「ね、ねえ、足立さん、浅井君、今ちょっといいかな?」
「「え?」」
とある休み時間。
クラスメイトの
古賀さんは三つ編みに前髪ぱっつん、丸メガネで図書委員という、どこに出しても恥ずかしくない、ド真ん中の文学少女だ。
そんな古賀さんが僕らに何の用だろう?
「いいよー。どうかしたの、古賀さん?」
「う、うん、その……、噂で聞いたんだけど、篠崎さんと田島君が付き合い始めたのは、二人がキューピット役になったからだってのは、本当?」
「「え?」」
そんな噂が広まってるの!?
どちらかというと、僕とまーちゃんのキューピット役を勇斗と篠崎さんがやってくれたと言ったほうが正確な気がするけど……。
僕はそっと後ろの席の勇斗と篠崎さんを覗き見た。
――二人はあやとりで遊んでいた。
の〇太君とし〇かちゃんかよ!?
……いや、今はこのバカップルのことはとりあえずはいい(特大ブーメラン)。
問題は何故古賀さんがそんなことを聞いてきたかだ。
「うん、そうだよー。まったく、この二人には世話が焼けたよ」
まーちゃん!?
また君はそうやっていけしゃあしゃあと!
「あ、やっぱりそうだったんだね! ……あの、実は折り入って、二人に相談に乗ってもらいたいことがあるんだけど……」
「「相談?」」
……何だろう。
凄く嫌な予感がする。
「実は私ね……、す、好きな人が、いるの」
「「!!」」
そして迎えた昼休み。
僕達三人は、裏庭の人気の少ないベンチに腰掛けていた。
ここなら秘密の相談事をするのにうってつけだ。
……それにしても、何となく予想はしてたけど、マジで恋愛相談だったのか。
正直僕はまーちゃん以外の女の子と付き合ったことはないし、その手の話には疎いから、荷が重いんだけど……。
――が、
「おおおお!!! いいじゃんいいじゃん古賀さん! 青春してるじゃんッ!! で!? でッ!? お相手はどんな人なの!?」
「まーちゃん!?」
まーちゃんは俄然目を爛々とさせてこの話に喰いついたのであった。
う、ううん……。
嫌な予感が的中してしまった……。
こういう人の色恋沙汰には、下手な覚悟で関わるとろくなことがないって、マハトマ・ガンジーも言ってたよ?(言ってない)
「うん、それがね……、三年の、
「「っ!!」」
さ、三年の、皆川尊氏先輩!?
――皆川先輩といえば、我が校でもトップクラスの有名人だ。
何故なら、皆川先輩は若くして小説家としての優れた才覚を発揮し、つい先日『
高校卒業と同時に、プロの小説家としてデビューするという噂もある。
しかも容姿も高身長のイケメンときている。
古賀さんでなくとも、恋心を抱くのは至極当然のことだろう。
「そっかー、皆川先輩も文芸部だもんね!」
「う、うん、そうなの」
古賀さんは顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
あ、そっか、古賀さんは文芸部なんだっけ。
なるほどね。
年頃の女の子が毎日同じ空間でそんな人と過ごしてたら、そりゃ好きになっちゃうよね。
「……でもね、多分皆川先輩は、私のこと……嫌いだと思うの」
「「え」」
……おおう。
『好きじゃない』ならまだしも、『嫌い』とは穏やかじゃないな。
何かよっぽどの理由でもあるのかな?
「なんで古賀さんは嫌われてると思うの?」
っ!
こういう聞きづらいこともドストレートに聞けてしまうところが、まーちゃんの長所であり、また同時に短所でもあるよな……。
「……うん、だってね、皆川先輩は部員の中で、私にだけいつも厳しいの……」
「ほうほう、というと?」
「……うちの部活では週に一回、新作の短編小説を書いて、それを皆川先輩に批評してもらうのが恒例になってるんだけど、他の人には優しい評価を下す先輩が――いつも私にだけはオモックソダメ出ししてくるのッ!!」
「「!」」
こ、古賀さん!?
「……あっ、ご、ごめんなさい。汚い言葉を使ってしまって……」
「あ、ううん、いいよいいよ。そっかー、それは大変だねえ」
……ふむ。
確かにそれは嫌われてると思っちゃっても無理はないかもしんないけど、それだけ期待されてるって可能性もあるんじゃないかな?
