「……さて、何からしていくか」
引き出しに入れたままの【ダーク・ガジェット】を考えて、俺はそう呟いた。
幹部級の……ティアーの持っていたものだ。調べたら何かしら力の秘密が分かるかもしれない。
もしかしたら、それを今後のヒーローに活かせるかもしれないと思って、持ち帰ってきたものだったが……
既に何日か経ったが、俺はまだ引き出しを再度開けてすらいなかった。
「下手に触って、取り返しのつかない事になったらやばいしな……」
まさかとは思うが、本当に洗脳機能があった場合、正義の味方が一人闇堕ちする結果となるのは最悪だ。
それに、“ヒーローの自宅の自室”で起動してみろ。もし【ダーク・ガジェット】の起動反応みたいなものが、ヒーロー本部に気づかれたらあっという間に大問題だ。それはもう色々と。
まあ、流石にそんな探知機の話は聞いた事が無いので、まだ無いとは思いたいが。
そんな便利なものがあるなら、もっと潜伏中のヴィラン供を一斉検挙出来るだろう。
けどまあ、今後作られる可能性や、逆にヴィラン側の組織が持ってる可能性もある為、過信は禁物だろう。
──そして何より、とある大問題がある事に気づいた。
「あの【ダーク・ガジェット】、元々ティアーが持ってたものなんだよな……」
そう、それが大問題だ。
今は待機状態になってるが、元々あの二つはティアーが使っていた【ツイン・ティアーズ】だ。
俺が起動したなら、再度あの形状になるのだろうと思っているが……
例えば、セキュリティ問題。
誰でも扱える、という謳い文句だが、流石に幹部級のものは他人が使えない様ロックされている可能性。
それだけならまだいい。最悪反撃のプログラムを仕組まれていて自爆なんて事になったら笑えない。
例えば、逆探知問題。
先ほど言った探知機が、既にヴィラン側が持っていた場合、自宅の特定まで一直線だ。
少なくとも、この場での起動は得策じゃ無いだろう。
そしてもう一つ。こちらが個人的に本題なのだが……
【ダーク・ガジェット】を起動した瞬間、自動的に変身スーツが装着される可能性がある。
【レッド・ガジェット】でも、変身した際自動的に装着されているから、同様の処理がされる可能性は高い。
という事は……
「俺が起動した瞬間、“ティアーの格好”になっちゃうんだろうか……」
これが俺が躊躇する、大本音であり死活問題だった……
ティアーの、あの大露出を。男の俺が。あの格好を着るかもしれないと。
はは。笑えない。
この問題に気づいた時、それまで持っていた何がなんでもやってやる、という勇気が愕然と下がった覚えがある。やる気が一気に無くなった……
もちろん、もちろん。最悪それでも試す事を考慮してはいるが……出来る限り情報集めて、可能な限り問題ないと判断してからやりたい。
というわけで……
☆★☆
『みんな~!! 【カオス・ワールド】の幹部、“コバルト・ティアー”の“簡単、よく分かるヒーロー対策”の時間がはーじまーるよー!!』
:わー!!
:始まった!
:待ってました。
こういう時こそ、敵の情報網を利用するに限る。
敵の情報網っていうか、配信だけど。
というか、割と最近見ている筈なのに、割と久々に見た様な気分がするな。
『最近ゴタゴタが多かったからねー。ショッピングモールの事件、手伝ってくれた人達本当にありがと〜!!』
:いえいえ〜
:どういたしまして〜
:あの程度問題ないですね〜
:ティアー様最高〜
:あんな単純な爆弾、簡単すぎますよ〜
:ね。構造単純すぎたもんね〜
話題がこの間のショッピングモールの件で一色だった。
そっか、あの時ティアーの指示で爆弾解除してくれていたけど、ここにいたメンバーだったのか。
もしかしたら他にもいたかもしれないけど、あれ自体は大分助かった。
その事自体は感謝を……
:けど、【ジャスティス戦隊】のレッド怖かったよね
:
:何、あの……何? ヒーローらしからぬ、あの態度
:ティアー様の方がよっぽどヒーローっぽい戦いだったんだけど
:あいつ、鬼が仮面被ってるだけじゃねー?
:ヒーロー(悪)
『み、みんな! レッドはレッドよ! むしろ、悪堕ちの傾向があるって事で、喜びましょう! ……多分』
:自信無くなってて草
:ティアー様、アレ本当に仲間にするつもりですかー?
:あれ悪落ちっていうか、本性出ているだけじゃね
:所詮ヒーローなんてけだもの……
:けだものっていうか、悪意の塊じゃね、アレ?
ぶっ飛ばすぞテメエら!!!
