目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第26話

 会敵までそう掛からない。北西に進路を取るとジャックが眼を通すサーマルビジョンに一瞬前を横切った白い熱源があった。


「距離300。ストリートを十時方向へ進んでいった」

「全車散開。私とシルフ2、4で各個迎撃します。周囲に気を付けながら足を止めないで戦闘を行ってください」

「わかりましたわ」

「そりゃこっちもだなラヴィー」

「えぇ」


 立ち止まった瞬間、敵の主砲に狙い撃ちにされてしまう。その前に布陣を完璧にしておかなければならないとラヴィーは倒すことへの逸る気持ちを抑えながら、明確に伝達しようと口を開く。


「蚊帳の外に置かれた俺は何をすればいいのかな?」

「シルフ3には少し特別な任務をお願いしようと思ってます」

「はいよ。それで?」

「データリンクに指示した場所へ、なるべく穏便に向かってください」


 また無茶を、と聞こえてきそうな深い息遣いが聞こえたが、同時に


「わかったよ。任せてほしい」


 と、強い返事を貰えた。


 四両の、しかもエース級の戦車部隊を相手に戦力を削ぐことは甚だ正気とは思えない。しかしこれが愚策か功策は、やってみて初めて知り得る。


 隊列は四つに分散し、踵を返してブレザーの戦車は戦闘エリアから離れていく。後は枯れ次第で戦局がどちらかに転ぶ。


 双方は300メートルの間を空けたまま、発砲なしにお互いの動きを探り合っていた。一発の被弾は撃破に至らぬとも致命傷になる。兵器の進化は時代と比例して、その慈悲を無くす。


「前に出ます。二人は援護を」

「む、無謀ですわ!」

「無謀……ふふっ」

「何かおかしな話でも?!」


 含み笑いを浮かべるとラヴィーの笑みが恐ろしい変貌を遂げる。感情的に舞い上がりながらも、それは冷静さを持ち、刃物のような鋭さも兼ね備えた底意地の悪そうな微笑み。


 オタサーの瞳には映らないその声音は、裏目に前のように狂ったのではと惑わせる。


「狼狽えない。だって私達はそのために燻ってる腕や身体を封じてまで、研究に籠ったんだから」


 根拠のない自信に満ちていた。けれどオタサーは納得してしまう。彼女達、シルフ1の人並外れた努力を眼の前にしてきて、もしかしたら彼女なら成し遂げられると思っていた節が心のどこかにはあった。


「シルフ2と4は高台にいる敵を。私は残り三両すべてを相手にします!」

「おーうマジかよラヴィー」

「大真面目にマジですよジャックさん」

「こりゃ、怖気づいて手が震えちまうなぁ」

「武者震いですよそれ」

「まったく叶わんなお前には。指が疼いて仕方ねぇ。早くやろうぜ」

「んなことより酒だ」


 話しながらカーリングやジャック、そしてボギーの緊張を確かめる。饒舌に話せるだけの二人は問題ないが、装填手の彼だけは別なようだ。


 声を掛けねばと使命感に駆られたラヴィーだったが、そんな暇はすでにないくらい、敵が近づいていた。


「敵戦車二両、2時方向」


 建物越しにジャックが捉える。標的は交差点と数件の家々を挟んだ先。


「徹甲弾装填」


 閉鎖機を開き、徹甲弾の巨大な薬莢が挿入される。


「一両が左へ転進。どっちを狙う」

「転進した一両を狙います。2ブロック先」

「了解」


 砲口はまるで透視しているように敵戦車の動きをなぞっている。白黒のサーモグラフィに映るのは、真っ黒な熱を持たない木造の壁。しかし照準は確かに追従している。


 ラヴィーは砲身の微細な動きを読みながら、撃鉄の火を入れた。


「徹甲弾、発射!」

「ファイア!」


 二人の言霊を砲声がかき消した。壁だろうと疑問を噴き出すことなくジャックはトリガーを引く。


 包み込んでいた砲弾の筒が四つに割れて、中心の槍のような砲弾本体が形姿を現し、木材で固められた家々を一軒、また一軒と貫通する。


 幾他の家々を飛び越えた徹甲弾は綺麗な風穴で弾道の残像を作り、敵戦車の砲塔と車体の絶妙な隙間に突き刺さる。


 そこは戦車の強靭な装甲でも庇い切れない部位、人間なら関節に当たる弱点。直撃させたことは撃った本人達はよく理解していたが、まさか一撃で粉砕できるとは思いもしていなかった。


