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第27話

 格好つけた台詞を口走って、砲弾を撃ち込んだのは丁度周り込んできた戦車の右側面、ラヴィーの場所から後方に数百メートル下がったブロックで伏兵を任せていたブレザーだった。


「心臓が破裂するかと思いましたよ」

「あははは悪い悪い。いや何、仔猫ちゃんの追跡があまりにも俊敏、かつ無駄のない一挙手一投足でつい見惚れてしまっていたよ」

「素直について来れなかったって言えよブレザー」

「本音はそうだが、理由にも彩を添えないとな」


 危うく死にかけた四人は安堵か呆然か、阿吽の呼吸で嘆息した。


「さぁ、油断してっと次が来るぞラヴィー!」

「そうでした!」


 ジャックに諭されて、我に返る。まだ一番厄介な敵が残っていたことを察し、すぐにその背中を探す。


 だがすでに彼女は影を消していた。撤退を選択するのも無理はない状況だが、まだ前に進むだけの余力はあり、シヴィットの進捗も気になる。


 無線で呼び掛けようとすると、オタサーが咄嗟に叫ぶ。


「シルフ4! 右!」

「何事?!」


 驚嘆を最後にシルフ4の反応がマップから消失する。


「シルフ1へ! 一両が喰われまして」

「わかった! オタサーは出来るだけそこから離れて!」


 増援が接近する兆候はない。マップを再三見直すが、シヴィットのアイコンはまだ健在で、この四対四のエリアを塞ぐように布陣し、敵が入り込む余地のないスクリーンを形成している。


 喰えるのは、奴だ。


「ブレザーさん、弾薬の方は?」

「手応えを感じられるほど撃ててない。まだまだいけるぜ」

「5分、いや3分でいい。オタサー、時間を稼ぐことはできる?」

「そのようなお手間を取らせるわけには参りません」

「オタサー?」

「残りの一両、私が引き受けます。お二方は奮戦しているシヴィットの皆様を援護してくださいまし」

「無茶だ。残っている戦車は」

「わかっております!」


 無線にけたたましく響いたオタサーの叫び。因縁を持っているのはラヴィー一人ではなく、部隊の総意だ。


 だからこそ一人に任せたりはしたくない。味方がやられようとも戦力差のアドバンテージを憂慮しない奇襲は、ひっくり返せるだけの確信があるから移せる行動の表れ。


「援護します。ブレザーさんは右翼、私は左翼につきます。連携して叩きます!」

「ラジャー、仔猫ちゃん」

「ラヴィー、私一人でも!」

「一人だとまた喰われる。私のようにね」


 過去は反省出来るからこそ価値がある。オタサーは言葉がつっかえて、飲み込む。


「……では左右をお任せ致します」

「任せて」


 オタサーは正面を向き、120ミリ砲でシュガーショコラの暗影を追う。ラヴィーと同じく建物を透かしているように。


 シュガーの90式は市街地を縫うように蛇行しながらオタサーを追っている。緩いくの字のカーブの末端で停車したオタサーは、砲塔を回して目線先に列なる交差点を定点する。


 目標は三つ先の交差点から飛び出してくる。一瞬を見逃さず、確実に息の根を止める。夜闇を明転させるサーマルビジョンで狙いを澄ましたオタサーの戦車は排熱が焚くモヤの流動を予期してトリガーを引かせる。


「放てッ!」


 こだまする砲声。音速を超えた槍は——シュガーショコラを捉えることなく空振り、コンクリートの地面へ減り込んでしまった。


「外した!? 後進全速入れて!」


 突っかかるように止まったシュガーショコラ。オタサーは「なぜそこにいない」と聞きたげに叫ぶ。


 一間を置いて、ゆっくりと形相を見せたシュガーショコラの戦車は、じっくりとレンズを絞るようにオタサーへ照準を合わせ、一撃を加えた。


「キャッ!」

「オタサー!」


 ラヴィーの呼び掛けに堪えられないまま、オタサーは頭を前後左右に揺さぶられる。戦車への致命傷は避けられたが、車体側から砲塔にジワリと帯び始めた熱を感じ、引火したことに気がつく。


「火器管制も沈黙。運転席、聞こえるかしら? ダメ、応答がない。早く出ないと蒸し焼きになりますわよ! ほらお急ぎになって!」


 この非常事態にも口調は崩さず味方を率先して脱出させるのは、戦車長の鏡だとラヴィーは頭の片隅で感嘆したが、状況はそんな流暢に意識を逸らしている場合ではなくなっていた。


 残されたのは私とブレザーさん。四対一だったのに呆気なく二両を喰った。手も足も出ない。でも絶対に。


 焦燥感を抑え込んで、ブレザーの位置を確かめた。シュガーショコラを二時方向に、240メートルの距離を取る。


「オタサーがやられました。こちらは二両です」

「増援を呼ぶかい?」

「その暇をシュガーショコラが与えてくれるとは思えません」

「IDは甘党バリバリの癖に、やることは辛辣すぎるぜ」


 皮肉るブレザー。本当にその通りである。


「どうにかしないと」

「一気に詰めるぞ。戦車ったって砲は一本しかない!」

「タイミング任せます!」


 オタサーは無事に脱出したと信じて、とにかく目の前の暴れ馬を止めることだけに集中する。


「行くぞ。3,2、1」


 三つのカウントを切ったブレザーに合わせて、二両の戦車は並んで前進した。呼応してシュガーショコラは二人から逃れるように奥へと逃げていく。


 しかしフルスロットルにしては90式戦車の逃げが遅いとラヴィーは感じ取る。色とりどりの住宅を横に並走する三両。双眼鏡を取り、藍色の空に溶ける濁った宿敵戦車の排気を捉えようと眼を凝らす。


