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第31話:皆川先輩と古賀さん

「せ、先輩、今週の短編です! 批評、よろしくお願っしゃっしゃっすッ!!」

「よろしくお願っしゃっしゃっすッ!?」


 むう!

 今日も古賀は可愛いなッ!!

 オイ、ちょっと待ってくれ。

 本当に俺は、こんな可愛い古賀と付き合っているのか?

 ……え? 夢?

 ひょっとして胡蝶の夢の中なのかここは?

 ……いや、もしそうなのだとしても俺は構わない。

 こんな可愛い古賀と付き合えているのだから、夢だろうと現実だろうと、そんなことは些末な問題だ。

 ……嗚呼、古賀。

 俺だけの古賀。

 何て可愛いやつなんだ。

 是非耳の裏の匂いを嗅ぎたい。


「? 先輩?」

「む!? あ、ああ! すまんすまん、何でもないんだ」

「はあ?」


 キョトンとしてる古賀もカッワイイッ!!

 うなじの匂いを嗅ぎたいッ!

 ……おっと! イカンイカン。

 ここは頼れる先輩であり、彼氏として、威厳を示さなくてはな。

 俺は古賀から小説の原稿を受け取った。

 ……それにしても。


「ねえねえともくん、ともくんのこと、くすぐってもいい?」

「えっ!? ヤ、ヤだよ。僕、くすぐりに弱いんだから」

「えー、いいじゃん。ちょっとだけだから。ね? ほれ、こちょこちょこちょ~」

「まーちゃん!? だからやめてってば! う、うひゃひゃひゃひゃ」

「こちょこちょこちょ~」

「マジでやめてよ! 出ちゃう! ニャッポリート出ちゃうよおおお!」

「こちょこちょこちょ~」

「あ~、ニャッ、ニャニャニャッ……ニャッポリート!」

「うるさいぞお前達ッ!!!」

「「っ!」」


 どうしてこうなったんだ。

 あれ以来、足立と浅井は、文芸部の部員でもないのに、たまに部室に来ては、二人で何をするでもなくイチャイチャするようになった。

 ハッキリ言っていい迷惑だ。

 ……その一方で、俺と古賀が付き合い始めてから、何故か女子部員はことごとく部活に来なくなってしまい、元々男子は幽霊部員しかいなかったので、今この部室にいるのは、俺達四人だけだ。

 何と嘆かわしい。

 みんなもっと真剣に文学に向き合おうという気概はないのか。

 ……まあ、ただの高校生にそこまで求めるのは酷だということは、俺だってよくわかっている。

 俺も昔は、自分以外の人間に、そんなことは欠片も求めていなかったからな。




 俺は子供の頃から本が好きだった。

 漫画も好きだったが、小説の持つ、文字だけで世界の全てを表現するという行為に堪らなく感動し、同学年の友達がゲームに夢中になっている中、ひたすら一人で本を読み続けていた。

 そうしている内に、いつしか自分でも小説を書いてみたいと思うようになった。

 そして14歳の誕生日を迎えた頃、俺は原稿用紙に自らの魂をぶつけ、それを出版社に持ち込んだのだ。

 だが結果は惨敗。

 編集者から、これは小説ではなく、ただの文字の羅列だと、ハッキリ言われてしまった。

 俺は自分の歩んできた人生全てを否定されたような感覚がし、めまいがしたが、その編集者から、「だが、見所はある」とも言ってもらえ、また新作が出来たら持ってくるといいと、名刺を渡してもらえたのだ。


 それからの俺は、とにかく書いて書いて書きまくった。

 新作が書き上がるたびその編集者のところに持っていき、毎回ボツを喰らって身体中に穴が開くくらいダメ出しをされた。

 それでも俺は書き続けた。

 とにもかくにも、小説が好きだったからだ。

 いつしか小説を書くことは、俺の全てになっていた。


 だが、だからこそ俺は、高校生になってからも、同じ文芸部の部員達には特に期待してはいなかった。

 本気で文学に向き合っているかどうかは、眼を見ればわかる。

 連中のは精々、『小説を書くのが趣味』というレベルだ。

 それ自体はまったく悪いことだとは思わない。

 創作を楽しむ権利は、例外なく誰にでもあるからだ。

 単に俺とは志が違うだけ。

 そう思い、部員達の小説への批評も、当たり障りのないものにしていた。


 ――古賀に出逢うまでは。


 始めて古賀が文芸部に入部してきた時は、特に古賀に対して何も感じることはなかった。

 他の部員達と同様、『小説を書くのが趣味』な人間なのだろうと。

 実際書いてきた小説の出来も酷いものだった。

 小学生の読書感想文の方がマシというレベルのものだった。

 俺はいつも通り、当たり障りのない評価をその小説に下した。


 ――が、何故か古賀は次の日、その小説を手直ししたものを再度俺のところに持ってきたのだ。


「む? 何だこれは? 俺は昨日、この小説は悪くないと言ったはずだが?」

「……でも、良いとも言われてません」

「――!」


 古賀は真剣な眼差しで、俺を見つめていた。

 その眼を見た瞬間、俺の中で何かが跳ねた。

 その古賀の眼が、俺が初めて小説を出版社に持ち込んだ時と、同じ眼だったからだ。

 も、もしかして古賀も……?