……あー、なんかこのノリが懐かしい感じがする。変な話、実家に戻ってきたって感じがしてしまった……
あ、そうだ。今のうちに。
:そういえばティアー様って、【ダーク・ガジェット】複数持ちしてましたよね?
っと、コメントよし。
これで流れを……
『あー、あれ? そうよー、私いくつか幹部級の【ダーク・ガジェット】持ってるから! 一個や二個無くした程度じゃ致命傷にならないの! ……高いから出費は激しいんだけど』
:そうなんですか?
:なんか落ち込んでません、ティアー様?
:どうしました?
『実は……その【ダーク・ガジェット】、ショッピングモールでなくしちゃったのよ!! 動画を見たみんななら分かるかもしれないけど、最初に落とした二丁拳銃! つまりガジェット二個そのまま無くしちゃったの!! 気づいて取りに戻ったときは、もう無くなってたわ!!』
:かわいそう
:可哀想
:かわいそー
:ティアー様残念ー
:ペロペロしたい
:誰だ今の
俺が拾った【ダーク・ガジェット】の事か……
やっぱあの時、貴重品っていうか、【ダーク・ガジェット】探してたんだな。
:誰に回収されたんでしょう?
:ヒーロー連合の後始末部隊じゃね?
:案外、近くにいたレッドなんじゃねーの?
──っ。
ズバリ言い当てられてドキッとした。不味い、今バレるのは……
『どうせ連合の後始末部隊が全部回収したんでしょ。あいつらヒーローたちに直接触っちゃダメって言い聞かせてるから。全く、バイキンかってーの!! 酷くない!?』
:ひでえ
:酷い
:ひでええ!!
……良かった。とりあえず俺の事はうやむやになったな。
ティアーが庇ってくれたのか……いや、アレは本気でそう思い込んでる顔だな。間違いない。
よし、今の内に……
:さっき言っていた、幹部級の【ダーク・ガジェット】って何ですか?
これでよし。はっきりティアーの口から聞こえた、幹部級って言葉。
という事は、【ダーク・ガジェット】には間違いなく幹部とその他で違いがある。
それを聞きたい。
『あ。あー……言ってた? 私?』
:言ってた。
:言ってた
『あー……まあ、別に隠しておくべき内容って訳でもないから、いっか』
それじゃあ、予定を変更して。そう言って……
『せっかくだし、今日は【ダーク・ガジェット】の幹部級とその他の扱いについて説明するわねー!』
:おー!!
:それは知りたい!
:何気によく知らなかったんだよな、俺
よっし!! 俺はぐっとガッツポーズした。
いい流れだ! このまま【ダーク・ガジェット】について、もっと情報を教えてくれ!
『それじゃあ、教えるわねー。幹部級の【ダーク・ガジェット】と、その他の大きな違い。それは……』
:ドキドキ……
:ワクワク……
:ゴクリ……
……ごくっ
「“課金コンテンツ”かそうでないか。以上」
:は?
:は?
:は?
……は?
『さて、それじゃあ次はいつもの質問コーナー! リスナーの質問に、ジャンジャン答えていくわよー』
:待って待って待って
:何も答えられてない! 何も答えられてないよ!?
:何、課金コンテンツって!? そんなの知らないよ!?
:なんだそのソシャゲ仕様!?
いや本当になんだよ!? さっきの答え、本気で意味分かんねーぞ!?
俺は急いでコメントを入力した。
:もっとちゃんと教えてください!
『えー!? だってこれが最適な説明なんだもの!! 大した違いなんて本当にないもの!!』
:嘘ですよね!? 俺の【ダーク・ガジェット】大剣なんですけど!
:私も、【ダーク・ガジェット】が拳銃に変形するんですけど!
:俺はボーガンになるぜ!!
:ほら、部下だけでもこんなにバリエーション豊かなんですから、もっと大きな違いとかあるでしょう!?
──っ!!
俺はそのコメントを見て気づく。そういえば、【カオス・ワールド】の奴ら、思ったより武器の形状が統一されていなかった。
アレが全部【ダーク・ガジェット】の変形後の形だとすれば、確かにバリエーション豊か過ぎる。
もっと根本的なことから知らないと……
:そもそも、【ダーク・ガジェット】って何ですか?
『えー、それ聞いちゃう? しょーがないなー、じゃあ細かいところは抜きにして、大雑把でいいなら簡単に説明するね』
コホン、と画面の奥のティアーが息を整える。
『そもそも【ダーク・ガジェット】って、十数年前に爆発的に流行ったって事は、ここにいるみんなは知ってるよね?』
:はい。
:もちろん。
:ティアー様に教えてもらいましたから。
『よしよし。【ダーク・ガジェット】は、ヒーローしか使えない【ライト・ガジェット】に対して、誰でも扱える武器という謳い文句で流行ったものなんだけど……』
『……実を言うと、“誰でも平等に不平等”なのが【ダーク・ガジェット】って言ってもいいの』
:っは!?
