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第22話

 ゲーム内時間では翌朝の事。シルフ中隊を含む第三戦車大隊は招集を掛けられ、簡易テントに設けられたブリーフィングルームに集結した。


「関門海峡突破作戦『オペレーション:トライデントゲート』のブリーフィングを開始する」


 口火を切ってプロジェクターを稼働させたアリゲーターは眉間に皺をよせ、険しい剣幕でブリーフィングを始める。


「現在我が軍は九州地方のほぼ全域を掌握。前線は北九州地方、関門海峡に移換しつつある。だが海峡とその海岸線に沿って配置された野戦砲、防御陣地、熟練部隊に足止めされ、戦局は停滞、膠着しつつある。対戦車戦では特にあのマットブラックに塗装した90式戦車が味方を喰いつくしている」

「奴ら何者だ?」

「シルフがデータを一通り調べ上げたそうだ。よると、サービス開始当初から国防軍に創設されていた戦車中隊だ。部隊名は『シラヌイ』、指揮官のプレイヤー名はシュガーショコラ。女性指揮官でかなりのやり手だという。撃破スコアは部隊でもダントツ。今回の作戦でも我が方の障害になることは必然だが、そこで三大隊に与えられたのが、海上からの強襲上陸だ」


 青色のアイコンが大和海と名付けられた国土の西側と大陸とを隔てる海に重なる。それを囲んだサークルと伸びた軸線の先には『6thFeet』の文字が映る。


「大和海の海上封鎖を目的とした海軍の『第六艦隊』と本隊の二個中隊を合流させ、明日夜より下関西側、関門トンネル、海峡大橋の三方面同時攻撃を敢行する。ビーチには対艦ミサイルを中心とした防御陣地が構築されているが、先行部隊として陸軍特殊部隊が潜入上陸し、制圧する」


 ラヴィーは腕を組んでマップを見つめながら訝る。真剣な表情で作戦の概要を頭に叩き込んでいた。


「下関が確保されれば戦争終結の大きな足掛かりになる。敵も必死で抵抗してくるだろう。ビーチへの上陸部隊にはシルフ、シヴィットの二個中隊が担当する。ドッグ型揚陸艦『サンアントニオ』、ならびに『サンディエゴ』に各中隊分乗し作戦エリアへ展開する。揚陸艦に搭載できるホバークラフトは二隻ずつの為、各中隊戦車は二両ずつのピストン輸送になる。留意せよ」

「こりゃまた、熾烈な激戦になりそうだな」

「ジャックの言う通りだ。敵もここを死守せんと大規模な抵抗に出るだろう。諸君らの奮励健闘を期待する。では準備に掛かれ」


 マップが消され、ブリーフィングが簡潔にまとめられて終わる。テントを出ると、他の部隊もブリーフィングを行っていて、テントの群衆のど真ん中を走るメインストリートは閑散としていた。


 これなら、とラヴィーは搭乗員全員を呼び込む。一足先に準備を始めれば、戦車を隠している土倉、掩蔽壕とも言われる仮設格納庫は込まないはずだと狙い、彼女達はすぐさま愛車へと駆けて行った。


 瑠璃野地区は福岡の中心からおよそ30キロ離れたベットタウンである。その名の通り、鉄道は南北を通い、列車の往来も激しく幹線道路も九州地方の全方面に繋がっている。大和海と接する大型船用の港にはドック型の輸送艦『サン・アントニオ』と『サンディエゴ』が停泊し、その洋上を護衛のミサイル駆逐艦と、航空優勢と支援を兼ねる戦闘攻撃機を載せた空母機動艦隊が航行する。


 ビルのような真四角の艦橋を持ち、それが前かがみに配置され、艦尾にはヘリパットと喫水付近に揚陸艇やホバークラフトを格納、発進させるウェルドックを備える巨大な輸送揚陸艦である。


 ラヴィーや彼女の愛車を載せたトレーラーが輸送艦への到着、搭載と同時に出航する。そのまま第六艦隊は大和海へ向け、艦隊を組み大海原を進んでいった。


 そして、戦闘区域への到着は数時間ほどで訪れる。夜間の海上では隠密の為に艦内灯は赤く、一本路でも躓いてしまいそうな暗闇が艦内を支配している。


「総員、傾注」


 ヘッドセットを片手に、巨大な空間の一角で整列したシルフ中隊の面々が足を揃え、直立不動になり、視線を上座に立ったラヴェンタへ合わせる。


「私達はこれより、大和国本州へと上陸します。例によって、敵はここを死守せんと大規模な抵抗が予想され、佐世保の時とは比較にならない激戦が予想されます。なので、あえて言います」