 やがて住宅の向こう側で横に移動していた敵の戦車は意志に反してゆっくりブレーキを踏んだように停止した。擦れた砲弾は込められた砲弾に火が入ると、バラバラに砕けた惨い車内に爆発の熱が満ち溢れて、すでに致命傷を負い最寄りの野戦病院へ転送されかけていた乗員達に止めを刺した。


「ナイスキル! ジャックさん!」

「足を止めるつもりだったんだがな」

「運がなかったようですね、敵さん」


 意表を突いたその攻撃に、シラヌイの戦車達は動揺する。特にその隊を纏めている中隊長『シュガーショコラ』は、十八番の技を盗まれたと憤慨していた。


「場違いな奴が紛れ込んでいる。厄介ね、この戦い」

「一両がやられました。どうします?」


 ハッチから覗かせた鋭い狐目で掛けられた砲手の声を切り返す。


「丘に置いた定点、狙撃車を今更こっちに差し向けても遅い。けれど回さないとこっちが持たない……か。面白い」


 長い髪を一つに纏めて結び、独り言をさらっと呟いた彼女は、その事実に揺さぶられることなく、次の一手を下す。


「シラヌイ4は市街地戦に移行。前衛に出た一両を全力で潰すわよ。最初にやり合ったときはそうでもなかったけど、顔を見ない間に随分と生意気になったみたいだから」

「了解」

「離脱した一両と、後衛の二両は無視してもいい」

「あの二つの支援は厄介です」

「頭を抑えれば、あとは砲兵が刈り取るわ。一気に畳みかける」


 ディーゼルエンジンを唸らせ、回り込もうとするシラヌイの分隊員とは反対側へと歩を向けたシュガーショコラ。


 二手に分かれる彼女達を地図上でも確認した折に、ラヴィーは呼応してシュガーショコラが操っている一番車に引きつけられる。


「シルフ4、対岸の足を止めますわよ」

「把握している」


 後方で待機していたオタサーとコバルトがラヴィーの左側、背後を取ろうとする戦車に向けて、二つの砲声が轟いた。


「牽制だけで構いませんわ。足さえ止めれば」


 コンクリートを粉砕した二発の砲弾は土埃を上げて視界を奪う。


 両翼を固めようとした90式を逆に挟み込もうと彼女達も編隊を解く。コバルトが牽制を続け、敵の動きを封殺しながら、オタサーが左翼に大きく広がってその戦車の側面に布陣する。


「お隣、失礼しますわよ!」


 シルフ2の砲口から眩い光と耳を劈くけたたましい砲声が咆えた。車体の燃料を貫通した弾丸は砲塔を吹き飛ばし、戦車だった物は残骸に変えた。


「この前のお返し。しかとさせていただきましたわ」

「シラヌイ3、ロスト!」

「なっ?!」


 シュガーショコラの驚嘆と動揺が鋭く車内に通る。戦局の悪化は彼女の想定にない。佐世保での戦いで一戦を交えた時とは明らかに練度が違っていた。


 なぜなら、彼女達は全く動じていない。それどころか、自分達が出てくるやそれを予見していたようにペースを上げてきた。トリックショットの種を見破られないと高を括ってて慢心していたことが、露呈する。


 冷や汗を掻いていたが、最後に残ったシラヌイ4と水色のあいつとの位置関係を見るや、一矢だけでも報えると確信する。二両が身構えていた後衛と前に出たアウターアークの合間には僅かなスペースが生まれていた。


 あとは向かっている彼らと一刻もでも早く合流し、腹に砲弾をぶち込むだけ。こちらの領域に引き連れれば、二両で撤退しどうにでもなる。


 逃げるように市街地を走り回り始めた彼女にラヴィーは、無我夢中で追いかける。左右後方を気にする素振りなんてない。


「さぁそのまま来い電撃の化け物……進んだ先がお前の墓標になる」


 ラヴィーを繋いだ釣り糸が引っ張られていく。シラヌイ4は丘から降りて、シルフ1の右前方60メートルの位置につき、彼女のシルエットを待つ。


 50、40と距離は縮まっていく。そして交差点へその清々しいまでな青色のボディが差し掛かり、ラヴィーの瞳が真横に現れた戦車に向いた。


 ハッと咄嗟に両腕で眼を覆い身構える。砲弾が直撃し、砲塔が吹き飛ぶまでは人間の反射より素早い。


 眼を瞑り、この世界での死を知覚する。轟音と共に焼き尽くされたのは——真横に陣取っていた90式戦車、そうシラヌイ4の方であった。


「仔猫は可愛がるもんだぜ。あんちゃんよ」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?