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第38話:ネコニナール

小夜さよを舞う三対の翼よ、くうを斬り裂く尖鋭せんえいなる爪よ――」

「いっけえええ、まーちゃんッ!」

「月を背負え、宵闇を統べろ、の者を狩り、その燈火ともしびを吹き消せ。――絶技【翼王の咆哮ジャターユスロアー】!!!」


 まーちゃんのカマソーソが放った【翼王の咆哮ジャターユスロアー】が、敵チームの最後の1機をズタズタに斬り裂いた。

 そして僕らのチームが勝利した旨が、画面に派手派手しく表示されたのだった。

 ふぅ、今回もまーちゃん無双だったな。


 まーちゃんはすっかり装獣戯画ビーストアートを極めてしまっていた。

 今回もほぼ1機だけで敵チームの5機を瞬殺しちゃったしな。

 僕を含め、他の味方機は圧倒的な力で敵が蹂躙されていく光景を、ただただぼんやりと眺めているだけだった。

 なろう主人公を傍から見てるモブって、こんな気持ちなのかな?


「はー、楽しかった。じゃ、そろそろ帰ろっか、ともくん」

「うん、そうだね」


 教室の窓から外を見ると、いつの間にか日が傾き始めていた。

 もうこんな時間だったのか。

 やっぱ遊びに熱中してると、時間が過ぎるのがマッハふみふみだな。

 既に教室には僕とまーちゃんしか残っていない(因みに勇斗とぶるうちいず先生――もとい篠崎さんは、とっくの昔にバスケ部の練習に行っている)。


「フッ、これはこれは、いい被験体――もとい、モルモットを見つけたぞ」

「「っ!」」


 その時だった。

 変公が、マッドな笑みを浮かべながら、教室にゆらりと入ってきた。

 マイルドな表現に言い直したつもりなのかもしんねーけど、モルモットのほうが響きはヤベーからッ!!

 何何何!?!?

 今から僕達、この変公マッドサイエンティストのモルモットにされちゃうのッ!?

 てか、最近は変態っぷりばかりが前面に出ていて、そんなマッドサイエンティストなんて設定忘れてたよ!!


「ハァ、申し訳ないですけど私達忙しいんで、これで失礼します。今日は私の家でニャッポリートする予定なんで。行こ、ともくん」

「あ、うん」


 まーちゃんが僕の二の腕におっぷぁいぷぁいを押し当てながら、腕を組んできた。


「フッ、まあそう邪険にするな。すぐに終わるから――なッ!」

「「っ!?」」


 にわかに変公はおっぷぁいぷぁいぷぁいの谷間から消臭スプレーのようなものを取り出すと、それをまーちゃんの顔に吹きかけた。

 ニャッポリート!?

 何しやがんだこいつッ!?

 今日こそ教育委員会に訴えてやるッ!!


「…………にゃぁ」

「っ!!? まーちゃん!!?」


 が、スプレーをかけられたまーちゃんはとろんとした顔になり、猫みたいな声を上げたのだった。


「う、梅先生! いったいまーちゃんに何をしたんですかッ!?」


 内容如何じゃ、簀巻きにして教育委員会に突き出しますよッ!(まーちゃんの性格が移ってきた)


「フッ、そうカッカするな智哉。お前にとっても悪い話ではないぞ? ――自分の彼女が、猫みたいになって甘えてくれたらいいなと思ったことはないか?」

「ね、猫みたいになって……!?」


 何を言い出すんだこのマッド変公は……!?

 ……そりゃ、そんな成年漫画でしか見たことない夢のようなシチュエーション、望んだことがない男子高校生はいないだろうが……。

 ま、まさか!?


「フッ、そのまさかだ。このスプレーの名は『ネコニナール』。30分間だけ、吹きかけた対象の精神を猫にすることができるのさ!」

「何ですかそのドラ〇もんの秘密道具みたいなネーミングはッ!?!?」


 ジーザス!!

 このバカ、ついにとんでもねーもん発明しやがった!!

 さっさとノーベル賞獲ってこい!!!


「にゃおん」

「まーちゃん!?」


 そして猫になってしまったまーちゃん(便宜上にゃーちゃんと呼ぶ)は、文字通りの猫撫で声を上げながら、僕の肩にスリスリと頬擦りをしてきた。

 ほ、本当に猫になってしまったというのか……。


「フッ、では後は若い二人に任せて、私は早速この結果をレポートに纏めてくるとしよう!」

「なっ!? ま、待ってくださいよ梅先生ッ!」

「さらばだ! いや、サラダバー!」

「去り際の台詞がそんなクソみたいな駄洒落でいいんですかッ!?」


 高笑いを浮かべながら、マッド変公は本当に教室から出て行ってしまった。

 ……えぇ。

 マジかよ。

 どうすんのこの状況?


「にゃんにゃ~ん」

「まーちゃん!? う、うわっと!?」


 僕はにゃーちゃんに押し倒されて、床に仰向けに倒れてしまった。

 そしてその上ににゃーちゃんが伸し掛かってくる。


「ぐえっ」

「にゃふ~ん」


 にゃっぷぁいぷぁいの重みが、容赦なく僕を襲う。

 くおおお、何だこの丸々と実ったスイカ並みの重圧は……!

 兵器か!?