「だからもう、私どうしたらいいかわかんなくて……」
「古賀さん……」
古賀さんはスカートの裾をギュッと握り締めながら目を伏せた。
うぅ、やっぱ僕にはこの手の相談は役不足(誤用)だよ。
こんな時なんて声を掛けてあげたらいいか……。
「でも、だからって嫌われてると判断するのは早計じゃない? 皆川先輩だって、内心では古賀さんのこと応援してるのかもしんないよ?」
まーちゃん。
僕も似たようなことは考えてたけど、これをサラッと言えちゃうところは、紛れもなくまーちゃんの長所だな。
羨ましい。
「応援かあ……。あっ! でもね! 一応こんな私の書いた小説にも、ファンだって言ってくれる人はいるんだよ!」
「「え」」
今さっきまでゾンビみたいな顔をしていた古賀さんは、一瞬で後ろに『パアッ』って書き文字が見えるくらい、眩しい笑顔になった。
切り替え早いなこの子!?
……何気にメンタル強いのでは?
「私ね、文芸部で書いた小説を、『まっしょい』にもアップしてるんだけど」
「あ、そうなんだ」
『まっしょい』というのは、『小説家になりまっしょい』という小説投稿サイトの略で、誰でも無料で小説を投稿できる、日本でも有数の小説投稿サイトだ。
「そこには私が『あしながおにいさん』って呼んでる、いつも私の小説に感想をくれて、私を励ましてくれてる人がいるの!」
「「あしながおにいさん?」」
語呂は悪いね!?
あしながおじさんをもじったのかな?
「見て見て、これ!」
古賀さんは嬉々としてスマホを操作し、その画面を僕とまーちゃんに見せてくれた。
そこにはまっしょいの感想欄らしき画面が映っており、こう書かれていた。
『投稿者:あしなが
今回のお話も最高に面白かったですッ!(≧▽≦)
特に主人公の女の子の心理描写がとってもリアルで、男の私でもキュンキュンしちゃいました(*´ω`*)
先日活動報告で、部活の先輩から毎日ダメ出しされて辛いって仰ってましたが、そんな先輩の言うことなんて気にすることないと思います!(。-`ω-)
自分を信じて、これからも突き進んでください!(*^-^*)
今後も応援してますッ!(^o^)/』
ははあ。
ユーザーネームが『あしなが』だから、『あしながおにいさん』なのか。
確かにこれはあしながおじさんって感じだな。
もしくは紫のバラの人?
僕は小説を書いたことがないからイマイチ実感は湧かないけど、きっと自分が書いた小説にこんな感想が貰えたら、飛び跳ねるくらい嬉しいんだろうな。
「……ふむ」
「? まーちゃん?」
が、まーちゃんはスマホの画面をジッと見つめながら、顎に手を当てて何か考え込んでいる。
どうしたの?
「ねえ、古賀さん」
「え? な、何、足立さん?」
「今日の放課後、私とともくんの二人で、文芸部にお邪魔してもいいかな?」
「「え!?」」
まーちゃん!?
「む? ……古賀、誰だその二人は」
「はっじめましてー。古賀さんのクラスメイトの足立っていいまーす」
「お、同じくクラスメイトの、浅井といいます。きょ、今日は文芸部の活動を、是非見学させていただきたいなと思いまして……」
「見学……」
そして迎えた放課後。
何故文芸部に行くのか一切まーちゃんは説明してくれないまま、「とりあえず見学に来たって言えばいいから」とゴリ押しされて(ついでにおっぷぁいもゴリゴリ押し付けられた……)、僕とまーちゃんは文芸部の部室に古賀さんと訪れた。
幸い部室にはまだ皆川先輩以外の部員は誰もいなかった(そもそも部員も少ないって古賀さんが言ってたし、幽霊部員も多いらしい)。
皆川先輩は一人で椅子に座って本を読んでいたけど、僕達のことを見るなり、本を机の上に置いて露骨に怪訝な表情をした。
……うん、まあ、そりゃそうなりますよね。
急にまったく面識のない後輩が来て、「見学させろ」なんて言ってきたら。
それにしても、皆川先輩と面と向かったのは初めてだけど、確かに先輩は少女漫画に出てくる男性キャラ並みにイケメンだった。
清潔感のある短髪に、キリッとした利発そうな眉毛。
フチなしメガネの奥で光る、意思が強そうな瞳。
そしてシャープに整った鼻筋。
まつ毛も女性並みに長い。
この上小説家としての才能まであるってんだから、そりゃモテるわな。
古賀さんも大変だな……。
こんなまっしょい小説の主人公みたいなチートキャラを好きになっちゃったとは。
「……まあ、見学くらい構わんが、俺達の邪魔だけはしないでくれよ」
「はーい」
「は、はい! ありがとうございます!」
ふう。
何とか追い出されずには済んだか。
僕とまーちゃんは、適当に手近な椅子に腰を下ろした。
「で? 古賀、今日は新作の提出日だったよな? 原稿は持ってきたのか」
「あ、はい! も、持ってききききききました!」
古賀さん落ち着いてッ!
