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第28話

 生まれた世界では戦争が続いていた。当事者で軍人だった父が私にとって、そんな戦争は父を攫ってしまう憎い存在で、でも幼い頃の数年は年に一度帰ってきて、家族の時間を許してくれる家庭思いの、私には特に寛容で優しい父だった。


 そして戦争に戻ろうとするたび、私が引き留めて泣きじゃくって駄々を捏ねた。母は呆れ気味に「パパはお仕事なの」と咎めていたけど、父はそんな姿にも微笑んで頭を撫で、「また来年、元気な姿を見せてくれ」と慰めて、絶対だよと口約束を交わしていた。脆い約束でも私と父にとっては固く大切な絆の証だった。


 父が軍人で人を殺めているという現実が私には実感できなかった。当然ことだ。


 しかし戦争が長引くにつれて戦火の影は色を増し、五歳の時には二軒手前の家がミサイルの残骸に踏みつぶされて、六歳の頃には通っていた保育園に巡航ミサイルが直撃して、先生や子供達を骨肉の断片に変えてしまった。


 とても長い戦争で多くの人に深い傷を刻んだ。十歳の時、戦争が終わって傷ついた人々は平和の光に照らされて、復興に立ち上がった。けれど私の心にはポッカリと穴が開いてしまう。


 終戦の前夜にそんな優しい父が帰らぬ人となったからだ。


 弔いもなく死んだ父に嘆き悲しんだのは言うまでもない。母は大粒の涙を流し、人の死と言う物に初めて触れた私も事の重大さに気づかされ泣いた。あの柔和な笑顔も、優しいテノールの声も聞かせてくれない。元気な私も見てはくれない。そう思うと余計に涙が溢れてきた。


 人生のどん底に叩き落とされたと思っていた。しかし底が抜けて、私達はその深淵へとさらに押し込まれてしまう。平和だからこそ、いや恒久的な平和を得たからこそ、人は武力を忌み嫌い、盾となった人々やその家族にまで不平不満のカンフル剤に仕立て上げるのだった。



 月明りが降り注ぐ満月の夜。ゲームとは正反対の時間の流れに体内時計が錯覚を起こそうな景色だが、シュガーショコラの頭はそれどころではなかった。


 バイザーを外し、長い髪を解いた彼女は騎乗していた少女の顔を思い出して、呟く。


「あれは、三浦 モカだ」


 ギュッと拳を握りしめる。私に吹き飛べと叫んだ喉の旋律、顔の輪郭、髪の毛の色。髪型こそ違いがあるも、面影は瓜二つ。


 アークユニオンにいると言っていたし、望むところと答えたのも戦場に赴くからこその答えで解釈に相違はない。


 けれど、あの生真面目で誰の話もつっけんどんにしない温和な雰囲気から、あの姿は想像できない。


 もしそうなのだとしたら、あの子は私の居場所を搾取し、追放せんとする——


「敵だ」


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