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第33話

 音速で飛び交うのは黒鉄の槍。その戦場の空間は射撃の陽炎で歪曲し、二人の少女が剣を相まみえる。


「徹甲弾装填! 正面装甲に一撃入れます」

「徹甲弾、ラジャー!」


 閉鎖機に弾薬が挿入される。両者は足を駆り始め、戦車を田畑へと進め、白い戦車の影に正面を向いて突撃する。


 砲口が僅かに上向きに上がり、シュガーショコラが操る10式戦車の正面装甲に狙いを澄ませる。


「いつでも行ける」

「……撃って」


 ラヴィーが静かに呟くと瞬く閃光から砲弾が音を振り切って発射される。呼応して10式が砲弾を放つと、空中で火花が迸る。


 炸薬の入っていない砲弾が炸裂することはない。腹から折れ、摩擦と空気抵抗にその身を抉られ、微塵となってぬかるんだ田んぼに落ちて朽ちる。


 しかし彼女は狙ってやったのか、はたまた偶然か。空中で砲弾に命中させるなんて常軌を逸している。


「何……今の光」

「次来るぞラヴィー!」

「はッ!? 次弾装填!」


 訝るとジャックに警告されて、我に返る。だがその一瞬の隙を彼女が見逃すはずなかった。


 蛇行しながら接近しようと間合いを詰めてくるシュガーショコラ。砲身付け根を捉えた砲が咆える。


「ったくあの小娘!」


 耳鳴りのようなけたたましい轟音に包み込まれる。その直前、カーリングは反射的にハンドルを切り、被弾箇所を捻じ曲げた。


「被害は!?」


 被弾箇所は。心拍数が跳ね上がって見回すも、誰一人として欠けてはいない。


「火器管制は問題ない」

「弾薬庫も無事っす」

「右側の正面装甲に一撃喰らっただけだ。安心しろ」

「カーリング……万一貫通してたら俺とラヴィーが」

「心配すんな。次は意地でも当たらないようにしてやらぁ」


 飄々と語るカーリングの口調。ラヴィーは全身に入り切った力を溜息と一緒に抜いた。一風変わっている様子は、恐らく彼の意識は戦闘に吞み込まれているように映る。


 交錯する弾丸。不協和音で作り上げた協奏曲は鳴り止むことを覚えない。それしか二人は方法を知らない。


 痺れを切らしたのか、ジャックが唆す。無線を繋げた意味を、そして、彼女との対話を。


「ラヴィー、俺達の心配はいい。お前は、お前のやるべきことをやれ」

「……いいんでしょうか」

「後は俺に任せろ。それと、前は何も言えずじまいで悪かったな」


 前とは、多分私が弱ってた頃の話だ。ラヴィーは首を横に振って頷く。


「わかりました。全体の指揮と射撃は任せます。それと、後ろに積んだアレ、使わせてもらますね」

「使い方は?」

「心得てます。手先、器用なので」

「戦車乗りになって、器用貧乏になったろうお前も」

「でも、戦車に惚れてからこそ、ここにいるんです。誰の意思でもなく、自分の意思で」


 これは誰の指図でも強要でもない。全員が一つの意思でそれぞれのトリガーを握る。


 だからラヴィーも、モカも打ち壊そうとしている。


 無線機のスイッチに手を掛けて、彼女はハッチから出ると、走行中の揺れる天板で這いつくばり、取り付けたボックスから対戦車ミサイルのランチャーを担ぐ。


 そして目の前の死神に語り掛けようと口を開く。


「シュガー……ショコラ」

「何の用かしら、ラヴェンタ」

「銃を下ろして」

「そんな戯言をわざわざ言いに戦車まで担いでくるなんて、あなたって暇人なの?」


 嘲笑うようなシュガーショコラの声。けれど苛立ちはしない。だって彼女は。


「私は敵じゃない!」

「ならばなぜ撃ってくるのよ! なぜその引き金を引いたのよ! なぜ私を!」

「……あなたが私を倒した時、凄く悔しかった。だから私は、追い越そうって、今度こそ倒そうって、そう思って無我夢中で銃を取ったのかもしれない」


 素直に認める。彼女を目標に、標的にして這い上がったのは違いない。


「なら敵であり続ける。私から居場所を奪い、虐げるならあなたは」

「亡霊に囚われてるのよ。過去の自分と、亡くなった父親の亡霊に」

「痛みを知らず、平和に心酔していたあなたが何をほざくか! 日和見主義者共が私に差し伸べた手はあるか? 父を使い捨て、私や私の家族をストレスのカンフル剤にした! 私達の敵よ! 銃を向けるのならあなたも!」

「日和見主義者じゃない! 私は……私は!」


 甘い毒が、彼女の心を蝕み続けた結果が、今の有り様だ。ラヴィーはミサイルのシーカーと憐れみの眼差しで直視する。


「あなたが抱える痛みのすべてはわからない。けれど、その痛みの一部を感じることはできる」

「減らず口を!」


 ラヴィーの背後でブローオフパネルが弾け飛ぶ。背中を強烈な熱が襲うも、それはジンジンと痛みのない熱傷になり、ジワジワと背中の戦闘服を食い破っていく。


「ぢぃッ! この、分からず屋!」


 ラヴェンタは怒号とミサイルを放った。背後に受け流した反動が炎を突き抜けて灼熱が感覚から消えていく。


 ミサイルは天高く舞い、10式戦車に肉迫していく。ロックオンした赤外線画像を基に飛翔するも、10式が煙幕を張り迷走してしまう。


「スモーク撃て! 一気に突っ込むぞ!」

「言われなくとも!」

「ラヴィー! おいラヴィー! お前は降りろ! もうお前は邪魔だ!」

「いえまだ!」

「クソっ! カーリング、ラヴィーを振り落としてやれ」

「どうして!?」

「言ったろう。お前にはお前のやるべきことがある。ただ、それだけの為に俺達を動かしたんだろう」

「突撃する皆さんをただ見送るなんて出来ません。私にだって皆さんを連れ出した責任が」

「だったら彼女を連れて帰ってこい。それがお前に与えられた任務だ。わかったらとっとと降りやがれ! おいボギー!」

「そうっすよ姉御! あと、これ!」


 装填手ハッチから天板に置かれた護身用に携行されるカービンライフルと三本の弾倉。背を押され、引くに引けなく口籠るラヴィーはその二つを手に取り、走行中の戦車から飛び降りた。


「ありがとう……ございます!」

「達者でな」

「別れの挨拶はいらねぇカーリング。またどうせ、会える」

「そうだったな。じゃあ行くぞ!」

「スモーク展開。右から回り込むぞ」


 戦車は10式と同じようにスモークを発射して煙幕を焚く。視界を遮る白煙の霧をかき分けるように真っ直ぐ進む水色のエイブラムス。そのパーソナルカラーが青から焔の揺らめくオレンジ色に染まるとき、二つの砲火が白煙で微かな黄色の光を描く。


 刺し違えたシルフ1は三人と共にその息を引き取る。車長を置いて静かに眠った戦士は、一矢報いようとシュガーショコラの弾薬庫を射貫き、戦闘能力の一切を削ぐ。


 シュガーは。ラヴィーは煙幕の中へ歩いていく。重たく痺れる身体を強いて、彼女の元へ。



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