 俺と同じ志を持つ者なのか……。


「……わかった、今度は真剣に批評しよう」

「は、はい! よろしくお願っしゃっしゃっすッ!!」

「よろしくお願っしゃっしゃっすッ!?」


 思えば俺はこの時、恋に落ちたのかもしれない。


 そしてこの時の経験を基に書いた小説、『君の耳の裏の匂いを嗅ぎたい』で、俺は宿願だった、『喉仏大五郎賞』の新人賞をもぎ取ったのだ。




「――先輩? 先輩ってば」

「むむっ!?」


 再度古賀が俺を心配そうな眼で覗き込んできた。

 しまった!

 俺としたことが、またしてもトリップしていた!


「いや、すまん! 今から読むからな」

「はあ……」


 イカンイカン。

 俺はこんなに可愛い古賀の先輩であり彼氏なんだ。

 いつか古賀の膝の裏の匂いを嗅がせてもらうためにも、隙は見せられん。

 ……どれどれ、今日の古賀の小説の出来は、と。




「……0点だ」

「ッ!!」


 古賀は絶望を幾重にも塗り重ねたような顔を向けてきた。

 むう!

 絶望に打ちひしがれている古賀もカッワイイッ!!!

 ……い、いや、でもダメだ。

 古賀のためにも、ここは厳しくしなければ。


「そ、そんな……どこが……」

「いつも言っているだろうが。お前の小説のキャラは感情が繋がっていないんだよ。この主人公は前の日に、10年間共に過ごした愛犬を亡くしたんだよな? だというのに、次の日の第一声が、『ひゅ~。今日も爽やか元気が一番! 今日の先輩はどんな柄のパンツ履いてるかな~?』だと!? サイコパスか!? サイコパスなのかこいつはッ!?」

「ああ!」

「……最初はよもや悲しみを紛らわすために、強がってこういう態度を取っているのかとも思った。……だが、結局最後までこの主人公は愛犬のことを思い出すこともなく、片想いをしていた先輩とくっついて終わったじゃないか! そもそも愛犬が死ぬくだり要らなかっただろこれ!?」

「……ああ」


 古賀はしょぼんとしてしまった。

 むうううう!!!!

 しょぼんとした古賀もカッワイイイイイイイ!!!!!

 足の小指の先の匂いを嗅ぎたいッ!

 ……い、いや、ダメだダメだ!

 厳しく!

 厳しくしなくてはッ!!


「あと相変わらず誤字が多い。多分ここは本来なら、『ここで自分の気持ちに嘘をついたら、私はきっと一生後悔する』としたかったんだろうが、『ここ出禁に義憤のお餅にキツツキたら、私は筋斗雲生姜公開する』になってるじゃないか! サイコパスだな!? この主人公はサイコパスで確定ってことでいいんだなッ!?」

「あああッ!」


 というか、よく俺も元の文章がわかったな!?

 我ながら自分の才能が怖い……。


「……比喩もいつもながら滅茶苦茶だ。何だこの、『それはまるで、いつも待ち合わせに5分くらい遅刻してくる、朝からラーメンを食うのが日課の、90年代後半のグラビアアイドルみたいな形をした日本刀だった』ってのは? ちょっと紙に描いてみろ!? いつも待ち合わせに5分くらい遅刻してくる、朝からラーメンを食うのが日課の、90年代後半のグラビアアイドルみたいな形をした日本刀を描いて俺に見せてくれ!!」

「う、うぅ……」


 古賀は今にも泣き出しそうだ。

 嗚呼ッ!

 泣かないでくれ古賀!!

 泣くならせめて、その目元に浮かんだ涙の匂いを、俺が嗅いでからにしてくれッ!


「……まったく、世話が焼けますね、皆川先輩は」

「っ! 足立……?」


 その時、やれやれとでも言いたげな顔で、足立が俺達の会話に割って入ってきた。

 な、何だと言うんだ急に。


「もう『あしながおにいさん』はいないんです。――だから先輩が、あしながおにいさんの代わりもしなきゃいけないんですよ?」

「……!」


 お、俺が……あしながおにいさんを……。

 …………そうか、そうだよな。


「……古賀」

「はっ、はひ!?」


 古賀はプルプルと震えながら捨てられた子犬みたいな眼で、俺を見てくる。

 一生大切にしたいッ!!!

 そして毎朝、顎の裏の匂いを嗅ぎたいッ!!!!

 ……い、いやいやいや、今は違うだろう、俺!


「……まあ、その、何だ……。しゅ、主人公の、片想いをしている先輩に対する感情描写だけは……、よく書けていると思うぞ」

「――! せ、せんぱ~い」

「む!?」


 何故か古賀はおでこを俺の胸にぐりぐりと押し付けてきた。

 むおおおおおおおおお!?!?!?!?!?

 チャンスだ!!

 今なら古賀の耳の裏の匂いを嗅ぎ放題だッ!!!

 ……あの二人さえいなければ。


「まーちゃん、さっきはよくもやってくれたね。今度は僕が、まーちゃんをくすぐっちゃうぞ」

「えー、ダメだよともくーん」

「ダメだって言ってもやっちゃうもんね。ほれ、こちょこちょこちょ~」

「ひゃうんっ!? ら、らめだよともくうううん」

「こちょこちょこちょ~」

「出ちゃう。ニャッポリート出ちゃうよおおお」

「こちょこちょこちょ~」

「あ~、ニャッ、ニャニャニャッ……ニャッポリート!」

「出ていけッッ!!!!」

「「っ!!」」


 他所でやれ!!!

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