:どう言う事ですか!?
:コンセプトが崩壊してますよ!?
ティアーの言葉に、コメント欄が荒れ始める。
そりゃあそうだろう。ヒーローしか扱えない武器が誰でも使える。この誰でも、と言う部分の平等が否定されたら、そりゃあ何か言いたくもある。
『既に【ダーク・ガジェット】を使ってる人達は分かってるかもしれないけど……“変形後の武器が、同じ形状の事が殆ど無い”。これはさっきコメントでも指摘してくれたわね?』
:まあ。
:はい。
:そうですね。
『【ダーク・ガジェット】の起動後の形状変化……それは、人によってバラバラになっている。これが不平等の意味』
『──なぜなら、変形後の武器の形状は、その人の“心”によって変わるから』
──は?
心、だと?
:どう言う意味ですか、ティアー様?
『つまりね、【ダーク・ガジェット】って、“使い手の心を反映して形状変化する武器”って以上の機能は基本無いのよ。これが平等の部分』
:へー
:へー!
:へえー!!
:だから同じ武器にはなかなかならないんですね。
『そうそう。だから【ダーク・ガジェット】って、使い手によって武器の形が違う。けれど、誰でもなんらかの力は手に入れる事が出来る。だから平等に不平等な武器なのよ』
その言葉に、俺は納得がいった。
だからみんな雑多な武器を持っていたのか……
あれ、と言う事は……
:と言う事は、ティアー様の【ツイン・ティアーズ】。アレを使う事は、他の人が出来ないって事ですか?
『まあ、そうね。私と全く同じ心って訳でも無い限り、それは不可能ね』
:そんな〜!!
:いつか使ってみたかったのにー!!
:ティアー様のコスプレやってみたかったー!?
そんな嘆きの声が上がる。
まあ、多少気持ちは分かる。ヒーローと同じ力を使えると思って手に入れたのに、特定の憧れの真似が出来ないと言うのはショックだろう。
……ある意味、これも才能の一種なのかもな。
平等を謳いながらも、結局はヒーローに選ばれる資質と同じように、不平等の側面。
それがヴィラン側にも結局あっただけ……
『とまあ、そんな声が上がるだろうと思って……』
:?
そんなことを言いながら、ゴソゴソと背後で何かを探るティアー。
段ボール箱? 一体何が……
『はい! 【ツイン・ティアーズ】のレプリカ武器!! このように、“特定の誰か”の使っている形状の【ダーク・ガジェット】を、希望者全員に受注いたしまーす!!』
:うおおおおおおおおおおおっ!?
:うおおおおおおおおおおおおおおおっ!?
:うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?
『待機状態は出来ないし、最大出力は出せないけど、それなりの能力は保証しまーす! みんなも憧れのあの人、真似しちゃおうね☆』
:ティアー様ぁああああ!!
:やっぱり信じて良かった!!
:【カオス・ワールド】最っ高おおおおおおお!!!
一瞬で不満を塗り替えやがった。
やっぱりティアー、こう言うところで部下の要望答えて来てたんだな。だからこその、カリスマか……
『お値段なんと、79800円!! みんな、買ってねー!!』
:いや、たけえええ!?
:高く無いですか、ティアー様!?
:【ダーク・ガジェット】でも59800円ですよね!?
『仕方ないでしょー!? こう言うサブカルコンテンツでお金稼がないと、予備の武器作れないの!! と言うか、部下になった人達は無料支給してるんだから、文句言うなー!!』
:確かに。
:それは確かに。
:武器支給、いつもありがとうございます!!
:この間壊れたの無料交換してくれてありがとうございます!!
いや、やっすうううううううう!?
え、【ダーク・ガジェット】たったの59800円!?
人外の力手に入る武器が、その程度の値段!? ちょっと高めの据え置きゲーム機レベルじゃねーか!?
そりゃあ爆発的に流行るだろうがよおおおおお?!!
:あれ? この間、外部の組織には20万越えで売ってるって言ってたような……
『……身内値段とは違うのよ』
サラッとそんなことをのたまった。
そりゃあ、【カオス・ワールド】以外の組織に簡単に力配布しないよな……
ティアー、割と細かいところでしっかりしてると言うか、目ざといと言うか……
『とまあ、ここまでが簡単な一般的【ダーク・ガジェット】の説明よ。理解してくれたかしら?』
:了解です。
:納得。
:レプリカ【ツイン・ティアーズ】買いたーい!!
