の大好物なのは、これだけ長くそばにいれば知っているというもの。
「…ど、どこで?」
「どこがいい?寿司屋?それとも鉄板焼で、海鮮焼いてもらう?あとは…磯焼きとか…」
「はうぅぅ…!」
…よし、落ちた!
俺はタクシーに未来を押し込み、自宅マンションへと連れて行った。
途中、知り合いのシェフに連絡して、自宅で料理を振る舞ってくれるよう頼み…
「できれば…寿司も食べたいんだけど、シェフの知り合いでいい職人さん、捕まりませんかね?」
色よい返事がもらえたところで未来を見ると、喜びと困惑の表情。
…こういう時、当たり前のような表情をする女とばかり付き合ってきた。
お腹いっぱい食べたいというからシェフを呼んで作らせて。
なのにそれが美徳とばかりに、大量に料理を残す。
もったいないと思わなくもなかったが、そういうものだと思っていた。
…そんな俺を変えたのが、未来だ。
「あの、食べきれるだけ作ってもらってください。それから、椎名さんもたくさん食べてください…」
「わかってる。心配しなくてもムダにはしないから」
未来はコクンとうなずいて、ちょっとだけ俺を見た。
「…椎名さん、少しやせたって…社長に聞いて心配していたんです…だから今日、ご飯を食べるところを見られるの、う、嬉しいです…」
「…」
好きだー…未来。
この後、未来には自由がなくなる。
何も知らないで俺の心配をする未来が…愛しくてたまらない。