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第37話:腐③

「エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!」

「「……」」


 早くもエクフラが炸裂したよ……。

 まあ、僕と勇斗のコスプレ姿を篠崎さん――もとい、ぶるうちいず先生が見たら、こうなるだろうとは思ってたけど……。


 遂に迎えてしまった同人誌即売会のイベント当日。

 僕と勇斗は、あろうことかバスケのユニフォームに身を包んでいた。




 今回ぶるうちいず先生が描いたのは、『トリプルトラベリング』というバスケ漫画の同人誌だった。

 通称『トリトラ』と呼ばれているこの漫画は、腐ったおねえさま方に大人気らしく、特にライバル校のエースである『木島きじま雪人ゆきと』と、その相棒である『朝田あさだ冬弥とうや』のカップリング『ゆき×とう』は、トップクラスの人気を誇るらしい。

 雪人は長身のガッシリ体型で天然キャラ。

 冬弥は可愛い系のツッコミ体質で、しかも二人は幼稚園からの幼馴染らしい。

 ……えっ、怖っ。

 何この共通点。

 そりゃぶるうちいず先生も僕らをモデルにするはずだわ。


 それにしても、同人誌即売会の会場って初めて来たけど、こんな風になってるのか。

 広大な会場内に、所狭しと腐ったおねえさま方(便宜上今後は『ねえさま』と呼ぶことにする)がひしめいている。

 売り場のスペースも精々二人分くらいしかないので、僕と勇斗はほぼ肩が付きそうなくらいの距離でずっとイベントが始まるのを待っている……のだが、さっきから周りの腐ねえさま達の目線が滅茶苦茶痛い……。

 僕と勇斗を見て、「え、実写?」とか、「遂に二次元から出て来てくれた?」等、思い思いの感想を呟きながら、舐めるような視線をマシンガンのごとく浴びせてくるのだ……。

 実写でも二次元出身でもありませんよ僕達は……。


「勇斗くん、浅井君、今日は一日よろしくね! あと、いつもありがとうッ!!」

「オ、オウ、頑張るぜ」

「……うん、僕もできるだけ頑張るよ」


 ぶるうちいず先生テンション高いなあ。

 因みにぶるうちいず先生は、トリトラの主人公である、『四宮しのみや三二一みふかず』のコスプレをしていた。

 といっても、主人公チームのユニフォームを着て、髪を後ろで一本に縛っただけだ。

 三二一は女顔で背も低く、長いサラサラの黒髪を一本に縛っているというキャラなので、ぶるうちいず先生にピッタリなのだ。

 つくづくトリトラと僕達に共通点が多すぎて、背筋が寒くなってくる。

 まさか知り合いが作者だったりしないだろうな?


「ぶるうちいず先生、この間の新作ギャン萌えでしたッ!!」

「わあ、ありがとうございます」

「ぶるうちいず先生、今度アンソロ企画してるんですけど、ぶるうちいず先生も出ていただけませんか?」

「ええー、私なんかでいいんですか?」

「ぶるうちいず先生!! ファ、ファファ……ファンですッ!!! 握手してくださいッ!!!!!」

「あ、はい、もちろんいいですよー」


 おお。

 意外と大人気だなぶるうちいず先生。

 周りの出店者の腐ねえさま方から、次々に挨拶されている。

 まだ高校一年生なのに。

 末恐ろしいぜ(切実に)。


「やっぱ凄ぇんだな、美穂って」

「勇斗……」


 そんなぶるうちいず先生のことを、勇斗は誇らしさと焦燥が入り混じった表情で見つめていた。

 彼氏としては若干複雑なのかもな。

 自分の彼女が凄すぎるってのは。

 まあ、その気持ちはよくわかるよ。

 僕の彼女も大分アレだから、さ……。


 因みにその僕の彼女は、今この場にはいない。

 こういったイベントは売り場には三人までしか入れない決まりになっているらしく、あぶれたまーちゃんは一般客として、後から合流することになっている。

 一人で大丈夫かな、まーちゃんは?

 まあ、まーちゃんならどうとでもなるか。


 ――などと、僕が自分の彼女に思いを馳せている時だった。

 開場を知らせる放送と共に、一般客の腐ねえさま達が、目を血走らせながら会場に雪崩れ込んでくるのが見えた。

 う、うおおお!?

 凄い勢いだな!?

 大型台風並みじゃないかッ!?


「新刊一冊ください!」

「あ、は、はい」


 早速我らがぶるうちいず先生の新刊が、一冊売れた。

 ――が、僕から新刊を手渡されたその腐ねえさまは、「……え? ご本人?」とぼそりと呟きながら、茫然自失した表情を浮かべた。

 ご本人ではないですね少なくとも!

 てか、ご本人ってどういうことですか!?

 冬弥は漫画のキャラですよねあくまで!?


「一冊ください!」

「は、はい」

「新刊ください!」

「はい、はい」


 次々に本が売れていく。

 ぶるうちいず先生は所謂島中作家だが、島中作家の中では一番行列が出来ているのではないだろうか?


