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第166話 緊急会議


 暑さが強まって来た日に突如響いたサイレンに、皆が驚き外に飛び出した。

 緊急事態宣言の際にドラムスト全域に響くサイレンでどの場所からもどの角度からも発令される言葉が見れる魔術が空に浮かぶのだ。


 その内容はシロアリの襲来。

 昔に起きた出来事だが長寿ばかりのこの世界の住人はシロアリをしっかりと覚えていた。

 青ざめふらつく人も現れる中、食材確保の為に皆が奔走し始める。


 パニックを諌める為にギリギリまで発令しないと決めている国もあるが、ファーリアでは各個々人の対応も重視している為緊急事態宣言はいち早く発令されるのだ。


 ドラムストだけでなく、ファーリアの中枢にアリステアはすぐさま連絡した。

 多少の誤差はあるがすぐさま緊急事態宣言はファーリア全土にされるだろう。

 ドラムストだけではなく、他の領地にも土の栄養不足が少なからず起きているからだ。




 街の中がざわつき備蓄の為にカテリーデンやガーディナー等に人がひしめき合うまで然程時間は掛からないだろう。

 そんな中、緊急事態宣言発令を見た移民の民とその伴侶が領主館に到着する。


 死亡率の高い移民の民、さらに前回のシロアリ襲来時に多数の移民の民が亡くなった為、皆シロアリは初体験である。

 その為何が緊急事態なのか分かっておらずキョトンとしている人が多い。

 しかし、メロディア等の庭持ちのショックは計り知れない。

 大切な移民の民の命の危機に、自分達で育てた大事な庭はほぼ壊滅が決まってしまった。

 そして後の大飢饉である。


「………………ああ、まさかシロアリなんて」


「…………シロアリって、あの家を食べるシロアリ?」


「いや、土を食べるらしいよ」


「土!?」


 メロディアの落ち込み方があまりにも酷く、芽依の腕をつついて聞いてきたユキヒラに返事を返す。

 あまりにも斜め上な返事に素っ頓狂な声を上げたユキヒラに芽依も神妙に頷く。


「…………異世界って本当に常識が違うわ」


「メイちゃんの所にもシロアリいたの……?」


「うん、普通にいるよ。私達の所は家の木を食べて脆くしちゃうんだよねぇ」


「え!?木を食べるの!?」


「え!?土を食べるの!?っていう私達の驚き分かってくれる?」


「………………う、うん」


 びっくりしているフェンネルをユキヒラはマジマジと見る。


「…………なんかいまだにフェンネル様がめいちゃんと一緒にいるの違和感だなぁ」


「綺麗すぎるもんねぇ、見てよこの腰の細さ、きめ細やかでツルスベの肌、てゅるんてゅるんの髪」


「てゅるんてゅるん……」


「ね、この細い腰……へし折りてぇ……」


「メイちゃん?」


 フェンネルの腰を鷲掴みにして力を込める芽依に、フェンネルは苦笑しながら振り向く。

 後ろから掴まれているから、サラリと髪を揺らして芽依を見るそんな姿すら美しいから多少腰が折れてもイける……と眼が座ってしまう。


『…………お前、最近太ってきたもんな……飲みすぎ食いすぎで』


「皆まで言うなっ…………!!」


「まるまるしてるメイちゃんも可愛いよ」


「まるまるぅぅぅ」


「痩せろ」


「セルジオさん!通りすがりに呟いていかないでぇ!!」


 麻薬卵の爆発力が凄まじく、芽依の食欲を倍増させていた。

 更に新しく発見した酒がそれによく合ってどんどん進むのだ。

 同じだけ食べている筈のフェンネルの体型は一切変わらないのに、芽依の肉付きは確実に増え部屋の下着サイズが変わっているのに気付いた芽依はショックを受けていた。


 緊急事態宣言が発令され、危機的状況であるというのに芽依は通常運転である。

 それが親しい移民の民の無駄に入っていた力を抜いてくれる。

 ちょうど来たミチルも手を振りながらフェンネルを見て小さく笑った。




「…………皆、忙しい中集まってくれてありがとう。異例の緊急会議となったが今回はこれから起こるシロアリ対策、更には飢饉への対処を考える。そして一番は……移民の民である君たちの命を守る為の対策を早急に考えたい」


