「あ、私家庭科室に忘れ物してきちゃった。みんな先に教室戻ってて」
「あ、うん」
家庭科の授業の後、四人で教室に戻るため廊下を歩いていると、まーちゃんが不意にそんなことを言って足早に戻っていった。
まーちゃんも意外とおっちょこちょいなとこあるよね。
「じゃ、俺達は先行くか」
「うん」
「そうだね」
僕達は三人で歩き出した。
――が、
「まったく、足立も意外とおっちょこちょいなとこあるよなっしゃおおおわあああッ!!!?」
「「っ!!?」」
何故か廊下に落ちていたバナナの皮を踏んづけてしまった勇斗が、僕のほうに倒れこんできた。
誰だこんなとこにバナナの皮を捨てたのは!?
い、いや、それよりも勇斗がこっちに!?
危ないッ――!!
「――うっおー。悪い智哉、怪我なかったか?」
「あ、うん……。大丈夫だよ」
偶然僕は壁寄りを歩いていたので、勇斗は僕の頬を掠めるように壁に手を突いて、ギリギリ僕にはぶつからずに済んだ。
だが、勇斗の顔が僕の顔の目前まで迫ってしまったので、所謂壁ドンみたいな構図になってしまった。
――男同士なのに。
でも、勇斗の顔、久しぶりにこんなマジマジと見たけど、意外とまつ毛長かったんだな。
それに鼻筋もスッと通ってるし、やっぱ僕と違ってイケメンだよな、勇斗は。
……ん?
その時だった。
僕のすぐ側から、火傷しそうになるほどの熱視線を感じた。
だが、今この場にいる人間は、他に一人しかいない……。
恐る恐るそちらの方向を横目で窺うと、そこには口元を両手で抑えながら、恍惚とした表情で僕と勇斗を見つめている篠崎さんが立っており、「
何故そんな古風な言い方を!?
し、篠崎さん……。
君はまさか……!?
「ん? 美穂、どうしたんだ? 何か顔赤いぞ?」
「えっ!? そ、そうかな!? べ、別に何でもないよ! ありがとうございますッ! 気にしないで!」
「あ、そうか……?」
今どさくさに紛れてお礼言わなかった!?
やっぱり君はッ!
「あの、篠崎さん、もしかしでどわっしゃあああいッ!!!?」
「智哉!?」
「浅井君!?」
今度は僕が先程のとは別のバナナの皮で思いきり滑って、宙に浮いてしまった。
何でここ、こんなにバナナの皮が敷き詰められてるの!?
マ〇オカートかよッ!
くっ!
このままじゃ後頭部から床に激突してしまうッ!
「智哉ッ!」
「「っ!!」」
が、そこは普段バスケ部で反射神経を鍛えている勇斗。
咄嗟に両腕を僕の背中に回して、僕を抱きとめてくれた。
――所謂お姫様抱っこってやつだ。
「あ、ありがとう、勇斗」
「いや、構わねーよ、これくらい」
でも、これももしかしたら篠崎さんには……。
僕は話題のホラー映画でも見るみたいな面持ちで、ゆっくりと篠崎さんの様子を窺った。
すると篠崎さんは、またさっきみたいに口元を抑えて、瞳をキラッキラさせながら、こう言った――。
「推しカプ~」
っ!!!!!
はいアウトッ!!
推しカプはギルティだよ篠崎さんッ!
アーイタタタタタタタタタァ……。
まさか篠崎さんが腐ってらしたとは……。
てか、君は自分の彼氏と、親友の彼氏を推しカプにしてるのかい!?
見かけによらず、何て業が深い子なんだッ!!
……でも、自分の彼女が腐ってるって、彼氏である勇斗的にはどうなんだろう?
ま、まあ、勇斗なら腐ってる方に対しても、偏見とかはないとは思うけど……。
「推しカプ? 美穂、何だ推しカプって?」
っ!?
「えっ!? い、いえ、ななななな何でもないの勇斗くん! いつもありがとうッ! 気にしないで!」
「お、そうか……?」
いつも感謝されてたッ!!!
篠崎さんは内心いつも僕と勇斗に感謝してたんだッ!!!
……それよりも勇斗だ。
すっかり失念してたけど、勇斗はオタク文化には疎いから、腐女子だのBLだのといったものの存在はよく知らないんだった。
これは不幸中の幸い……、なのかな?
いつかはバレることだとは思うんだけど……。
「フッ、これはこれは、なかなか面白いことになってるじゃないか」
「コーチ!?」
「「!」」
するとそこに、事態をややこしくするとこに定評のある、変態公務員が颯爽と現れたのだった。
超ヤな予感がするッ!