「ふふ、でもこれは売り子のお陰だよ」


 慣れた手つきで、後ろから僕と勇斗のサポートをしているぶるうちいず先生は、サラッとそんなことを言った。

 それは何とも、嬉しいやら、恥ずかしいやらだな……。

 そういえば、怖くて本の中身は読んでないけど、いったいどんな内容なんだろう……。

 まあ、全年齢向けだって言ってたから、僕と勇斗――じゃなかった冬弥と雪人がニャッポリートしてるシーンはないんだろうけど、恋人同士にはなってるんだろうな。

 勇斗と恋人かあ。

 勇斗とは物心付いた頃からずっと一緒に過ごしてきたから、恋人っていうよりは、兄弟みたいな関係だからな。

 いまいち実感湧かないな。


「――ん? どうした智哉?」

「あ、いや、何でもないよ」


 不意に優しく微笑みかけてきた勇斗の顔を見て、僕はちょっとだけドキッとしてしまった。

 いかんいかん、こんなことしてると、またぶるうちいず先生が――。


「エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!」

「「……」」


 一歩遅かった……。

 てか、先生のエクフラの栓、どんどん緩くなってませんか?

 その内九州の温泉街の温泉並みに、ボコボコエクフラが噴出するようになるんじゃ……。




「おっ、やっとるね諸君」

「ま、まーちゃん!?」

「足立!?」

「茉央ちゃんッ!」


 そしてやっと列が途切れたちょうどその時。

 満を持してぶるうちいず先生の右腕が到着したのであった。

 ――が、何とこの右腕も、ちゃっかりコスプレしていたのである。

 まーちゃんがしていたコスプレは、主人公の三二一の相棒である、『仇血あだぢ魔王まおう』というキャラだった(漫画とはいえ、とんでもない名前だ……)。

 魔王は名前の通りゴリゴリの中二キャラで、いつも袖口がボロボロのユニフォームを着ており、左眼には眼帯(因みに視力は左右ともに2.0)、右腕には怪我をしているわけでもないのに包帯グルグル巻きという、中二界のキングオブキングズとも言うべきクッッッソイタいやつだ。

 ……ああ、まあ、ある意味まーちゃんにはピッタリだね。


「――くっ! 沈まれ俺様の左眼と右腕と魔王の心臓!」

「「「――!」」」


 魔王が全身をわなわなと震わせながら、キメ台詞と思われるものを叫んだ。

 それはもうただの不健康な人じゃない!?

 そんな身体中にガタがきてるならさ!


「えっ? 『まお×みふ』じゃない?」

「ホントだ。『まお×みふ』がいる」

「『まお×みふ』も好き。もう一度だけ言うね。『まお×みふ』も好き」

「「「っ!?」」」


 途端、辺りの腐ねえさま達が群がって来た。

 何だかゾンビの群れみたいでちょっとだけ怖いッ!


「あの、すいません、『まお×みふ』の二人を写真に撮ってもよろしいでしょうか?」


 遂には写真を所望する猛者まで現れた。


「ああ、もちろんいいですよ。ホラ、お前もこっち来いよ、三二一」

「あ、うん」


 魔王が三二一の手を引いて売り場から通路に出して、その三二一の肩に手を回した。

 その瞬間、芸能人の記者会見並みに、バシャバシャと嵐のようなフラッシュが辺り一面からたかれた。

 流石主人公カップル。

 『まお×みふ』も大人気なんだな……。


「フッ、やっとるな諸君」

「「「「っ!?!?!?」」」」


 こ、この声は!?!?!?

 振り返るとそこには、案の定変態公務員が、いつものセーラー服コスプレ姿で仁王立ちしていたのであった。

 何故ここに変公(※変態公務員の略)が!?!?!?


「フッ、弟子の晴れ舞台だという噂を聞きつけたのでな。師である私が駆けつけぬわけにはいくまいて」

「コ、コーチ……」


 変公の弟子であるぶるうちいず先生は、目元を潤ませながら感動に打ち震えている。

 いや、生徒の描いたBL同人誌買いに来る担任教師って、聞いたことないけどッ!?

 ……まあ、もうどうでもいいけどさ。

 それにしても、いつもはゴリゴリに浮いてる変公のコスプレも、この場でだけは溶け込んでいるので、やはりここは現実とは隔絶された、メルヒェンの世界なんだなって(遠い目)。


「ではそんな可愛い弟子に餞別だ」

「え?」


 え?


「――モグモグモグ。――トウッ!」

「「「「っ!?!?」」」」


 いつぞやみたいに変公はおっぷぁいの谷間からバナナを取り出し、それを一瞬で食べ尽くすと、その皮を正確無比なコントロールで僕の足元に投げ捨ててきた。

 ニャッポリート!?

 そしてその皮を踏んでしまった僕は、お約束的にツルンと滑り、そのまま横に立っていた勇斗の厚い胸板に、顔面からダイブしてしまったのであった。

 ニャッポリートオオオオオオオ!!!!!

 ……でも、まーちゃんのふかふかのおっぷぁいと違って、やっぱ勇斗のは、カッチカチだな……。


「「「「「「「エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!」」」」」」」

「「っ!!!」」


 辺り一面から一斉にエクフラが噴出した。

 エクフラって、ぶるうちいず先生のオリジナル用語じゃなかったの!?


 ――この日、この集団エクフラが後押しとなり、ぶるうちいず先生の新刊は、開始僅か30分で完売御礼となったのであった……。

 ……ニャッポリート。

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