「ここならとりあえずは誰にも見付からないと思いますよ」
「……ありがとうございます」
俺と卑弥呼さんは近所にある廃ビルの中に身を隠すことにした。
物が散乱しているうえ全体的に埃っぽく、お世辞にも居心地が良いとは言えないが、背に腹は代えられない。
「あ、汚れてますけど、よかったらこれにでも座ってください」
「はい」
俺は置き捨てられていた椅子の中から比較的マシなものを選び、手で埃を払ってから卑弥呼さんの前に差し出した。
卑弥呼さんは洗練された動作で、ふわりとそれに腰掛けた。
ううむ、こうして改めて見ると、本物の天女みたいだな。
梅先輩に出逢っていなかったら、この人に
……いや、待てよ。
むしろ月水金日は梅先輩に担当していただいて、火木土は卑弥呼さんの担当ってことにすれば、丸く収まるのでは!?!?
俺って天才なのではッ!?!?!?
「……どうして助けてくれたんですか?」
「ふえ?」
ふいに卑弥呼さんから問いかけられ、俺は間抜けな返事をしてしまった。
あっぶね!
「こちらから助けを求めておいて何なのですが、こんなあからさまに怪しい女を匿ってくださるなんて、まともな判断とは思えません」
「ああ」
まあ、そりゃあね。
もちろん俺だって、いつもだったら絶対に助けなかっただろう。
――でも、卑弥呼さんは巨乳美女だったからね!!
巨乳美女から助けを求められたら、
「いやあ、大したことはありませんよ。女性が困っていたら、お助けするのは当然じゃないですか」
「……ふふ、お優しい方なんですね」
卑弥呼さんはダイヤモンドすら溶かしてしまうのではないかという笑顔を向けてきた。
あーーーーーーん!!!!
う、梅先輩……、助けてください……!
このままではあなたの大事な俺の
……それにしても、改めて見るとあまりにも美しすぎる。
歳は普津沢さんと同じくらいだろうか?
傾国の美女とは、こういう人を言うのかもしれない。
「……既にお気付きかもしれませんが、私は救国の光の者です」
「――!」
卑弥呼さんはとつとつと話し始めた。
……やはりか。
胸元のタトゥーを目にした時から、もしやとは思っていたが。
「私の名前は
「なっ!?」
きょ、教祖!?!?
卑弥呼さん――もとい姫子さんが!?
一切の謎に包まれていた教祖が、この人だってのか?
つまり普津沢さんが言ってた、この辺りに救国の光の教祖が出没してるって情報は事実だったってこと……!?
……あの人いったい何者だ。
それに城上って名前、どこかで……?
「とはいえ、私はただの客寄せパンダです。実質的な教団の支配者は、筆頭幹部である私の父、城上
「し、城上、龍翔……!?」
そいつは知ってる!!
例のハイジャック事件の時に、毎日ニュースで流れてた顔だ!
逃亡中で、未だに駅前とかに指名手配の写真が張られてるのをよく見る。
ハイジャック事件を裏で指揮してたのはそいつだったって話だ。
まさか姫子さんがその娘だったとは……。
その後姫子さんの口から語られたこれまでの経緯を聞いて、大分全貌が見えてきた。
龍翔はある時姫子さんが国を動かせるくらいの美貌を持っていることに気付き、それを利用して救国の光を立ち上げたらしい。
姫子さんは自分で言っている通り、まさしく客寄せパンダだったってわけだ。
確かにこれだけ綺麗だったら、男女問わずさぞかし信者は集まったことだろう。
そしてある程度信者が集まったら、逆に龍翔は姫子さんの情報を完全にシャットアウトした。
そうすることで、ある種の神秘性を教祖である姫子さんに持たせた。
人間は秘密にされればされる程、逆にそのことが気になってしまう生き物だからな。
信者になれば謎に包まれた教祖様のご尊顔が拝めるとなれば、続々と信者の数は増えていったらしい。
よくわかる。
俺も雑誌とかに付いてる袋とじのせくしぃな写真は、欠かさず見ちゃうもん。
「……なるほど、何となくですが救国の光のことが俺にもわかりました。――でも、何故姫子さんはそこから抜け出してあんなところをうろうろしてたんですか?」
「そ、それは…………、実は、どうしても
「会いたい人?」
いや、それよりも、『最後に』ってどういうことだ?
……もしや、警察に自首しようとしてるんじゃ。
ううむ、確かにテロを起こした龍翔のことは許せないけど、話を聞く限りじゃ姫子さんはただ利用されてただけみたいだし、自首して牢屋に入れられちゃうのは忍びないような……。
ただ、そこまでして姫子さんが会いたい人っていったい?
……ハッ! まさか……、俺!?!?
これはあれだ!
ラノベとかでよくある、実は俺と姫子さんは幼い頃に一度出逢ってたってパターンのやつだ!
そんで俺に一目惚れした姫子さんは、ずっと俺のことが
言われてみれば子供の頃に、綺麗なおねえさんとひと夏の思い出を共に築いたような気がしないでもない。
……今までお待たせして申し訳ありませんでした姫子さん。
ですが俺にはもう、梅先輩という心に決めた人が……!