 そして三両が横一列で重なるだろう大通りとの交差点に差し掛かろうとしたその時、ラヴィーは車内無線で音が割れる程の大声を声帯から出し、カーリングに呼び掛けた。


 フルブレーキ、と――


 ラヴィーとシュガーショコラの動きが同調する。交差点の直前で前につんのめりながら停車し、ブレザーは通り過ぎながら発砲した。


「あの野郎ッ! ちょこざい!」

「離脱してください! あとは私が!」


 珍しく乱暴に物言いをしたブレザーは、ラヴィーの警告を瞬時に受け取ってそのまま走り去る。


 その尻尾を鷲掴みにするように、シュガーショコラはタイミングを伺いながらゆっくりと歩を踏んでいた。


「奴の正面に全速力で飛び出してください!」

「間に合わねぇぞ?」

「刺し違えても構いません! ぶつけるつもりでお願いします!」

「どうなっても知らねぇぜ!」


 互いに頭のネジがぽっかり抜け落ちていた。冷静なつもりで判断を下している彼女を探るように問い返すカーリングだったが、口に尺ったウィスキーで喉元に返却した。


 応じるようにエンジンが高鳴り咆哮する。そして滑るように走り出したエイブラムスは、射線を通そうと僅かな隙間に眼を見張る彼女の戦車に突き進んでいく。


 蹴散らしてやる。シルフ1の個々の願いや思いが一つにまとまっていく。言葉交わさずともその意思に沿って足が、腕が、肉体が躍動する。


 そしてラヴィーはその死神を直視した。戦車はドリフト状態で交差点に突入し、砲塔は回ることなく正面の定位置で固定されている。


 射線が筆を払うように九十度の円を作り、据わる。死神に騎乗する彼女、シュガーショコラのキョトンとした表情を前に、ほくそ笑んで言い放った。


「吹き飛べ死神!」


 主砲がけたたましく咆えた。ゼロ距離で放たれた砲弾は艶のない虚ろな漆黒を貫き、穿った風穴から紅い炎とアバターを構築していた青い粒子が弾けていく。


 車内は想像を絶する高温に包み込まれ、生存者はいないだろう。数舜置いてハッチに行き渡ったそれをシュガーショコラは足元から浴び、この世界での死を悟る。


 すると一瞬だけハァハァと苦悶を耐え遂げたラヴィーの息遣いを嗤い、結晶は光を放って割れてしまう。


 激戦の終局の音色が満ちたとき、ジェット機が生き残った彼女達の頭上を過ぎていく。攻撃はなく、そのシルエットと国籍マークは味方機のもの。


 まるで勝利を祝福し、凱旋の頌歌を奏でるような轟音。頭が理解に及んだとき、四人は達成感から歓声を口にした。


 作戦は予想外の攻撃もありながら、ほとんどが強襲チームの働きによる戦果で幕を閉じた。損失した戦力は膨大だったが、得られたものもまたそれに見合っていたことが大きく、最後まで撤退の判断を下さなかった大隊長のアリゲーターも、この結果に安堵する様子を見せていた。


 本土末端の防衛線を失い、上陸を許したクーデター軍は本州の北へ撤退することを余儀なくされてしまう。戦火を避けるためにAIによって操作される市民達も活動の準備を進めていると、諜報員からの情報もあった。戦争は終結への道筋に歩き出している。


 貨物ターミナルのコンテナを再利用して鋭意設営中の前線基地に戦車を止めたラヴィー達、シルフの生き残りは地に足をつく。


 一番の功労者を見つけるや、設営中のプレイヤー達も総出で彼女達を取り囲む。中隊長のラヴィーは胴上げまでされ、完全に英雄の扱いだ。


「ちょっと、やめてくださいよぉ!」


 そういうがまんざらでもない様子に止める気配はない。この一戦でブルーフラッグの名は大隊に収まらず、アークユニオン陸軍のほぼ全域に轟くこととなってしまった。


 高揚し、皆が勝利の美酒に酔いしれていた。か細い毛糸を繋いだ二人を大きく引き寄せてしまう事件であるとはこのときの彼女は知る由もない。


 そんな彩られた景色はすぐに終わりを迎える。時計が目に入り、胴上げをしていた皆にログアウトを告げると、名残惜しそうに歓声が鳴り止んで、そのすべてが「お疲れ様」や「また頼むぞ」という労いの一言に変わる。


 ラヴィーもそっと微笑んで、メニュースクリーンを手元に出し、ログアウトのボタンをタッチした。現実で残っていた課題を終わらせていれば、こんな悲しい別れにはならなかったと、自業自得を後悔した。



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