できればお引き取り願いたいッ!
「何某かの化学反応が起きるやもと期待して、バナナの皮を設置しておいたのだが。どうやら結果は上々のようだな」
「コーチッ!!」
「「!!?」」
犯人は貴様だったのかッ!?
むしろ既に事態をややこしくされた後だった!!
ジーザス!
早く懲戒免職になれ!
「コーチ、本当にありがとうございました! 一生ついていきますッ!」
「フッ、私も弟子の意外な一面が見れて楽しかったぞ」
「なあ智哉、あの二人はさっきから何を言ってんだ?」
「……勇斗は知る必要はないよ」
むしろそろそろお姫様抱っこから下ろしてくれないかな?
「お、悪い悪い」
僕からの無言の訴えが届いたのか、勇斗は優しく僕を床に下ろしてくれた。
そんな勇斗のスパダリ感が琴線に触れたのか、またしても篠崎さんは全身から
君って子は……。
「まったく、勘弁してくださいよ梅先生」
僕はバナナの皮を避けて歩き出そうとした。
――が、
「フッ、まあそう言うな智哉。――モグモグモグ。――トウッ!」
「「「っ!?」」」
にわかに梅先生はおっぷぁいの谷間からバナナを取り出し、それを一瞬で食べ尽くすと、その皮を正確無比なコントロールで僕の足元に投げ捨ててきた。
ぬあっ!?
そしてその皮を踏んでしまった僕は、またしても滑って豪快に宙に浮いてしまった。
なんて日だ!!!(キングオブコ〇ト2012)
「智哉ッ!!」
「「「っ!」」」
が、またしてもそこはスパダリ勇斗。
今度は後ろから僕を抱きとめてくれ、所謂あすなろ抱きの構図になってしまった。
ついこの間も見たこれッ!
しかも今度は、自分がされる側になるとは……。
……勇斗の腕、逞しい……(えっ)。
「エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!」
「「「っ!??」」」
そしてそんな僕達を直視してしまった篠崎さんは、謎のワードを叫びながら卒倒してしまった。
篠崎さん……。
「フッ、どうやら篠崎には刺激が強すぎたみたいだな」
そんな気を失った篠崎さんを、梅先生が後ろから支えた。
「い、いったいどうしちまったんだ今日の美穂は……? どっか病気なんじゃ……」
「……」
まあ、病気っちゃ病気だけど……。
しかも不治の病。
こうなったらお前が生涯の伴侶として、死ぬまで看病してあげるんだぞ、勇斗。
「あれ? どういう状況なの、これ?」
「っ!」
その時、タイミング悪くまーちゃんが合流してしまった。
自分の親友は卒倒して変態に抱き支えられてるし、自分の彼氏は親友の彼氏にあすなろ抱きされてるし、床はバナナの皮まみれだしで、確かにわけわかめだよね、これ……。
「――ああ~、なるほど、なるほど。大方峰岸先生がいたずらで仕掛けたバナナの皮でともくんが滑って、それを田島君が抱きとめたのを美穂が見て、エクフラして倒れちゃったってとこかな」
「エスパーかな!?」
それも女の勘ってやつなの!?!?
だとしたらそれはもう無敵だよッ!
どこぞの合法ショタ探偵も裸足だよ!
あとエクフラって、エクストリームヘヴンフラッシュの略!?
もしかしてまーちゃんの前だけでは、篠崎さんってしょっちゅうエクフラしてたのかな……。
「まったく、美穂はゆう×ともには目がないからねー。ま、私はどっちかというと、とも×ゆうなんだけど」
「まーちゃん!?」
もしかして君も、イケるクチなのかい!?
「それは聞き捨てならないよおおおお茉央ちゃあああああんッ!!!!」
「「「「っ!!」」」」
その瞬間、篠崎さんが意識を取り戻し、鬼の形相でまーちゃんに喰って掛かった。
こ、怖ッ!!
今日の篠崎さん怖ッッ!!!
「勇斗くんは絶対に攻めなのッ!!! そこだけは絶対に絶ッッッ対に譲れないのッッ!!!!」
「わ、わかったよ美穂……。私が悪かったって」
おぉう……。
あのまーちゃんさえも若干引かせるとは……、お腐りモード時の篠崎さん恐るべし……。
……愛されてるな、勇斗。
「ゆう×とも? 攻め??」
「……」
謎の呪文を一気に投げつけられて、頭の上にハテナマークがいくつも浮かんでいる、勇斗であった。
……強く生きろよ。
「フッ、これにて一件落着!」
「…………」
どこがッ!!!!?