売れないDJのスクラッチみたいになってるよ!
古賀さんはアタフタとカバンの中から紙の束を取り出すと、それを皆川先輩に震えながら手渡した。
「……フン、どれどれ」
先輩はメガネを中指でクイと持ち上げると、無言でそれを読み始めた。
その表情は真剣そのもので、やはりプロになる人は小説への向き合い方が僕達凡人とは違うのだろうなと、そんなことを思ったのでした(小並感)。
どれだけそうしていただろうか。
誰も一言も言葉を発しない重苦しい空気の中、遂に最後まで読み終えたらしい先輩が、フウと短く息を吐いた。
ど、どうだったんだ……?
古賀さんは、裁判で判決を下されるのを待つ被告人みたいな表情で、ジッと先輩を見つめている。
別に悪いことをしたわけじゃないんだから、そんなに緊張しなくてもいいのでは? と、僕なんかは思うんだけど、批評される側からしたらそうも言ってられないのかな?
「……0点だ」
「「「ッ!!」」」
が、無残にも古賀さんに下された判決は、あろうことか死刑だった。
ノオオオオオオオオオオオオオオウ!!!!
そりゃないぜボブ!(ボブ?)
「そ、そんな……」
古賀さんは漫画だったら目の上に縦線が入ってるだろうってくらい、絶望に打ちひしがれた顔をしている。
う、うん……無理もないよね。
よりにもよって自分が恋してる人から、そんなこと言われちゃ。
「いつも言っているだろうが。お前の小説には説明口調が多過ぎるんだよ。何だこの主人公の、『あー、昨日は先輩のこと考えてたら、いつの間にか深夜2時を回っちゃってたよ。今日は先輩と二人っきりでの勉強会なんだから、気合入れて頑張るぞ!』って台詞は? こいつは思ってることを全部口に出さないと死んでしまう病気なのか? だとしたらちゃんと作中で病気の説明も入れるべきだ」
「そ、それは……!? ……いえ、別に主人公は病気ではありません」
ああ、確かにたまにそういう小説見るね。
でも、不自然にならないように読者に状況を説明するのって難しくない?
プロはみんなその難しい作業をやってのけてるんだから、やっぱプロって凄いね(小並感)。
「あと相変わらず誤字が多い。誤字が多いということは、お前が文章と真剣に向き合っていないことの証左でもあるんだぞ? 恥ずかしくないのか?」
「す……すいません」
うーん、誤字ねえ。
正直、第三者に校正してもらったわけでもないんだから、ある程度は仕方ないと僕なんかは思うけどな。
「特にここが酷い。多分ここは本来なら、『この気持ちはきっと、恋なんだろうなと、私は思った』としたかったんだろうが、『この気持ちはきっと、故意なんだろうなと、私は思った』になってるじゃないか! 故意だったのか!? 過失じゃなかったのか!? ラブコメかと思って読んでいたら、途端にミステリーの様相を呈してきたじゃないか!」
「ああ!」
確かにそれはマズいね古賀さん!
そもそも『こい』の予測変換で、『恋』より上に『故意』がきてるって、普段どんな文章書いてるの!?
「比喩もいつもながら滅茶苦茶だ。何だこの、『それはまるで、南十字星を眺めながら鍋焼きうどんを食べた、コマンドサンボの達人みたいな表情だった』ってのは? どんな顔だ!? 試しに今ちょっとここで、南十字星を眺めながら鍋焼きうどんを食べたコマンドサンボの達人みたいな顔をしてみてくれないか!」
「う、うぅ……」
狙い過ぎちゃったのかな!?
上手いこと言おうとして、ちょっと空回っちゃったのかな!?
「……す、すいませんでした。……私今日はもう帰りますッ!」
「む!? オ、オイ! 古賀ッ!」
古賀さん!?
古賀さんは目元を必死に隠しながら、カバンを乱雑に掴むと部室から出て行ってしまった。
ああ! ど、どうしよう!
「……皆川先輩」
「む?」
まーちゃん!?
その時、珍しく何も茶々を入れずに事の成り行きを見守っていたまーちゃんが、おもむろに口を開いた。
何を言うつもりなの!?
