「我慢してね、紗夜ちゃん」
おれはミュータスリザードの内臓を握りしめ、白い液体を搾り出す。
「ひぅうっ、気持ち悪いですぅ〜!」
白濁液を振りかけられた紗夜は、赤ちゃんがイヤイヤするみたいに首を振って逃れようとする。
「騒がないの。すぐだから」
やがて紗夜を拘束する粘液の凝固成分が中和され、どろどろに溶けていく。
この内臓の分泌液のお陰で、ミュータスリザードは体内で粘液が凝固しないで済んでいるのだ。
「あっ、取れた……! 先生取れました! って、待ってください! なんでまだかけるんですかぁっ!?」
「いやしっかりかけておかないと、あとでまた固まっちゃうから」
「あぅっ、苦いし臭いですぅ〜」
「ああ、喋るから口に入っちゃったじゃないか。毒はないけど、喉に絡まるから飲み込まないほうがいいよ」
「えぅう〜」
口からどろりと白い液を吐き出す紗夜であった。
「もしかして一条くん、ドS?」
「なに言ってんです美幸さん?」
一方、フィリアはスマホで一連の様子を撮影していたが、ため息をついて中断した。
「
「破廉恥……?」
白い液にまみれた紗夜の姿を改めて見てみる。
……あ、これはいかんかった。
「なんか、ごめんね?」
「いえ……助けてくれてありがとうございます……」
「でも、これが破廉恥に見えるなんて……フィリアさんたちこそ、スケベな気持ちがあったんじゃないかな」
「あははー、そうかもー」
美幸は否定せず苦笑して流すが、フィリアは頬を紅潮させながらおれにジト目を向けてきた。
「……違います。えっちじゃないですから」
「ふーん」
「そ、そのように疑いの目を向けられるのは心外です……! い、いいですから休憩にいたしましょう。もうお昼時ですから!」
誤魔化しているように見えるが、まあツッコむまい。これ以上はヤブヘビになりそうだ。
「そうしようか。紗夜ちゃんとの約束通り、今日は新しい
紗夜はびっくりして、倒したステルスキャットのほうを見る。
「まさか、猫ですか……?」
「んー、そこそこ美味しく食べられるけど、紗夜ちゃんにはまだ早いかな」
猫も犬も、ペットとして人に近すぎる。食することへの心理的ハードルは非常に高いだろう。
そこで、おれはミュータスリザードを指さした。
「今日はトカゲ料理でいくよ」
「えぇえー、ゲテモノも嫌ですぅう〜!」
「好き嫌いはダメだよー」
おれは紗夜の叫びを無視し、ミュータスリザードの調理に入った。
まずは血抜き。充分に血を抜いたら、残っていた内臓を取り出して捨てる。
空っぽになった腹をよく洗ってから、背中に刃を入れ、そこから皮を剥がす。
小さなトカゲなら油で揚げてしまえば皮を剥がさずともパリッと美味しくいただけるのだが、この大きさではそうはいかない。
皮を剥がした肉は、背骨から肋骨ごと切り離す。それから肋骨1本ごとに切り分ける。すると、分厚く平べったい骨付きの生肉となる。
それらに塩を適量、胡椒をたっぷり振りかける。プロの料理人なら肉の臭みを消すのに色々工夫するらしいが、おれにはこれくらいしかでかない。
味付けした肉は、油を引いたスキレットに放り込む。最初は強火で表面を焼き、あとは蓋をして弱火でじっくり焼き上げる。肉自体が大きいので1枚ずつだ。
「はい、出来上がったよ。どんどん焼いていくからね」
最初はもちろん紗夜に。ごくり、と緊張で固唾を飲む。
料理工程からずっと撮影していたフィリアが、紗夜の表情にスマホカメラを向ける。
「い、いただきます……!」
骨を手に持って、ひと口ぱくり。すると意外そうに、好ましそうに、明るい表情になる。
もぐもぐと食べ進める。
「なんていうか、トカゲってゲテモノだと思ってたんですけど、味は普通っていうか……ちょっと特徴ある気がしますけど、これも鶏肉みたいです。エッジラビットより少し固くて淡白っていうか……あっちが鶏もも肉なら、こっちは、えぇと、ササミ! ササミみたいな感じです! 美味しいです!」
続いて、美幸の分が焼き上がる。フィリアはそのまま撮影。
「あっ、本当、ササミみたい。でも肉汁がジューシーで、塩胡椒がすごく効いてて、お酒が欲しくなっちゃうわ」
「はい、オーケーです」
動画が撮れて、フィリアはご満悦だ。
「あの、フィリア先生、あたしたちの食レポみたいなの、要ります?」
「はい、重要です。映像では味は伝えられません。食べた方の表情や言葉で想像していただくしかないのです。それに、見目麗しい女性の食事風景は鉄板かと。これなら大人気間違いなしです」
「そうかなぁ?」
「あ、ごめんね、フィリアちゃん。私は顔出しNGで」
「はい、かしこまりました。末柄様ほどの方のお顔を使えないのは残念ですが……」
「それならフィリアちゃんがやればいいのにー。すっごく美人さんなんだから」
「そ、そうでしょうか……?」
上目遣いにおれに問いかけてくる。
「だからいつも言ってるでしょ。フィリアさんは美人だし、可愛いよ」
するとフィリアはみるみるうちに真っ赤になってしまった。
「……あ、ありがとうございます……」
「はい、フィリアさんの分も焼けたよ。食べるところ、撮ろうか?」
「いえ……あの、いえ、それはまた今度、検討してからにいたします……」
◇
食事が済んですぐ、おれは立ち上がった。
「どこか行かれるのですか?」
「ああ、今のうちに第2階層を調べてくるよ」
「それならわたくしも……というわけには行きませんね」
フィリアの視線は紗夜や美幸に向けられる。ふたりとも、まだ疲れが取れていない。特に美幸は、うたた寝してしまっているくらいだ。
守れるのはフィリアくらいだろう。
肉は余分に焼いてある。緊急事態にはそれを食べてもらえば、彼女の強力な魔法も使える。安心して任せられる。
「そういうこと。フィリアさん、ふたりをよろしく」
「わかりました。一条様も、お気をつけて」
おれは単独で第2階層へ向かう。
そこには、思っていた以上に厄介な