 旧日本軍が開発した、禁断の生物兵器の一種なのかッ!?(錯乱)


「にゃっ」

「ひゃうッ!?」


 にゃーちゃんは僕の頬をペロッと舐めてきた。

 いや流石に放課後の教室で頬ペロはマズいですよッ!


「にゃふ、にゃふ」

「ま、まーちゃん……」


 そのままにゃーちゃんはペロの高度を徐々に下げていき、僕の首筋をペロるようにまでなってきた。

 はうううう!!

 全身が痺れるようにゾクゾクするッ……!

 くっ!

 ダメだッ!

 このままでは、僕達のほうが教育委員会行きになってしまうッ!!


「まーちゃん! こ、これ以上は……、もうッ!」

「――くぴー、くぴー」

「ほへ!?」


 が、いつの間にかにゃーちゃんは僕に覆い被さったまま、可愛い寝息を立てていた。

 ……おぉふ。

 ま、まあ、猫はよく寝る子だから、『寝子』で『猫』になったという説があるくらいだからね。

 突然くぴっても不思議じゃないか。

 教育委員会行きにならなかっただけ、よしとしよう……。

 い、いや!

 別に残念じゃないよッ!?

 断じて成年漫画的な展開を期待してたわけじゃないからねッ!?(誰に言ってるの?)


「……オイ」

「――!」


 こ、この声は……。


「……び、微居君」


 恐る恐る顔を上げると、そこには無表情ながらも背景に「ゴゴゴゴゴゴ」という描き文字が見えるくらいの圧を放ちながら、僕達を見下ろしている微居君が立っていた。

 何故ここに微居君が!?

 とっくに帰ったんじゃなかったのか!?

 しかもこんな、放課後の教室でニャポッてるところを、よりにもよって「リア充死すべし。慈悲はない」がモットーの、微居君に見付かってしまうなんて……。


「……言い残すことはあるか?」

「――!」


 いっぱいありますッ!!!

 言い尽くすのにあと60年くらいかかりますッ!!!!

 だからそれまで、どうか刑の執行は待っていただけないでしょうかッ!!!!!


「あ、こんなとこにいたのかよ微居」

「っ!」


 絵井君ッ!!

 救世主登場ッ!!!

 僕の見立てでは、微居君を制御できるのは君しかいない!!

 どうか誤解を解いて(あながち誤解でもないが)、微居君に矛を収めるよう説得していただけませんかッ!!


「教室の中に隠れるのは反則だって言ったろ? かくれんぼのルールくらい守れよ」


 二人でかくれんぼしてたの君ら!?!?

 高校生にもなって!?!?!?

 いささか仲が良すぎないかい!?!?!?

 ……この事実をぶるうちいず先生が知ったら、また薄い本が厚くなってしまうかもしれない。


「その話は後だ。今から俺は、この不届き者に天罰を与える」


 微居君はどこからともなく大量の岩を取り出し、それをうずたかく辺りに積んだ。

 どこから持ってきたのその岩々いわいわはッ!?

 君もしかして、異世界帰りだったりしない!?!?


「フッ、それは困るな。その二人は、貴重なモルモットだからな」

「「「!!」」」


 変公ッ!!!

 戻って来てくれたのかッ!!!!

 まあ、元はと言えば、全部お前のせいなんだけどなッ!!!!!


「フッ、ついでだ、お前も仲間に加えてやろう」

「「「!?」」」


 変公は微居君にもネコニナールを吹きかけた。

 えーーー!?!?!?

 何より事態をややこしくしてんだテメー!!!!

 懲戒免職不可避!!!


「…………」


 あ、あれ?

 確かにネコニナールを浴びたはずの微居君は、にゃーちゃんみたいに「にゃあにゃあ」言ったりせず、いつも通りの無表情でその場に佇んでいるだけだった。

 な、何だ、誰にでも効くわけじゃないのか。


 ――が、次の瞬間。


「…………」

「え!? び、微居!?」


 っ!!

 微居君は無言のまま、絵井君にすすすっと擦り寄っていき、自分の身体を絵井君にぴとっとくっつけたのであった。

 こ、これは……!?

 聞いたことがある……!

 これこそは……、猫特有のツンデレッ!!!

 ――ツンデレの気がある猫ちゃんは、にゃーちゃんみたいに露骨に甘えてくることはないが、内心ではご主人様のことが大好きなので、たまにこうして無言で身体をくっつけてきて甘えることがあるという。

 ……おぉふ。

 こんなの、絶対ぶるうちいず先生には教えられないぜ。


「…………」

「微居! どうしちまったんだよ微居ッ!!」

「フッ、これはまた貴重なサンプルが取れたな。――早速レポートに纏めねばッ!」

「梅先生ッ!?」


 この上なく場をカオスにしておきながら、カオスメーカーはさっさとレポートを纏めに出ていってしまった。

 もうお前は一生レポートだけ纏めてろやッ!!


「……にゃふ~ん。むにゃむにゃむにゃ」

「まーちゃん!?」


 その時、寝惚けたにゃーちゃんが、スルスルと僕の制服を脱がせようとしてきた。

 い、いや、何やってるのにゃーちゃん!?

 流石にそれはマズいってッ!!!

 洒落になってないからッ!!!

 にゃーちゃん!!

 にゃーちゃん!!!

 にゃーちゃあああああああん!!!!!


「…………」

「微居ッ! 何だかお前、身体が熱いぞ!?」


 ――結局ネコニナールの効果が切れるまでの30分間、この地獄は続いた(吐血)。

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