 語り掛けるように口を開いたラヴィーは、内心恥ずかしながら最後に一言付け加える。


「死なないで」

「……ぷっラヴィーらしくないですわ。クサいというか」

「なっオタサー!」

「なんだ、ユニオン繋がりでロボットアニメの台詞チョイスしてきたのか?」

「そ、そんなことないですよ! もう! 総員搭乗! はい乗った乗った」

「ごまかしたぞあいつ」


 恥ずかしいったらありゃしない。激戦の前にはこうやってちょっとした台詞でみんなを鼓舞するのが、隊長としての務めと思っただけだ。


 それを茶化すように皆が皆、好き勝手に笑い、目配せを交わしていた。


「み、皆さん! この世界の歴史、まるっと変えちゃう可能性だってあるんですよ! 自覚あるんですか!?」

「あぁ、あるとも」

「さらっと受け流された気が……」


 流しながら、ダラダラと戦車への搭乗を始める一行。オタサーは彼女を視界に捉え続けながら、車長用のキューポラを引き開く。


「どうかしたか?」


 通り掛かったコバルトがその様子に言葉を発する。


「活気に溢れていると、思いまして」

「隊長があれだと、拙者達も負けてはいられぬな」

「そうね」

「そうだ、拙者、オタサー殿に尋ねておきたいことがあったのだが」

「あら、何かしら?」

「ラヴィー殿はどうしてこちらへ戻って来れたのだ? 聞く限りでは相当な痛手を負っていたと」

「……もう、過ぎたことですもの。気にしていたら、殿方が廃れますわよ」


 勘繰るコバルトの口に人差し指で沈黙のジェスチャーをしてオタサーが口を塞いだ。


 彼は照れ臭くなったのかブンっと風切り音が聞こえてきそうな勢いで明後日の方向へ首を振った。


「コバルトさんとオタサーは次発で来てもらいます」

「了解致しましたわ」

「御意」

「さて仔猫ちゃん。あまりぐずっていると上の連中が顔を真っ赤にして急かしてくる。出立の時間だ」

「わかりました。補助エンジン始動。ではシルフ中隊、行きます!」


 出撃までのカウントダウンは着々と進み、すでに五分を切っていた。電源系を補う補助エンジンをホバークラフトの甲板上で始動させたラヴィーのエイブラムスは快調に各装置の電力を行き渡らせる。


「データリンクアクティブ、無線感度、どうでしょう?」


 ノイズを跨いで砲撃とキャタピラの稼働音で犇めくだろう乗員に声を届けると、すぐさま返された。


「砲手側良好」

「装填手、問題ないっす」

「操縦席、酒くれ」

「問題ないみたいですね。シルフ1よりシルフ3、どうでしょう?」

「よく聞こえるよ」

「オッケーです。シルフ1よりフィールドマスターへ。シルフ中隊、第一陣の発進準備、整いました」

「了解。ウェルドック、ハッチ解放。注水を開始する」


 海水が船の内部へ一気に入り込み、乾いていた甲板が海水に浸る。ホバークラフトは空気で膨らんだクッションの浮力で海水に浮上し、巨大扇風機にそっくりなスラスターで海上を滑走することが出来る。


 ハッチがゆっくりと開き、水平線と星明りの境界線が望めた。顔を出していたラヴィーは思わず眼をやった。


 現実とは異なる世界。とはいえ見ている光景、聞いている音響、感じている温度や感触はそれに近似している。どちらが本物か、どちらに価値があるのでさえも見誤りそうなこれは、嘘であると再案安志しないと、飲み込まれてしまいそうで、畏敬の念すら抱きそう。


 感情にポッと出たそんな微かな恐怖はすぐにかき消されてしまう。白波の筋が時々船を揺らす中で、出撃の号砲が知らされる。


「時間だ。作戦開始」

「クラーケン1、了解。シルフ1、ホバーの操縦席だ。豪華客船じゃなくてすまないなブルーフラッグ」

「ブルーフラッグ? あぁ、私達のことでしょうか?」


 知らない異名で呼ばれ、困惑しながら問い返すと、ホバークラフトの乗員達が気さくに応じていた。


「噂は聞いている。なんでも凄腕だと」

「上陸後は頼むぞ、三大隊」

「あ、ありがとうございます。それより、ブルーフラッグって、どういう意味で付けられたんでしょうか?」

「さぁな。後でシヴィットにでも聞くか」

「そうですね。ではお願いします」


 ホバーはのっそりと船の後端から大海原へ踏み入れていく。まるで海を始めてみた幼女のようにその足は鈍い。


 だが輸送艦の壁がなくなった途端、スラスターの出力を全開に足を速める。進路を砂浜が続くビーチへ向けると、その足は時速90キロに達し、距離を詰めていった。


 二艇が縦に並び、航走する。その横へシヴィット中隊の二両を載せた別のホバークラフトも合流し、四艇が並走する。


「こちらシヴィット1、シルフ1聞こえるか?」

「感度、良好です」

「現地に着いたら頼むぞ我が隊のエースさん」

「あのっ、いつですか、それつけたの?」

「いつってそりゃー」

「悪いなシヴィット1、頭のキレる奴でも離れてた時の話はわからない。少し解説してやれ」

「そうか、あの不気味な90式中隊とやり合って全滅を免れた部隊って聞いてたから、その青色と旗を靡かせて突撃する様に準えて、部隊の奴が勝手に呼び始めたんだ。それで定着してる」