「……あの、ところで、あなたのお名前は?」
「え? お、俺ですか?」
またまたぁ!
知ってるくせにぃ!
ま、ここは男として、乗っておいてあげますかね。
「これはこれは名乗り遅れました。――俺の名前は浅井といいます。浅瀬の『浅』に井の中の蛙の『井』で、『浅井』です」
「そうですか。このたびは本当にありがとうございました、浅井さん」
「あ……、いえいえ」
おや?
随分反応が薄いな?
ずっとあなたが探し求めていた男が、目の前にいるんですよ?
――ははーん、さては照れてるんですね!?
「こんなところにおられましたか、教祖様」
「「――!!」」
その時だった。
聞き覚えのない男の声が真後ろからした。
なっ!?
慌てて振り返ると、そこには拳銃を俺に突き付けている、黒服にグラサンのいかにも
……ジーザス。
「カ、カバ
姫子さんは狼狽えながら立ち上がった。
カバ太!?
随分変な名前だな!?
まあ、本名じゃないのかもしれないけど……。
「龍翔様はこんなこともあろうかと、あなた様の服に発信機を忍ばせておられたんですよ」
「そ、そんな……! お父様が……」
おおう……。
そういうことか。
いやいや、さも意外みたいな顔されてますけど、今までの話を聞く限りあなたのお父様はそれくらいのことは平気でやりそうな人ですよ姫子さん?
何せハイジャックとか起こしちゃう人ですから!
「さあ、帰りましょう。今なら龍翔様は全て許すと仰っています。あなた様が素直にお帰りになってくだされば、
「「――!!!」」
カバ太は極めて無機質な
……くっ、こいつ!
「そ、それは!」
姫子さんは俺とカバ太を交互に見比べながら、口元をわなわなと震わせている。
――姫子さん。
「大丈夫ですよ、姫子さん」
「えっ」
「あなたのことは俺が絶対に守ります。俺を信じてください」
「――! ……浅井さん」
そう、あなたには俺の
こんなところで離れ離れになるわけにはいかないんですよ!
「ふむ、その根性だけは認めるが、この状況を素人の君がどうにかできるとでも思っているのか?」
カバ太は銃口を俺に向けたまま、ロボットみたいな能面顔で言った。
まあ、グラサンかけてるから、どの道表情はよく読めないんだけど。
「ああ、思ってるね」
俺はおもむろにバッグの中から、先程梅先輩から貰ったテニスボールくらいの大きさの球を取り出した。
「――! 何だそれは!」
「ふふふ、さあな!」
一思いにそのボールをカバ太目掛けて投げつけた。
「くっ!」
俺の予想では、おそらくこれはポケ○ンのモン○ターボール的なものではないかと思っている!
これをぶつければ、どんな相手だろうと中に閉じ込めて無力化出来るってわけだ!
流石俺の梅先輩!
そこにシビれる! あこがれるゥ!
「――無駄だ」
「えっ!?」
が、カバ太はそれを紙一重で躱し、あえなくモン○ターボールは後ろの壁にぶつかってしまったのだった。
ノオオオオオオウ!!!!
空気読めやカバ太!!!
今のはぶつかっとく流れだっただろうが!!
――その時だった。
「ぬ!? こ、これは!?」
「「――!?」」
壁に当たって弾けたモン○ターボールの中から、大量の煙が噴出してきた。
――あ、
辺りはたちまち煙が立ち込め、何も見えなくなってしまった。
「クソッ! 逃がさんぞ!」
ハハッ、誰が逃げるって言ったよ?
千載一遇のチャンスなのによッ!!
「チェストォぉぉおーーーー!!!」
――グシャッ
「はうっ!!」
俺が駆け寄って振り上げた右足の先に、確かな手応え(足応え?)を感じた。
俺は未だに、週14回はせがれいじりしてるんだぜ?
相手のせがれの位置なんて、目つぶっててもわかるってもんよ!
「が……がは」
目の前でカバ太が
念のため手で辺りの煙を払ってみると、そこには泡を吹きながら気を失っているカバ太が横たわっていた。
……ふう、一件落着ってとこか。
「浅井さん!」
「ふおっ!? ひ、姫子さん!?」
突然姫子さんに抱きつかれた。
えーーー!?!?!?
ま、まさかこのまま、
いや待ってくださいよ!
まだ俺、心の準備がッ!
そ、それに……、やっぱり
「もう! 心配しましたよッ! 私なんかのために、無茶しないでください!」
「え? あ、す、すいません」
なんで俺が怒られてるの?
俺そんな悪いことした?
それよりも、多分こりゃ
「何をしているんだカバ太。お前らしくもない」
「「――!!」」
だ、誰だッ!!?
声のしたほうに目線を向けると、そこには大勢の黒服を引き連れた、白スーツに身を包んだロマンス・グレーの男が佇んでいた。
こ、こいつは……!?
「……お父様」
そう、駅前のポスターでよく見る顔。
――城上龍翔だった。