「え?命を守る……?」


 移民の民がさらに増えたのか、少し広い部屋を会議室にしたアリステアは、乳白色の壁紙が綺麗な部屋に案内された。

 1箇所がスクリーンのようになっていて、会議の重要項目が浮かび上がるようになっているらしい。

 室内はそよそよと風が流れていて、テーブルにはピーチパイがホールで置かれている。

 何故かピーチパイだけが現れる部屋らしく、スクリーンのある部屋は会議に最適だがそよ風がピーチパイの甘い香りを漂わせ会議に不向きな部屋なのだという。

 今回はシロアリ対策に部屋が空いていない為開催場所がここになったのだった。


 楕円形のテーブルに座る芽依には広いソファが用意されていて、メディトークとフェンネルも一緒に座っている。

 ふかふかのソファに、肌触りのいいカバーで芽依はご機嫌にチェリーパイを食べる。

 メディトークに差し出された砂糖入りの紅茶をゆっくりと飲む。

 甘い豊潤な味わいが口に広がり以前よりも好ましくなった紅茶に息を着く。


「これから来るシロアリは、女王は巨大だが兵隊蟻は小さなもので、それが大群で襲い庭を真っ白に埋め尽くす程だ。そして土の栄養を喰いつくし庭の維持が一切できなくなるのだ」


「以前シロアリが来た時はその後は一切作物が作れず翌年大飢饉が発生している」


「………………大飢饉……じゃあ、今後もなるのですか?」


 以前からいる移民の民が椅子から立ち上がり手を握りしめて言う。

 青ざめ手が震えるその女性は赤茶色の髪を揺らして首を横に振った。


「確実になるだろう。その為庭持ちは直ちに収穫と備蓄が必要になる…………それよりも皆が先に心配せねばならない事はシロアリ自体なのだ」


 人外者達は皆表情が固く雰囲気が暗い。

 それに気付いた移民の民達は皆眉を寄せ不安そうにする。

 フェンネルはそっと芽依の手を握ってきて、不安に思っているのが良くわかった。

 握り返すと弱々しく微笑み、偶然見た移民の民数人がテーブルに頭をぶつけた。



「………………大丈夫か」


「………………………………はい」


 何とか返事を返すがチラチラフェンネルを見ているのが分かり小さく息を吐く。


「前回、この世界にいる移民の民の半数がシロアリに喰われたのだ。だから、何らかの対処をしなくては君たちも喰われる可能性が高いのだ」


「…………く、くわれるって……」


「そのままの意味だ。兵隊蟻に群がられ体を噛み砕かれるぞ」


 セルジオの冷静な言葉にぞわりと体が震えた。

 芽依はフェンネルの手を握ったままメディトークを見上げると、小さく頷かれる。

 あの、呪いの時に見た幻覚のようなものが現実に起きる。


「……………………いや、いや!!そんなのいや!!」


「結界は!?結界なら大丈夫だろ!?」


 錯乱したかのように騒ぎ出した移民の民たち。

 少し長くこの世界に住めば住むほどに危機感は高まる。

 こうなると言われたら、それは現実になる警告なのだ。

 新しく来た移民の民達は半信半疑、いや、信じてすらいないだろう。

 だが、この取り乱しように不安感を煽る。


「結界を使った前回は結界ごと食い破られていますわよ」


 ブランシェットの小さく息を吐く音と共に紡がれた残酷な言葉に、結界をと言った移民の民は力無く椅子に座った。

 静かな部屋にどさりと座る音が響く。


「……………………わるい、俺達も話に混ぜてくれないだろうか」


「………………ゼノ殿ではないか!それに……チサメ殿……」


 急に音もなく扉が開き入室したのはゼノと呼ばれるグレーの星屑を散りばめたような輝く髪を持つ男性だった。

 隣には70歳程だろうか、杖をつく上品な女性を伴っている。

 軽く曲がった腰に少しだけふくよかな体格、そして温和な笑みを浮かべる女性は匂い消しのベールを被っている。

 移民の民のようだ。

 アリステアとも知り合いのようだが、国の保護を受けていない移民の民の1人だ。


「ご無沙汰しておりますね、少しこのおばあちゃんにも話を混ぜてくれますか?」


 緊張感に支配されていた室内は一瞬にして穏やかな雰囲気を取り戻したのだった。













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