 可愛いと思って付けた色なのに、意味不明な由緒でそんな異名をつけないでいただきたい。溜息をついて不満を露わにする。


「は、はぁ」

「良かったじゃねぇかラヴィー。赤い彗星とか三本線、みたいな異名を付けられて」

「おいそのネタ、古すぎんぞ何年前だ」

「ガハハハハッ、すまねぇ」

「慰めにもなりません」


 呆れた物言いに装填手のボギーは苦笑いをしていた。


 潮風をたてて、鈍い音を鳴らしながら進む。だが卒然と響いたミサイルアラートでホバーは水上で回避機動へ舵を取った。


「な、なんですか!?」

「こちらクラーケン1! 対艦ミサイル! どういうことだ! 海岸の防御兵装は特殊部隊が」

「フィールドマスターより展開中の全隊へ。作戦司令部に問い合わせる」

「数は?」

「駆逐艦のレーダー情報をデータリンクにオーバーライドする。各車確認せよ」

「了解」


 護衛のイージス艦が捉えたミサイルの発射数、赤い屋根に進行方向を示す針がついたアイコンが六つ、1時の方向から出現する。


「迎撃は!?」

「こちらアークユニオン海軍、AUSレイク・マリー。本艦のイルミネーターに干渉しています。右へブレイクを」

「クラーケン1了解。全員右にブレイクしろ!」


 むっきらぼうな声音にホバーは反応して左へ旋回を始め、身体が右にある区画の内壁へ引いていく。


「射線確保。全ステーション、対空ミサイル発射」


 号令と共に、数キロ離れた洋上を航行していた護衛の駆逐艦からミサイルが発射される。迎撃ミサイルの初陣は三本、構造体上部の三台の射撃管制用イルミネーターがホバークラフトへ飛翔するミサイルに向けられる。


「迎撃数が足りていないようだが」

「イルミネーターは三台、タイミングをズラしても五本が限界だ」

「ボギーさん、キャニスターの装填を」

「あ、姉御!?」

「いいから早く!」


 言われた通りにボギーが弾薬庫から対人用の鉄球が詰められたキャニスター弾を閉鎖機へ押し込む。


 冴えた頭が手を引くように発想を起こしていた。それに気がついたジャックが車長の座につく彼女へ仰ぐ。


「悪知恵を考える頭だけは冴えてんな。俺はどうすればいいラヴィー?」

「私の言う方角と仰角に合わせて、マニュアル照準でキャニスターを撃ってください」

「あいよ」

「シルフ1よりクラーケン1へ。この揚陸艇をミサイルの正面に向けてくれませんか?」

「はぁ!?」

「それと、前面のタラップを少しだけ下ろして下さい」

「おいおい、何考えてやがんだ」

「いいから早くしろ。じゃないとここ泳いでる奴の一人が喰われるぞ」

「……んがぁぁぁ! わかったよ! やってやる!」

「それでいい」


 ジャックの後押しもあって、クラーケンへ出した提案は罷り通る。ハッチを開き、双眼鏡を手にしたラヴィーは再び進路を戻そうと舵を取るホバーの重力移動に抗いながら、海面にその焦点を合わせる。


 飛んでいるミサイルは愚か、ケースに収まっているミサイルすらお目に掛かったことがない。だが、思いつきでもやれるだけは尽くす。突っ走ることが私の取柄になっていたから。


 対艦ミサイルの資料は訓練の時に、概要だけは拾っていた。海面スレスレを音速で巡航し、ターゲットに接近したらポップアップ、上昇して艦艇の上方から槍のように突き刺さる。要は対戦車ミサイルの海版と思えば理解は早い。


 ロケットブースターが生み出す強力な推力は最古のセンサーでもある肉眼ではとても追えたものではない。けれど、その膨大なエネルギーには必ず航跡がある。ラヴィーはミサイルの底から発せられる青色に輝くブースターの光を探していた。


 時空の歪み。熱が発することで漏れる光は隠しようがない。そして、自分達の戦車と同じ青白い光を目視で捉えたとき、戦車砲の射線が重なる位置を割り出して、マイクに声を吹き掛けた。


「砲塔旋回、方位0—1—5。仰角2」

「あいよ」


 バスケットが回り始めた途端に停止。砲口がその閃光を捉える。


 データリンク端末の画面上でこのミサイルには迎撃の手が伸びていない。スケープゴートは私達のようだと頬を膨らませて不満を見せながら、弾頭のシーカー部分を目視で捉えた。


「見えた……発射用意!」


 ジャックがトリガーに指を這わせる。


「撃て!」



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