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第24話

 進撃を阻んだ野戦砲の陥落が味方の背中に追い風を吹かせた。しかしラヴィー達は立ち止まることを知らず、オタサー、コバルトと海岸沿いの市街地で合流し、関門トンネルの本州側の出口まで進んでいた。


「私たちが撃てる標的はなさそうですわね」

「抵抗がなかったからつい」


 歯に衣着せぬ物言いで一方的な攻撃を振り返る。対抗手段のない敵を叩くのは気の毒だったけど、勝負事で気遣いは無用の長物。


 しかし不気味なほど抵抗がないことに、ラヴィーの頭は疑念を抱えていた。正面戦力を防ぐにしてもその勘定が合わない。攻撃には防衛側の三倍の戦力が必要ということは至言で常識だが、防衛側はまるで撃破を想定したような動きだ。


 顎を撫でて、ラヴィーは訝る。データリンクが表示する確認済みの敵部隊が重なったグリッドマップを見た途端、ある仮設が持ち上がってくる。


「敵は私達をここへ誘い込みたいんでしょうか?」

「引っ掛かるところでも?」


 乗員には聞こえていたようで、ボギーが反応した。その矢先の出来事である。


 遠くから縫うように訪れた温かい追い風。こだました炸裂音に首が回る。ラヴィーは海峡の大橋が白波と水柱を立てて落ちる光景の一部始終を目撃し、仮設が立証される。


 間違いない。敵はこちらを。しかし声を発しようとした喉が橋ほどの遠方ではない、近場の爆発で息が詰まる。


「迫撃砲ッ!」

「チクショウどっから?!」


 意表を突かれた。唇を傷が出来るほど強く噛み縛るが、先頭が止まれば四両が餌食にされる。


「このまま進んで!」

「シヴィット1よりシルフ1。進んだら蜂の巣だぞ!」

「止まったら尚更です! 次弾は効力射が来ます!」


 アスファルトが砕け散り、土がむき出しになった路面。クレーターが物語るのは放物線を描き、野を超え山も越える迫撃砲の威力。


「ラヴィー! こいつは一体!」

「敵はこの地形を火力ポケットにして、こちらを根絶やしにするつもりです!」

「火力ポケット? なんだそりゃ」

「攻撃方向を限定し、必殺エリアにおびき寄せ、集中砲火を浴びせる手法です」


 アークユニオン軍の資料にあったことを思い出し、カーリングの疑問符を摘み取ったラヴィーは、してやられたと拳を壁に打ち付けた。


 第三次世界大戦前、第四次中東戦争でエジプト軍が侵攻するイスラエルの戦車軍団を翻弄させた戦術の一つで、これによりイスラエル軍の戦車部隊に多大な損害を与えた。普通は地雷などで敵の進行方向を誘導するやり方が一般的だ。


 けれど本州の末端で左右背中は海に挟まれている。強襲部隊の攻撃ルートは数えるほどで、敵からしてみれば侵入ルートに火力をタイミングよく叩き込めば殲滅することが出来る。リズムゲームかこの戦場、とツッコみたくなるが、真っ当な戦術を取った敵にラヴィーは感心すら覚える。


 退路も塞がれれば残る選択肢は全滅か、あるいは。


「シルフ1より強襲隊へ。迫撃砲の射線を切ります。手近な建物に戦車を据え付けください!」

「手近って、そんなもの急に言われましても!」


 オタサーは呻くが、彼女自身も砲撃の餌食になりたくないのは同じ。ラヴィーが考えることにケチはつけられないし、今はそれが妥当だともわかっている。


 ハッチを開いて眼を外気に晒し、戦火を頼りに建物を走りながら探す。夜目が効くわけではないし、人が消えた街は光がなく、なんとも虚ろな表情を浮かべている。


 迫撃砲の雨は降り注ぐ。ゲリラ豪雨なんて眼ではないその壮絶な勢いは終わりが見えない。


 砲火を掻い潜り、建物の配置を読み取ったラヴィーは隠れられそうなビル群をマップにマークする。オタサーを引き連れてその一つの影で花火のように煌々とした砲撃の明かりと射線を遮った。


「敵さん、容赦ないな」

「ここまで周到だとさすがに引きますよ」


 一息ついて安堵する。


「地形が変わるほど撃ち込む気じゃないよな」

「防衛の為とは言え、そこまでやったら本当にどうしようもない連中ですね……」

「こちらシヴィット1、シヴィット中隊三両は退避完了した。そちらはどうか?」

「シルフ1、問題ありません。四両ともとりあえずはってところです」


 乗員と談笑していると無線で強襲班だったシヴィット中隊の中隊長から無線が入る。この砲撃でも冷静に連絡を取るところを見ると、やっぱり実戦慣れしているように見受ける。


「シルフ2より中隊全車へ、損傷箇所等の報告を」

「シルフ3、特になし」

「シルフ4も右に同じく」

「シルフ1、問題ありません。ごめん忘れてた」

「しっかりしてくださましラヴィー」

「いつ止むんだろうね。この雨」

「知りませんわよ。でも、止んだ頃合が私たちの出番でもありましょう」

「えぇ。そうだね」

「航空支援はどうなのでしょうね」

「期待できないとは言われたけど、ダメ元で頼んでみるよ」


 砲撃の最中でも不思議と雑談が成立していたが、オタサーに注意される。軽口が成せるのは、きっと戦車の主砲を隣で聴き続けたからで、多少の爆発じゃ今や驚くこともない。


 無線で司令部に航空支援の有無を問うが、やはり制空権を掌握するまでには至っていないようで、とても対地攻撃に回せる機体はないときっぱり言われてしまった。


「空はやっぱりダメ」

「要するにここで砲撃の雨凌いで、どうにかしないとってわけか」

「後方の様子は何一つ入ってこないんですが……上陸に成功した部隊は、果たしているのでしょうかね」


 眼を細めたラヴィーに溜息をつくジャック。砲撃が始まってからデータリンクのマップ上は更新が途絶し、後方は紅蓮の雨を頭上から受け止めた連中の墓場に成り果てていた。


 これがもし、現実の世界で起こったことならノルマンディーと肩を並べられる激戦と語られるに違いない。


 時々近場に落ちた砲弾が地面を縦に揺らす中で、他人事のようにそんな考えに浸っていたラヴィー。地を均した砲弾の雨がようやく止んだのはその直後の事であった。




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