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第29話

 オペレーショントライデントゲートは多大な犠牲を孕みながらも成功を収めた。翌々日の登校日、モカと御子の偉業を空対空戦で目一杯になっていた裕翔が新聞記者のように好奇心のままに尋ねていた。


 電話やメッセージアプリでもう散々聞かせたはずなのに、その内容が病みつきになっていた彼は、しばらくこの熱狂から覚めそうにない。


 お昼のランチを囲いながら、モカの机に集った二人。もはや恒例とも言うべき、この井戸端会議は、最高潮の盛り上がりを見せていた。


「戦闘ログを見ても、やっぱり信じられない。近接航空支援でも落とせなかったエース部隊を倒したなんて」

「数ヶ月籠った甲斐があったってところかな。でも一番は、御子や分隊全員の協力あってこそだよ」

「あらあらお上手ねモカさん」

「御子の方こそ」


 二人の高笑いが輪に溢れる。すると裕翔がスマホの画面を見せつけてくる。


「まとめサイトでも話題になってて、シアンに染まった戦車って異名がついてるよ」

「誰よこれまとめたの!」


 『ウォーフェア・オンライン』はそのプレイヤー人口から多くのまとめサイトや非公式フォーラムが存在する。ユーザー同士がゲーム外で話題を持ち寄り記事にしてコメントを残したり、大喜利を繰り広げたり、人の悪事を叩いたりと、インターネット黎明期から末永く続き、2040年代の今も現役で多種多様な場が世に出回っている。


 まさかゲーム外でも話題になっていたとは初耳で、露骨に嫌そうな顔をしながらモカは覗いた。


「ゲーム内映像がまるっきり載せられてるじゃん。恥ずかしい……」

「いいじゃありませんか。それとも、アレが世間に出回ってしまうことが許容できませんと?」

「アレ?」

「元々私のじゃないし、なんか盗作っていうか、卑しい思いになるんだよね」

「何かやったのかいモカ。まさかチートとかに手を染めたんじゃ」

「勘違いされていますわね裕翔さん」


 単語だけで交わされた二人の怪しげな会話に裕翔が誤解して、ゲームでも禁忌とされるチートやグリッチと言った手段を使ったのではと慌てて訊いてきた。勿論すぐに御子が反応して、彼は胸を撫で下ろす。


「だって、市街地戦だとみんなやるじゃん」

「とは言え、誰にでも習得できるという業じゃありませんわよ? タネに気づく人もいるかどうか」

「タネ?」

「建物越しに戦車の熱源を追ったり、それを基に撃破したり。ある意味チートよ」


 敬意を込めて言ったつもりだったのだが、キョトンと困り顔で裕翔は眼をやっている。空が畑の彼には小難しいのも無理ない。


 空には障害物はない。強いて言えば時にミサイルやレーダーを欺く雲が当てはまるが、抵抗もなく戦闘機が突入しても基本的に無害ではある。


 反対に地上戦はロケーションが多彩で建物がぽつりと立つ絵に描いた平原もあれば、東京やニューヨークのような高層ビルがそそり立つ大都会だってあり得るわけで、空のように隣り合わせに並んだ敵が、味方が必ず見えるとは限らないのだ。


 そんなような状態ならば、と考案されてあろう荒業が赤外線映像を用いた透視。戦車のエンジンはジェット燃料や軽油を熱や運動エネルギーへと変換して動作している。車と同じように生暖かい排ガスが空中へと垂れ流される。


 熱を持つ気体は上昇し、市街地、とりわけ一軒家なんかが固まる住宅街ではその熱気が屋根を超えるため、赤外線映像に反応する、というのがこの透視の味噌となるのだ。


 一から淡々と説明をすると、相槌を打ちながら彼は唸った。これは死神『シュガーショコラ』がアークユニオンの戦車隊を苦しめていた戦術とも付け加えたのだが。


「壁越しに戦車を捉える……か。市街地での窮屈な機動なら、確かに壁や建物に熱が反射するから、有効ではあるね。でもそこに着眼点を置く発想力がずば抜けてるよ」

「経験則なのでしょうね。サービス開始時からプレイをなさっていると情報もありましたし」

「でも最寄りの野戦病院で治療を受けてまた戦場に出てくるから、今後も厄介な敵になりそうではある」

「今のモカならどんな相手でも勝てると思う。初めてまだ三ヶ月弱なのに、成長のスピードが驚異的なんだもん」

「筋は良いってよく言われる」


 傲慢になるかもだけど、裕翔に褒められてちょっとばかし恥ずかしい気もする。モカは嬉しそうに笑い、一瞬目を逸らしながらボソッと控え目に認めた。


「さて、僕も頑張らないとね。最近、航空優勢の確保ばかりで、対地が訛ってるんじゃないか心配で」

「杞憂でしょ。要らない謙遜は反感持たれるぞー」

「それ、モカが言うかい?」

「な、何よ。何か言いたいわけ?」


 丸眼鏡の奥で眉を顰める。恐らく前にモカが気に病んでた頃を蒸し返そうという魂胆なのだが。


「いや、やめとくよ。終わった話だもんね」

「それでいい。あんまり女子の過去を深堀するのは趣味悪いしね」

「あらあら、大変仲が睦ましくて羨ましいこと。いちゃつくなら私の眼がない影でお願い致しますわ」

「だーかーらー、そんな関係じゃないって言うの。もう」

「ウフフ、ごめんあそばせ」

「……デジャブ?」


 とモカが既視感を覚えて、御子に問う。裕翔はあからさまに窓の外へ眼をやって、何かを誤魔化そうとしていた様だった。



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