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第32話

 帰宅して早々にウォーフェア・オンラインにログインしたモカは、前線基地で共に戦車を動かす三人を忙しなく探し回っていた。


 平日の昼間、ジャックとボギーの住んでいる地区では朝方になりかけていて、ゴールデンタイムは終わっている。カーリングに関してはそもそも住んでいる地方は不明なので、もはや一種の賭け事と化していた気がする。


 しかし格納庫を訪れると、慣れしたんだ二人の喧騒と仲裁に入る声が耳に留まり、ラヴィーは駆け寄る。血眼になって基地中を探した甲斐があったが、本題はここからであった。


「だから、ジャベリンなんぞ積んだって誰が操作するってんだよ」

「手先が器用な自慢の戦車長がいるじゃねぇか。あいつなら撃てる」

「何を根拠に言ってんだお前。それにそこ、補助エンジンの真横じゃねぇか。直撃したら弾薬庫が丸焦げになるぞ」

「なんのためのブローオフパネルだ。あぁ?」

「弾薬なけりゃ砲だって」


 補助エンジンの横にあるカーゴスペースにカーリングが対戦車ミサイルとそのボックスを取り付けようとして揉めているらしい。けれどそんな他愛のない暇でさえも彼女は欲していた。


「あの、皆さん」

「あぁ丁度いい所に来たラヴィー。お前これ、どう思うよ」

「ごめんなさい。その話は後でいいでしょうか」

「なんかあったのか」


 作業の手が止まる。真剣な面持ちになり、ヒートアップしていた口論が中断され、三人の注目が集まった。


 ラヴィーは一瞥して請う。


「一つ、私からお願いしたいことがあります」


 事の次第を打ち明けて、自分の空白も、想いも吐露した。三人は気難しい顔をしながらも、その顛末を心に刻みつけたのだった。


 基地の人間が寝静まり続ける早朝。鳥の囀りもまだ鳴らない基地をラヴィーと彼女の駆る戦車の搭乗員達は誰に真実を話すことなく出立した。


 静寂に紛れようと慎重に歩を進めるが、ガスタービンエンジンの跫音はそんな願いを逆撫でするように喉を鳴らす。異変に気付かれない訳はなく、引き留めようと大声を出した見張り台の兵士の声を振り切るように、カーリングはスロットルを目一杯引いた。


「あらよっと。これであいつらも手出し出来ねぇはずだ」

「色のせいで後が怖いけどな」

「データリンクの測位システムは切ってありますし、この暗闇じゃシルエットくらいしか見えないでしょうから」

「サーチライト照らされた終わりだと思うんですよね姉御」


 相変わらずの場の空気に、多少緊張は和らぐ。ラヴィーはハッチから首と手を覗かせて、小さく顔の前で合わせる。


 形だけでも謝っておこうという生真面目な心意気だったが、ジャックが鼻で笑った。


「悪いことするときってのは度胸と反省しない決意が重要なんだぞラヴィー。覚えておけよ?」

「現実ではかなりいい子ですから。私」

「「「自分で言うかそれ」」」


 謙遜なく、至極当然のように説いた彼女へ三人は呆れた物言いで返した。


 戦車は走り去り、基地から数十キロ地点に存在する両立地帯へと向かっていく。そこはクーデター軍が撤退し、主のいない領地。一面には田畑が広がり、戦車の全形を覆うほどの起伏はないなだらかな地帯だが、舗装道が小高い盛土の上に整備され、そこが唯一と言ったところだ。イメージのままの田舎である。


 そしてここはラヴィーが現実世界で渡した座標の地点であった。


「ここでいいのか? 後続にすぐ追いつかれちまいそうだけど」

「大丈夫です。哨戒中とでも適当に嘘を言っておけば、追ってくる心配もないでしょうから」


 無線も切ってしまい、それを伝える手段はないものの、もし味方がデータリンク上に表示されれば追い返そうと決めていた。


 戦車を田畑の間を走る未舗装路に停車させた。すると退屈からかジャックが口を開く。


「来るのか。ここへ」

「確証はありません。でも、彼女ならきっと来ます」

「根拠は? あいつは明確に敵と言ったんだろう? お前に」


 ラヴィーは痛い所を突かれて歯噛みする。けれど渡っただろうあのメモの場所へ彼女が現れるという根拠はそこにある。


「敵として明示された以上、選択肢なんて端から存在していないと思います。彼女が一兵士を自称しているのなら」


 そう。湯河原 静流、否シュガーショコラは現実世界でもこの世界でも自らを兵士と位置付けている。亡霊に憑りつかれ、その身を無意識に死神へと変えてしまった。


 化けの皮が剥がれた一瞬、あの屋上で起きたあの出来事の数々がほんの少しだけ人間に連れ戻した一瞬であり、本性でもあった。


 虚実の垣根を消した彼女の意識は、亡霊と共にこの戦場に彷徨っている。これからここで起こる戦闘で証明されようともしている。


 ハッチから外を覗くと、生暖かいそよ風が追ってくる。そんな小風を突き飛ばした徹甲弾は、ラヴィーの横顔の袂を通り越して、射た死神の調べが臓腑を揺すった。


「正面に熱源。本当に現れた」

「車種と数は?」

「待てよ。正面に楔型の傾斜装甲。数1、ヒトマルだ」


 数は一人。燃費の悪い主力戦車で哨戒もあり得ない。それに世界最高水準とも言われた国防軍の保有する最新鋭戦車『10式戦車』を担ぎ出してきたとしたならば、


「お出でなさった……死神!」


 迷わずハッチへ潜り、無線の周波数を同調させる。スイッチに触れ、呼びかけようとするが、手間を省くようにその相手がこちらの存在を問う。


「お前は私の敵か?」


 すかさずラヴィーは答える。


「私はシルフ1。あなたを、亡霊たちから連れ戻しに来た……!」


 それから二人は交わす言葉を砲弾へと変えた。まるで兵士の沙我と書き記すように。



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