カルロスという名が知れ渡ったのはその功績にある。
貴族と庶民との垣根を超えて仕事につけるよう尽力したおかげで彼の住む地域では経済がよく回るようになったという。
職が増えて諍いは減り人が集まり観光地となり街は潤っていった。
そうして彼は慕われ王室にも認められたとかなんとか聞いた覚えがある。
だから彼が銃の密輸に絡んでいるとは思えない。
それはアレハンドロも同じなのだろう。
だから私に調べるようにまわってきたわけだ。
まわりくどくはありつつも均等をとるためには必要以上に関わらない。
これがアレハンドロのできる精一杯の手助けなのだろうとわかる。
だけど、この場にあの男がいるのとは話が別だとアメリアは思った。
私はこれがわかっていたなら引き受けることはなかった。
見覚えのある男がにこやかに近づいてきて隣に並んだ。
「おや、奇遇ですね」
じろりと睨めばにっこりと返される。
「示し合わせたんでしょ」
はて、なんのことでしょう。まったく身に覚えがありませんが。と男は肩を竦めた。
「あなたなかなかいい度胸してるわね」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないわよ」
「それで、あなたはどちらにつかれます? 返答によってはあなたを殺さねばなりませんが」
「そうなの。それも楽しいかもしれないわね」
「アメリア様」
私がそんなことをすることがないことはおわかりでしょう。私が旦那様に殺されてしまいます。と微塵にも怖がっていないようににこやかに口にした。
「……公爵様はどうしてここに?」
心情を読まれないように視線は会場内に固定して淡々と口にする。
「それは教えられません」
「なによそれ。べつに勿体ぶらなくてもいいでしょう」
「国政に関わりますから」
「あら、それは一国民として気になるわね」
「そうでございますか」
「まああくまでひとりごとだけど、私がここに来たのは銃の密輸があるらしくてそれを潰しにきたの」
「それはまた物騒ですねぇ」
「でしょう。こんなうら若い乙女にそんなことをさせるなんて」
瞼をはためかせるもスペンスは微動だにしなかった。
「ちょっと、スペンス、なに黙ってるのよ」
「生憎私嘘はつけませんので」
「どの口が言うんだか。まあいいわ。ひとまず私の邪魔はしないでちょうだい」
「そっくりそのままお返し致します」
そうだわ。
踵を返してから足を止める。
「ねえ、もしよ、もし、あなたも同じ理由でここに来たのなら、私と手を組まない?」
「……私とアメリア様で、ですか?」
「ええそう」
「どうして私がそのようなことを?」
「その方がはやく片が付くじゃない。あなただってその方がいいでしょ」
「……そうですねぇ。まあそれもそれでいいでしょう」
「簡潔に申し上げますと、カルロス様は無実です」
彼にこちらの情報を話して最初に返ってきた言葉がそれだった。
「そう言いきれる根拠は?」
「彼はクラウス様と懇意にしていますので私が保証いたします」
それだけで保証できるものかと思ったが彼自身も調べた上での言葉なのだとわかる。
「それな私たちは彼自身から依頼されてここにいるのです」
「……依頼?」
「はい。どうやら彼は組織内で横領があるのではないかと危惧していらっしゃいます」
組織というのは彼が運営している財団のことだ。
「アメリア様の話と合わせますと誰かが銃の売買をしている可能性があります」
「カルロス様の話では定期的に損害があるそうで、それが今日ではないかと。従業員に不審な行動をする者がいないか調べてほしいとのことです」
良ければどうです? 一緒に。と差し出された腕に自身のを絡ませる。
「男女ふたりの方が怪しまれませんからね」
近くを通ったボーイからグラスを受け取って会場内を歩く。
四方の壁に囲まれて二階の回廊からは会場内がよく見渡せた。
貴族やその代理人がずらりと座って金額を釣り上げていく中で聞き慣れた弾が装填される金属音が耳に届いた。
ひとりの男が回廊の縁に銃を固定して狙いを定めている。
スペンスも気づいたようで二手に別れて男に近づいた。
「あのぅ、すみません」
声をかけると男が動揺したように身体をのけぞらせたところでスペンスが後頭部に銃口を突きつけて男の喉がひくついた。
「引き金から、指を外してください」
「……っ」
「二度は、言いません」
「従った方がいいわよ。この人本気だから」
観念したように両手をあげた男の身体検査をスペンスがしている横で銃から弾を抜いてケースにしまっていく。どうやらバイオリンのケースを改造していたらしい。肩に担ぐと別室へと連れ込んでいくスペンスの後についていく。
室内には椅子が一脚置かれていて座るように支持する。
「それで? あなた、どこで銃を?」
まあ大方どこかのスパイだろう。
それも訓練を積んだ。
推測するところ、財団のお金で銃の密輸をしカルロスに罪を着せる算段だったのだろう。
アレハンドロに話をまわしてきた人物も怪しくなってきたし面倒くさいことになりそうだとアメリアは思った。
「仕方ありませんねえ。私、こういったことはあまり好みではないのですが」
好みではないという割に表情が伴っていない。
「俺は元軍人だ、どうされようと」
「いえいえ、あなたではありません」
「……は?」
「確かあなたには奥様と産まれたばかりの赤子がいましたね。名前はなんと言いましたか。ベティ、でしたか」
そこで男の顔色が変わった。
「ま、待て。俺じゃない、俺は」
男の言葉を裂くように、窓が割れる音とゴムが弾けるような渇いた音が部屋に響いて赤い液体が男を中心としてあたりに飛び散った。それに伴って崩れ落ちた男を引き寄せて壁に背中を這わせるスペンスと同じように壁に張り付いて狙撃を待つが、追撃はない。
撃ち込まれたのは一発。
明らかに、彼を狙っての銃撃だった。
「おい、生きてるか」
スペンスが男に訊ねる。
「……当たり前だ。死んでたまるか」
幸い心臓は逸れたらしく男が肩を押さえていた。
「狙撃される心当たりは?」
「ある」
「そうですか」
スペンスが胸元から銃を取り出して男に銃口を突きつけた。
「では、あなたには死んでもらいます」