『ありがとうー! それはそれとして、本題の幹部級との違いね。……ぶっちゃけ、性能自体は変わらないのよねー。“使い手の心を反映して形状変化する武器”って所は変わらず、出力性能も変わらないし』
:そうなの?
:ティアー様もほとんど同じなんだ?
:じゃあ違いって何?
『自動変身スーツの内蔵と、機材自体の頑丈さアップ。【カオス・ワールド】所属のみんな、各自で共通スーツ着てもらってるでしょ? 武器とは別に。アレの自動装着機能』
:なるほどー!!
:ティアー様の衣装を内蔵しているんですね!!!
:確かにほとんど違いがなーい!!
なるほど、【ダーク・ガジェット】には自動変身スーツが普通は内蔵されていないのか。
【ライト・ガジェット】にはその機能があったからてっきり同じかと……
と言う事は……俺は本題をコメントした。
:じゃあティアー様の【ダーク・ガジェット】を、別の人が起動したらティアー様と同じ格好になるって事ですか?
:っ!? そうじゃん!!
:え!? ティアー様のあの格好を!?
:コスプレ衣装いらずジャーン!!
『ああ、違う違う。“自動”変身スーツって言ったでしょ? “その人にあった衣装に自動的に変わってくれるのです”。ふふん、課金コンテンツだもの、それくらいの技術は入ってるわよ』
:すげー!?
:何それすっごい技術!?
:武器と同じで、オリジナル衣装になるって事ですか!?
「よっしゃあッ!!!」
俺は全身全霊でガッツポーズをした。これで最大の懸念事項が一つなくなった!!
『って、あ~。そろそろ時間だ。それじゃあ、今日はこの辺で。じゃ~ね~!』
:じゃーねー
:じゃーねー
:じゃーねえええええ!!
:じゃーねー!!
俺はスッキリした気持ちで、そんなコメントを残して画面を消した。
いやー、本当に良かったー。変身スーツティアーと同じようにならなさそうで。
……じゃあ、俺が起動したらどんな格好になるんだ?
そんな疑問が新たに浮かんでいた……
☆★☆
「レッド、どうしたのー? なんか嬉しそうじゃ無い?」
「え、分かるかー? いやー、最近最大の懸念事項が一つなくなったおかげで気持ちが楽になってさー」
「ふーん、懸念事項? 一体何があったの?」
「内緒ー」
「うっわー、腹立つー」
俺はブルーと一緒に本部を歩きながら、そんな会話をしていた。
ふふん、何を言われても今の俺は気にしないぜ!
「あ、レッドー。ちょっといいかい?」
「あれ、どうしたんですか長官?」
通路を歩いていると、背後から空本神矢そらもとかみや長官から声を掛けられた。
一体どうしたんだろう。
「実はレッドー。君、と言うか【ジャスティス戦隊】に苦情が入っちゃっててねー」
「私ブルーなんだけど。って、苦情? 何よそれ、この間のショッピングモールの件?」
「アレについては、既に総合的に見てお咎め無しって通達が来たと思うんですが……」
「いやー、そっちじゃなくて、【クロス戦隊】ってところから」
「「はあ?」」
【クロス戦隊】って……あー、そういえば以前、ティアーが紹介した戦隊だ。
確か、合体技が有名だった戦隊で……
「一体なんの苦情で? 俺たちなんかやりましたっけ?」
「確か、“著作権侵害”とか何かで……」
「はあ? “著作権侵害”? 何よ、ダサいヒーロースーツのパクリとか? そんなの他の部隊も似たようなものだから、そんなので苦情出されちゃ……」
「なんでも、“合体技”と言う最大の特徴を真似っこされたって言ってたよー」
「「…………」」
俺とブルーは、そっと目を逸らすしかなかった。
★
23歳
175cm
黒髪
中立・善
男
主人公
【ジャスティス戦隊】のレッド。
今回ガチで安心した模様。
女装趣味は一切無い。
★
22歳
168cm
青髪
混沌・善
女
【ジャスティス戦隊】のブルー。
兼、【カオス・ワールド】の幹部、“コバルト・ティアー”。
自前の武器のレプリカを販売するなど、ちゃっかりしている女。
金にうるさい訳では無いが、組織が稼げる時はしっかり稼ぐ模様。
★
28歳
167cm
くすんだ金髪
秩序・善
女
【ジャスティス戦隊】の長官。
白衣でぼさぼさ髪をしている。
ダサいヒーロースーツを設定した張本人。
ぶっちゃけ苦情などどうでもいいと思ってる。
★クロス戦隊
合体技が特徴な戦隊。
最近【ジャスティス戦隊】をヒーロー戦隊ランキングで上回ったらしい。
合体技のパクリに激おこ中。