これ以上場をややこしくするのだけはやめてね!?
「素直じゃないですね、先輩は」
「何だと!?」
まーちゃんッ!?!?
言ってる側から君は!
……でも、先輩が素直じゃないってのは、どういうことだ?
「もっと自分の気持ちに正直になったらいいじゃないですか。ねえ――『あしながおにいさん』」
「「っ!!!」」
えーーー!?!?!?
あ、あしながおにいさん!?
皆川先輩が!?
「な、何を急に……」
まーちゃんからあしながおにいさんと呼ばれた先輩は、露骨に狼狽した素振りを見せた。
ま、まさか本当に先輩が!?
「大方厳しいことを言っても、後で感想欄でフォローすればいいだろうとでも思ってるんでしょ? ――でもそれじゃダメなんですよ。女の子っていうのは、直接優しくされたい生き物なんです。小説で新人賞を獲ってる割には、そんなこともわからないんですか?」
「ぐっ……」
辛辣ゥ!
……でも何故だろう?
まーちゃんから罵られている先輩のことを、ちょっとだけ羨ましいと思ってしまってる自分がいるのは?
い、いやいや、違う違う!
僕は断じて、ドMじゃないからッ!(必死)
「今ならまだ間に合います。今すぐ古賀さんのことを追いかけてください」
「なっ」
まーちゃんは皆川先輩の眼を見据えたまま、古賀さんが走っていった方向をビシッと指差した。
「ここで男を見せなかったら一生後悔することになりますよ。――さあ、ハリアップ!」
何故英語?
「……う、うおおおおおおおおお!! 古賀ああああああああああ!!!!」
っ!?
先輩は突如雄叫びを上げると、物凄い勢いで部室から飛び出していった。
……えぇ。
もしかして、ああ見えて意外と熱い男なのかな、先輩は?
「やれやれ、これで多分大丈夫でしょ」
「……なんでまーちゃんは皆川先輩があしながおにいさんだって気付いたの?」
「先輩の下の名前だよ」
「下の名前?」
下の名前って、『
「尊氏って、武将の
「足利尊氏? ああ、確かに」
最近アニメにも出てたしね。
それで?
「だから足利をもじって、『あしなが』ってユーザーネームにしたんだよ、きっと」
「あ!」
そういうことか!
「……でもそんなの、よくあんな一瞬でわかったね?」
「んふふふー、まあ、一番の理由は、『女の勘』ってやつですよ」
「……女の勘、ね」
そりゃ敵わないな。
どんな名探偵でも並ぶことさえできないだろう。
だって理屈も何もすっ飛ばして、いきなり答えだけをもぎ取っていっちゃうんだから。
板垣退助も、女の勘は何よりのチートスキルだって言ってたしな(言ってない)。
そして先輩もわざわざそんな回りくどいことをしてまで古賀さんのことをフォローしてたってことは、きっと先輩も古賀さんのことを憎からず思ってたってことなんだろう。
……やれやれ、まったく世話の焼ける二人だ(今回僕は何もしてないけど)。
「昨日はありがとね、足立さん、浅井君! お陰で先輩と、晴れてお付き合いすることになりました!」
「おおー、おめでとう、古賀さん!」
「それはおめでとう」
そして迎えた翌日。
古賀さんは、南十字星を眺めながら鍋焼きうどんを食べたコマンドサンボの達人みたいな表情で、僕達に報告にきてくれた(これで使い方合ってるかな?)。
あの後二人にどんな遣り取りがあったのかは僕にはわからないけど、まあそれを聞くのは野暮ってもんだろう。
ただ、あの皆川先輩が、いったいどんな風に古賀さんに告白したのかは、ちょっとだけ興味があるけどね。
「そ、それでね、今度は足立さんにだけ聞いてほしい相談があるんだけど……」
「「え?」」
まーちゃんにだけ?
「うん、いいよ、何何?」
「え、えっとね」
古賀さんはそっとまーちゃんに耳打ちをした。
……いったい何を話してるんだろう?
「ああー、それはね、先ず家族が誰もいない時を見計らって、先輩を家に呼ぶでしょ」
「うんうん、それで!?」
……何となく何の話をしてるのかわかったけど、やっぱり僕が聞くべきことじゃなさそうだな。
僕はそっと後ろの席の勇斗と篠崎さんを覗き見た。
――二人はお互いの鼻をくっつける真似事をしていた。
ミ〇キーとミ〇ーかよ!?