「海老で肥えた未来はうまそうだな…」
「ちょちょちょ…ちょっと、お待ちください…!あの、この手首の…あれ、外してください!…あれ?」
たっぷりごちそうを食べさせた後、ワインに酔った未来は、ソファでウトウトし始めた。
そんな彼女を見下ろし、そっと横抱きにして…俺のキングサイズのヘッドに横たえた。
あぁ…意外と重かった。
あれか、競泳。
学生時代のスポーツでついた筋肉がまだまだ健在なんだろうが、抱き上げると思ってたより軽いと感じる子ばかりだったから、ちょっと腰に来た。
ベッドにおろし、俺は次の作業に移る。…手首を縛るんだ…
殺気だった俺の気配を感じてか、縛り上げてすぐ、目を開けた未来。
ハッとして俺を見上げる未来に優しく言ってやった。
…海老で肥えた未来はうまそうだと。
「ちょちょちょ…ちょっと、お待ちください…!あの、この手首の…あれ、外してください!…あれ?」
スルリとほどけた手錠に驚いたか。
「そんなに動いたら取れちゃうだろ。もう少し大人しくしてろよ」
「…い、いえ、でもあの…」
手錠はハンカチ。
拾い上げて俺に返す未来。
「ここに未来を連れてきたのは、他でもない」
「…え、海老ですよね?」
「違う。お前とちゃんと、話したい」
キングサイズのベッドの上に正座する俺。
「それで…話が済んだら、今夜は未来を抱きたい」
「…い、い、い…いろいろすっ飛ばしすぎです!」
「…じゃあ…言うぞ?」
自分から、こんな言葉を言う日が来るなんて。
言われてばかりで…「あぁ…」とか「うん…」で済ませていたあの頃の俺を殴りたい。
とは言っても、泣きたいほどの思いを込めて…言わずにはいられないほどの胸の高鳴りを抱えて言ってくれた人は、いなかったかもしれない。
…今の俺は、心臓が飛び出して、その辺をぴょんぴょん飛びまわりそうなほど、ドキドキしている。
表現が、未来に似てきたな。
「…言うからな」
「はっ…!」
「俺は未来を、お前を…誰より愛している」
…好きだとは言ったけど、愛してるは初だよな…と、なんとなく落ち着かない気持ち。
「だから、俺と…結婚して欲しい」
「…ひゃえ…!?」
両手で口元を隠して、ひとこと変な叫び声をあげるのはいつものこと。
でも、そんな訳のわからないところも大好きだ。
「…ひゃえってどっち?はい?…それともいいえ?」
口元を両手で隠しながら、明らかに短い呼吸を繰り返す未来。
ハッハッハ…って、犬みたいだぞ?
「…苦しいなら、手…外しな?」
俺の前で同じように正座する未来。無意識なのか、両手で口元を押さえている。
そんな未来の手首を掴んだ。
「あ、あの…結婚するということは…ふ、ふ、ふ、いえそうではなくて、ですね…」
「ふ、ふ、ふってなんだ?」
「ほ、でした!ふ、ではなく…ほ、ほ、ほ…他の女の人は、いいのでしょうか?っ」
…やっぱりそこだよな。
俺が不誠実な付き合いを繰り返してきたことを、未来は知ってる。
「他の女じゃ、ダメなんだよ。未来じゃなきゃ…」
手を伸ばして、三つ編みに編んだ髪に触れた。
「もう誰もいらない。…未来しか欲しくない。未来だけがいてくれればいい。…俺を、信じて欲しい」
自分でも都合のいい言葉だと思うが、この先の俺を見てくれとしか言えない。
「…ど、どうしましょう…」
真っ赤な顔になって、茹でダコみたいな顔をして…色気のないカッターシャツを着て…三つ編みに眉を出したぶ厚い前髪で。
ダサくて貧乏くさくてイケてなくて流行なんて知らない、時代に逆行した女なのに。
好きで好きでたまらないんだ。
「結婚してくれないなら、俺…消える」
「…は、は、はぁ?」
「夢も希望もないもん。未来がそばにいてくれないんじゃ。生きてく意味なんてないもん」
…言葉に出したら、力が抜けた。
「…だ、大丈夫でしょうか?」
心配そうに近づいてくる未来。
…今だ!、と思った。
覗き込む未来に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめる。
2人の間にあるのはお互いの服だけ…
今までにもそんなシチュエーションに持っていった事はあるが…今日は特にときめいた。
「あ…あの…し、椎名さん、顔、顔…顔が…」
「顔がなに…?文句言われたこと、ないんだけどな…」
「…いえ。あの…綺麗過ぎて、どうしましょう…目が、目が…離せないのです…!」
上からガン見してくる未来の顔は若干怖い…そして面白い…!
「いいよ。…じゃあ、飽きるまで見てて」
そう言って少し体を起こし、反対向きにした。
今度は未来が下、俺が上だ。
「…まず、キスからもらう」
釘付けとはまさにこのこと。
それくらい…未来の目線は俺から外れない。
…俺も、唇が触れる直前まで、未来を見つめた。
これまでにも未来とキスをしてきたが…でも今日は格別だと感じる。
唇は耳元を這い、そのまま首筋に移る。
…未来の肌は滑らかでキメが細かくて、触れる俺の手も唇も、初めてのそれに夢中になった。
…止められない俺を、未来は受け入れてくれた。
愛おしくて大切で…まるで壊れやすい宝物を扱うように、優しく優しく抱いた。
余白がたくさんあるキングサイズのベッドで、くっついて、抱きしめて…
俺はいまだかつて感じたことのない安心感と幸福感に包まれて眠った。
それは、未来のおかげだとわかっている。
俺はもう2度と彼女を離すことはできないだろう。
明日、社長に言おう。
俺たちが愛を誓い合った2人であるということ、そして…未来をマネージャーに戻してもらって、遠くない将来、結婚するということを。