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第36話:腐②

「お邪魔します」

「お、お邪魔します」

「はいはい、いらっしゃい。美穂と茉央ちゃんなら部屋にいるわよ」


 うおお。

 やっぱ篠崎さんのお母さんは美人だな。

 今日も着物がよく似合ってらっしゃる。

 篠崎さんも将来はこうなるのかな?


 今日は何故か、僕と勇斗は篠崎さんのお家に、まーちゃんから急遽呼び出されたのだった。

 勇斗ならまだしも、なんで僕まで?

 しかもまーちゃんからというのもよくわからない。

 とはいえ、大分逼迫した様子だったし、断る理由もなかったので、こうしておっとり刀で駆けつけたわけだけど。


 それにしても、篠崎さんのお家には初めてお邪魔したけど、いかにも荘厳な日本家屋といった佇まいだ。

 立派な庭園もあるし、ししおどしまで完備されている。

 ししおどしがある家なんて、リアルでは初めて見たよ……。


「なあ勇斗、篠崎さんのお父さんて、お仕事は何をされてるのかな?」


 僕は勇斗の後に続いて長い廊下を歩きながら尋ねた。


「うーん、俺も詳しくは知らないんだけど、何でも華道の家元をやってるとか聞いたな」

「マジかよ!?」


 スゲェ人だったんじゃんあの子煩悩パパ!?

 芸術家には変わり者が多いって話はよく聞くけど、篠崎さんのお父さんもご多分に漏れずといったところだったんだな……。


「ここが美穂の部屋だよ」


 とある一室の前で勇斗は立ち止った。

 ううむ、女の子の部屋に入るのはまーちゃんの部屋に続き二回目だけど、相変わらず緊張するな。

 しかも今度は親友の彼女の部屋だ。

 なかなかにレアなシチュエーションだよね、これ?


「美穂、足立、中にいるのか? 入るぞ?」


 勇斗はノックをしてから、ゆっくりとドアを開けた。

 ――そこには、


「やあいらっしゃい、田島君、ともくん。よく来てくれたね」


 部屋の中央に、まーちゃんが後ろ手を組んで立っていた。

 え?

 なんで立ってるの?

 しかもその横には――。


「……」


 椅子に座って机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元で合わせている篠崎さんが、無言で僕と勇斗を見据えていた。

 こ、これは……!?

 所謂ゲンドウポーズ!?

 しかも篠崎さんは、昔の漫画家がよく被っていたようなベレー帽と、メガネを身に着けていた。

 篠崎さんは、確か目は良かったはずだけど……?


「二人を呼んだのは他でもないよ。ちょっと手伝ってほしいことがあってね」

「「手伝ってほしいこと?」」


 まーちゃんがニコニコしながら説明をし出した。

 ……ああ、もしかしてまーちゃんは冬月ポジなのかな?

 篠崎さんはゲンドウポジだから、ずっと無言なのか?


「そう――実は来週開催される同人誌即売会のイベント用原稿が、まだ完成してなくてさ」

「「……は?」」


 そ、それってもしかして……。

 ビ、ビビビビビ、BのLなやつのですか!?!?!?

 それに原稿って!?!?

 誰かが漫画を描くってこと!?

 ……も、もしかして。


「因みにその原稿を描かれるのは、こちらの『ぶるうちいず』先生です。その界隈では結構有名なんだよ」

「「っ!?」」


 冬月まーちゃんがゲンドウ篠崎のことを、ぶるうちいず先生と僕達に紹介した。

 えーーー!?!?!?

 し、篠崎さんて、BL同人漫画を描いてたのおおおおおお!?!?!?!?

 しかもぶるうちいずというペンネームで……(ブルーチーズも発酵してるから?)。

 ……オ、オオフ。

 これは流石にどうなんだ?

 いくら勇斗でも、自分の彼女がBL同人漫画を描いてたと知ったら、少なからずショックなんじゃ……。


「同人……誌?」

「っ!」


 が、ピュア男子勇斗は、どうやら同人誌というものの存在自体ピンときていない様子だった。

 セ、セーーーーーーフッ!!!!!

