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第23話

 待ちかねたと言わんばかりの凄絶な発砲。闇夜を一瞬だけ昼にした閃光で眼がチカチカと痛い。


 無数の鉄球が射線上に拡散する。キャニスターは言わば戦車砲クラスに拡大したショットガンで、主に歩兵を薙ぎ払うためのものだ。


 無数の弾幕がホバークラフトの正面に形成される。


「音速で弾き飛ばした鉄球の海に人や物が飛び込んだら、どうなるか」

「どうしたんだ急に」

「いえ、ただの独り言です」


 消えるミサイルブースターの青白い炎を目に、ラヴィーは誰に語るわけでもなく呟いた。波柱を上げて墜落したミサイルは、虚しく水底へ沈んでいく。


「マークインターセプト。イルミネーター、残り二発を捉えます」


 先触れとなり、次々と消えていく敵ミサイルのアイコンを傍目に、シルフ1の乗員は息を呑む。残りの二発次第は、神か護衛のイージス艦の乗員に縋るしかない状況では致し方ない。


「フィールドマスターより全隊聞け。現在ミサイル陣地を特殊部隊が制圧した。遅刻も良い所だぞ」

「インターセプトまで3秒!」

「フィールドマスターへ! 後でぶん殴っときます!」

「2秒」


 海面が揺れる。カウントダウンの切れ目と共に火球が一つ上がったのは確認できた。


 しかし、左奥で瓦礫と共に赤い業火を上げたホバーが、ペイロードに耐えられず沈んでいくのを目にしてしまう。


「シヴィット2! クラーケン4ロスト!」

「生存者の確認、救出は後にして!」

「だ、だが!」

「今は戦闘中です! 後方にはメディックも待機しています。犠牲を糧にしてでも前に進まなければこの作戦は足元から折れていきます!」


 最もだがあまりに薄情だ。これが自分の分隊員だったとしても言えることだろうか。投げ掛けたくなるジャックだったが、聞くまでもない飄々とした顔に察する。


 彼女はすでに、それを味わっているのだと。


「ミサイル陣地は制圧した。洋上の全車は上陸後に前進する特殊部隊の支援と野戦砲の制圧を行え」

「「「了解」」」


 脅威が排除され、ホバークラフトは一気に距離を縮めていく。戦車八両の強襲で一両の損失は大きな痛手だが、ビーチを眼の前にしては強行もやむを得ない。


 ヘルメットを一度外し、ラヴィーは頭をくしゃくしゃと掻く。腑に落ちないが、それでも私達は。


 潮風が頬を撫でて慰めるようだったが、それも苛立って仕方がなかった。道半ばで逝った仲間の無念を抱いて、ラヴィーは関門海峡の裏手へと突入する。


 砂煙を吐き出して防風林と市街地の玄関で要でもある浜辺へと上陸を果たす強襲担当の戦車三両。


 クッションから空気を抜いたホバークラフトから開いたスロープを駆け下り、すぐさま戦闘態勢へ移る。


「シルフ1よりシヴィット1へ。揚陸艇の護衛をお願いします」

「二両だけで大丈夫なのか?」

「私とシルフ3で前線をかき乱します。その間に1両でも多く上陸を」

「りょ、了解」


 半ば強引にシヴィット中隊の中隊長車に待機を命じる。防衛火器と雖も重機関銃程度の火力では装甲車が前衛に出てきたとき、真っ先にやられてしまう。攻撃要員が後方に控えている以上、替えの利かないホバーを死守するのが定石。


 ラヴィーは乾いた唇を舌で濡らし、気を引き締め直す。


「シルフ3よりシルフ1、いいのかい? 俺達二人だけで鉄を焼くバーベキューを始めても」

「ここからは時間との勝負になりますからね。なんせ、こちらはすでに捕捉されているので」

「わかってる。どう動けばいい?」

「まずは海岸線の野戦砲を。このまま北東方向に前進。蹂躙します」

「了解。追従する」


 ガスタービンエンジンがスタートし、回転数を上げていく。超音波のようなハスキーな稼働音がパワーパックから流れ出すと、砂塵を巻き込んで履帯が地面を蹴り上げた。


「酒入れんぞラヴィー」

「あっ構いませんよ。ただし、居眠りだけはやめてくださいね!」

「あいよ」

「「いいのかよ」」


 アクセルを掛けたカーリングは、中隊長の許可を貰った上でスキットルの蓋を器用に片手で開き、飲み口を咥えた。砲塔のジャック、ボギーはそんな英断に突っ込むも咎めるわけにもいかない。


「これがいつものシルフ1、ですからね」


 屈託のない笑みのラヴィー。けれど普段はだらしないカーリングはアルコールを含むとその本領を発揮する。


 突発的に回転数がレットゾーンに到達すると、戦車は時速60キロに達する。テンションが上がってきたのか、防風林に差し掛かり、周りの安全を確認しないまま通過してしまう。


「あの野郎、前見てねぇだろ」

「地雷はねぇ!」

「根拠あんのか?」

「俺の直感だ!」

「私の眼もあります! 地雷無し、突っ込んで!」


 フォローするもジャックの不安は拭えない。戦車の操縦席の視界はほとんどない。前と左右斜めを見通せればいい程度で、そこでの操縦は車長の指示が無ければ成り立たない。


 コンクリートの舗装道へ割り込もうとオレンジ色のガードレールをぺしゃんこに踏み潰して、戦車は海水浴場と表記された看板の横を抜ける。


「各隊へ、こちらフィールドマスター。戦闘エリア上空の航空優勢は確保。だがまだ予断を許さない状態だ。航空支援は可能な限り対応するが、あまり期待はしないでくれと空軍から通達があった」