 ギッリギリだったね篠崎さん!

 いや、ぶるうちいず先生ッ!


「ふうん、よくわからないけど、とにかく俺と智哉で、その原稿を描く手伝いをすればいいのか?」

「いや、原稿を描くのはぶるうちいず先生だからそれには及ばないよ。――二人には、になってもらいたいんだよ」

「は? モデル?」


 ニャッポリート!?

 そ、それってつまり……、僕と勇斗、が……!?


「いやいやまーちゃん!? いくら何でもそれはッ!」

「大丈夫大丈夫ともくん。あくまでこれは全年齢向けの漫画だから。手と手が触れ合うとか、そういう軽い感じの構図しか要求はしないよ」

「そういう問題ではなくだね!?」

「まあまあ。――ん? 何ですかぶるうちいず先生?」

「え?」


 おもむろにぶるうちいず先生が、まーちゃんにヒソヒソと耳打ちをした。

 何だ?


「はいはいはい。――ぶるうちいず先生は、『二人にはいつも感謝している』と仰っています」

「「……はあ」」


 なんで直接言わないの!?


「というわけだから、時間もないのでちゃっちゃとやっちゃいましょう」

「待ってよまーちゃん!? 僕はまだ了承したわけじゃ――」

「まあいいじゃねーか智哉」

「っ!」


 勇斗!?


「よくわかんねーけど、美穂と足立が困ってるんだろ? だったら彼氏である俺らが一肌脱がないでどーすんだよ」

「……勇斗」


 ピュア王子勇斗は、いつもの爽やかな笑みを浮かべながら、僕の肩にポンと手を乗せてきた。

 お前は状況がわかってないから、そんなこと言えるんだからな!?

 いまから僕達は、BL同人漫画のモデルにされちゃうんだぞ!?

 本当にいいのかお前はそれでッ!!


「――! ヒソヒソヒソヒソ」

「「っ?」」


 またぶるうちいず先生がまーちゃん右腕に耳打ちをしている。


「はいはいはい。――『今の感じ、凄く良かった』と仰っています」

「「……はあ」」


 だから直接言ってよ!!!

 いや、ホントは直接言われるのもちょっとヤだけど!


「では早速、二人でベッドに腰掛けてみて」

「ああ、こんな感じか?」


 勇斗は何の躊躇いもなく、スタスタとベッドに歩いていき、そこに腰を下した。

 えええぇ……。

 なんでお前はそんなに淀みないんだよ……。


「ホラ智哉、お前も来いよ」

「あ、うん……」


 勇斗が僕に手を差し伸べてきた。


「――! ヒソヒソヒソヒソ!」

「「!」」


 まただ!


「はいはいはい。――『今の浅井君の照れてる表情最高』と仰っています」

「「……」」


 照れてはいねーから!!!!

 フィルターかけすぎだからそれ!!!


「まあいいから智哉も座れって」

「……うん」


 僕はおずおずと勇斗の向かって右側に腰を下ろした。


「よしよし、じゃあまずは、ともくんの手の上に、田島君の手を重ねてみてくれるかな」


 っ!?


「ああ、こんな感じか?」


 っ!?!?

 またしても勇斗は、一瞬の戸惑いもなく、僕の右手の上に自らの左手を重ねてきた。

 なんでお前はこの状況にかけらも疑問を抱かないんだ!?!?

 ピュアにも程があるだろッ!?

 ……でも、勇斗の手、普段バスケで鍛えてるだけあって、ゴツゴツして男らしい手だな。


「――! ヒッソ~ヒソヒソヒソッ!!」

「「!」」


 今度は何!?


「はいはいはい。――『ここ10年で最高の出来栄え』と仰っています」

「「……」」


 ボジョレー・ヌーボーかよッ!!!