「マジですか……シルフ1、とりあえず了解です」


 思わずこぼれてしまう落胆の声調。しかし、敵も刺し違えてでも防衛してやるという強い覚悟を決めて臨んでいるのだ。


「シルフ1よりシルフ3、空爆は期待できないみたいです」

「以前のようにヘリを召喚することは不可能か……」

「でもここまで来たらタダでは帰れませんから……行きますよ!」

「地獄の底で一人は寂しいだろう仔猫ちゃん。お供するよ」

「その提案、非常にありがたいんですけど、シルフ3は海岸線沿いの敵をお願いします。今なら戦車も出てきていないし、スコアを稼ぐには丁度いいかと」

「わかった。なら一個後ろは頼むよ」

「はいっ!」


 ブレザーの戦車が隊列から離れていく。掛け声と共に戦車は雄々しく地を鳴らし、雑居ビルや一軒家、コンテナターミナルが軒をひしめく市街地へと足を踏み入れていく。


 敵の配置は不明だが、勢力下であればどこから出てきてもおかしくはない。敵野戦砲の弾薬集積所を探し当てそこに火を入れれば、戦いを幾らか楽に運べるとラヴィーは考えていた。


 ただし、歩兵に発見されるや携帯対戦車弾が飛んでくる。砲の仰角が取れない中心地の雑居ビル群は避けて、最悪踏みつぶしても文句の言われない脆そうな木造住宅の密集地を通り、海岸線とその一本裏手に配置された野戦砲群へと接近した。


「多目的榴弾装填!」

「押忍! 姉御!」

「多目的榴弾な、あいよ!」


 弾薬庫から弾頭に炸薬の込められた多目的榴弾を抜くと、ボギーは薬室へ滑らせて迷わず扉の開閉スイッチから足を離し、耐圧扉と閉鎖機を閉じた。


「行けます!」

「こっちもオーライだラヴィー!」


 弾薬の種類を設定するツマミを多目的榴弾を意味するHEAT―MPにセットし、ジャックが声と親指のサインを送る。


 弓なりの上り坂を抜けると空を仰いだ巨大な大砲が鎮座し、戦車の姿を気にする様子もなく砲撃を繰り返していた。稜線から突如として湧いたシアンに染まる悪魔を目にした瞬間、一目散に逃げだしたのは正解かも知れないが、


「撃て!」


 装甲板にこびりついた砂塵を臓腑も驚かす音響で巻き上げて、砲弾は炸薬の息吹を受けて飛翔する。


 長い砲身が根元から粉砕されると、爆発で発生した高圧高温のガスが付近に置かれた榴弾とスポンジ状の装薬を包み込んだ。


 そして起爆までの刹那。まざまざと目撃した敵の砲兵達が囲むように積まれた土嚢の背後へ飛び込んでいる様を見守る。しかし火球と黒煙、爆轟をそんな貧相なオブジェクトでは防ぎ切れず、青い結晶となって彼らは消えていく。


「次弾も同じ! 装填急いで!」


 破片を浴びないよう、爆発の直前にハッチを閉めて、細い窓ガラスから覗くラヴィーはボギーを急かしながら、次の目標を見定める。


「装填完了!」


 ハッチを閉めたせいで刺すような硝煙の匂いが充満して咽そうだったが、アドレナリンはその不愉快すらも感じさせない。


 二門目を捉え、砲撃を放つ。三門目、四門目も同じくして次々と破壊に力を尽くしていると、ようやく敵の戦車が裏口から乗り込んできたことを敵は察知したのか、五門目を襲撃した時点で砲兵の姿が無くなっていた。


「シルフ3よりシルフ1へ。こっちもかなりの数を潰したよ」


 海峡側へ目線を向けると、空が朱色に輝いていた。星明りなんかよりずっと明るいその光は、まさに私達が裏を掻いて餓狼の如く衝動で蹂躙している何よりの証拠である。


 戦線を停滞させていた野戦砲が徐々に潰れていく様はデータリンクのマップにも反映される。それを契機に九州で停滞していた味方の部隊が腰を上げた。


「フィールドマスターから待機中の全ユニット。シルフとシヴィットが砲台を瓦礫に変えた。前進開始」


 ゲートは開かれる。膠着していた戦線に突破口を穿ち、後は味方を雪崩込ませ、数で押し切れば勝てる。


 砲撃の脅威がなくなった味方の戦車は砲撃を当てに戦っていた敵の防衛ラインを超え、海面を進む両用車は浜辺や港から次々と本州へ渡った。


 シルフは気高く舞い、その存在感を示す。クーデター軍が突拍子もなく現れ、雷撃の如く味方を破砕した水色の車両に場違いな電撃『アウターアーク』と畏怖の念を抱いて呼称するのだが、同時に後方からその号砲を聞きつけて現れた味方の戦車に切実な願いと期待を寄せる。


「ふざけた色の戦車がいる……なるほど、まだ懲りてなかったの」


 漆黒に染まった戦車の車長は冷淡に笑う。まるで心までその色に染め上がっているように、恐れを知らないその不気味な笑顔は、味方を震わせた。


「可愛いエルフの肉を削ぎ落すのは少し胃が痛むのだけど、銃を向けるのなら仕方がない。もう一度、再起不能にしてあげる」



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