「大分ぶるうちいず先生にエンジンが掛かってきたよ二人共!」

「オ、オウ、それはよかったぜ」

「……」


 もう帰りたい……。


「では次は、田島君がともくんの肩に両手を置いて、二人で見つめ合ってみて!」

「はあッ!?」

「ああ、こんな感じか」

「勇斗!?」


 お前さっきから「ああ、こんな感じか」ばっかだな!?

 そんなんで将来大丈夫か!?

 勇斗は僕の両肩に手を置くと、若干強引に僕の身体を自分のほうに向けた。


「あっ!」

「あ、わりぃ。痛かったか、勇斗?」

「う、ううん……。大丈夫だよ」

「――! ヒッソッソ~ヒソヒソヒソソソ~ッ!!!」

「「!」」


 またなの……。


「はいはいはい。――『過去最高と言われた前年度を超える味わい』と仰っています」

「「……」」


 だからボジョレー・ヌーボーかよッ!!!


「では次いくよ!」

「まだいくの!?」


 いつまで続くのこの地獄は!?


「田島君、ともくんに顎クイしてみてッ!」

「顎クイッ!!??」

「ああ、こんな感じか」

「勇斗ッ!!!」


 もう今度からお前のことは、「ああ、こんな感じか」ボットって呼ぶからなッ!

 勇斗は右手で僕を顎クイすると、自らの顔を僕に近付けてきた。

 ってか近すぎるだろこれ!?!?

 今にも唇が触れてしまいそうな距離だ!

 勇斗の息遣いが、直に伝わってくるような気さえする……。

 しかもお前、なんでちょっと瞳を潤ませてるんだ!?!?


「――! ヒソソソ~ヒソソ推しカプヒソソソ~ッ!!!!!」

「「!」」


 今どさくさに紛れて推しカプって言ったでしょ!?


「はいはいはい。――『たっとい』と仰っています」

「「……」」


 それは嘘でしょ!?

 文字数が合ってないもん!


「いやー、とてもよかったよ二人共。これでぶるうちいず先生も、きっと良い作品を仕上げてくれることでしょう」

「ああ、もういいのか?」


 よ、よかった……。

 やっと終わった……。

 ――が、勇斗が立ち上がろうとした、その時だった。


「う、うわっと!?」

「「「っ!!」」」


 勇斗は床に落ちていた消しゴムを踏んでバランスを崩してしまい、そのまま僕にもたれかかってきた。

 ニャッポリート!?!?


「――あっちゃー。悪いな智哉」

「あ、うん……。大丈夫だよ……」


 ――結果、まるで勇斗が僕をベッドに押し倒したかのような構図になってしまったのであった。

 ジーザス……。


「――! エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!!!!!」

「「……」」


 ……うん、当然エクフラも出ちゃうよね。

 次の瞬間ぶるうちいず先生は、一心不乱に原稿用紙に何かを描き始めた。

 ……まあ、何かって、BL漫画に他ならないんだろうけど。


「『エクストリームヘヴンフラッシュ』と仰っています」

「「……」」


 今のは聞こえてたよッ!


「いやあ、お手柄だったよ田島君ッ! これで来週のイベントは、もらったも同然だよ!」

「オ、オウ、そうなのか。それはよかったぜ」


 お前絶対何もわかってないだろ!?

 今僕達が、どれだけ窮地に立たされているかをッ!

 ……ハァ、まあいいかもうどうでも。

 BL漫画のモデルになるくらい、誰しも一度は経験することだもんね(そんなことはない)。


「じゃあ、来週もよろしくね二人共」

「「……え?」」


 来、週……?


「あれ? 言ってなかったっけ? 来週のイベントでは、二人には売り子もやってもらうからね」

「聞いてませんね一言もッ!!!!」


 自分がモデルのBL漫画を売るって、どんな試練なのそれッ!?!?


「売り……子?」


 勇斗は一生ピュアなままでいてくれッ!


 ――怒涛のイベント当日の模様は、次回をお楽しみに!(血涙)

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