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第64話:兄貴③

「変わった男だな、君は」

「あん?」


 あの後俺は黒服達に取り押さえられ、姫子さんと共にこの廃ビルの最上階に連れて来られた。

 今現在俺の頭には、目を覚ましたカバ太が銃口をゼロ距離で突き付けている。

 そんな俺のことを城上龍翔は「変わった男」と称した。

 いやいや、流石にテロを起こすような人よりは変わってないと思いますよお義父様?


「どういうことすか悪の総統閣下?」


 カバ太が銃口をぐりっと押し付けてきた。


「あ、浅井さん!?」


 あれ? またオレ何かやっちゃいました?

 でも姫子さんから心配してもらえるのは悪い気はしねーな。


「ふふ、そういうところだよ」


 龍翔は手を軽く上げカバ太を制し、余裕のある笑みを浮かべた。


「君と姫子は初対面だったんだろう? しかもこんなあからさまに怪しい風貌をしているのに。普通はいくら助けを乞われようが、受け入れたりはしないと思うがね。その上拳銃を突き付けられているのにその態度。――その余裕はどこからくるのかな?」


 いやいや俺と姫子さんは子供の頃に一度会っている可能性が無きにしも非ずという見解があったりなかったりするんですよお義父様?

 それにしてもニュアンスの違いはあれど、姫子さんと同じことを聞いてくるとは。

 ……やっぱり親子なんだな、この二人は。


「フッ、そんなの決まっているじゃないですか総統閣下。――女性が困っていたら手を差し伸べる! それが男ってもんでしょうッ!」


 決まったッ!!

 これで俺の卒業マイグラデュエーションはほぼ内定だ!

 ほらほら、姫子さんもあわあわした顔で俺を見ているよ?

 きっと頭の中は、俺の童貞チェリーブロッサムを奪うことでいっぱいだよ?

 ――まったく、罪な男だぜ、俺はッ!(倒置法)


「……なるほど、どうやら君は私には理解できないタイプの人種らしいな。よくわかったよ」


 ふふふ、そう落ち込むことはないですよお義父様。

 凡人に天才が理解できないのは、至極当然のことなのですから。


「――お、そうこう言っている内に、準備が整ったようだな」

「は?」


 龍翔は窓から下の方を覗きながらそう呟いた。

 準備?

 何の?


「君もこちらに来て見てみたまえ」

「はあ」


 俺は窓際まで寄って(当然カバ太も付いてくる)、龍翔の目線の先を追った。


「――なっ!?」


 なんじゃこりゃぁあ!?!?(ジーパン)

 そこには夥しい数の人だかりが出来ており、皆一様にこちらを見上げていた。

 中には報道カメラのようなものを向けている人もいる。

 あれ!?

 いつの間に俺、こんなにファンが出来たんだろう!?

 やっと時代が追い付いた!?

 智哉ー!!

 見てるか―!!

 お前のお兄ちゃんは平成のジャス○ィン・ビーバーとも言える、偉大な人物だったんだぞー!(ジャス○ィン・ビーバーも平成だよ)

 俺は目一杯カメラに向かって手を振った。


「彼らには私が声を掛けたんだよ。各マスコミに声明文を出してね」


 ――!?

 総統閣下が自ら!?

 指名手配犯なのに……?


を、彼らに見届けてほしくてね。――いや、


 は?

 さっきから何言ってんすか?

 ロシア語はさっぱりなんで、日本語で喋ってもらえます?


「お父様ッ! やっぱりやめましょう、こんなことッ!!」

「姫子さん!?」


 お、俺達のお義父様は、いったい何を?


「――日本で年間何人の人間が自殺しているか、君は知っているかね?」

「え」


 何すか唐突に?

 脈絡のない話題変換は、女性から嫌われますよ?


「うーん、300人くらいっすかねえ?」

「ふふ――実に約2万人と言われているよ」

「っ!!?」


 に、2万!?

 そんなに!?


「しかも10歳から34歳の死因第1位が自殺という嘆かわしい結果になっているんだ。事故死よりも自殺が多い国は日本のみなんだよ。一見経済的に豊かなこの国も、水面下にはドス黒いヘドロが沈殿しているのさ」

「……」


 マジで?

 俺だったら童貞チェリーブロッサム卒業マイグラデュエーションするまでは、死んでも自殺なんかしねーけどな。


「――何故だと思うかね?」

「はい?」


 と、言いますと?


「何故この国はこんなに腐ってしまっていると思うかね?」

「え、えーと」


 そんな難しいこと、一介の童貞チェリーブロッサムに聞かないでくださいよ。

 俺は梅先輩と姫子さんのおっぷぁいのことで頭がいっぷぁいなんですよ(おっぷぁいがいっぷぁい)。


「――それはね、トップに立つ人間達が、自分のことしか考えていないからさ」

「――!」

「結局この国は、一部の権力者だけが甘い蜜を吸えるような仕組みになっているんだ。六法全書に『人を殺してはいけない』とは書いてあっても、『権力者が我儘を通してはいけない』とは書いていないだろう? 民主主義とは名ばかり。日本は太古の昔から、一時も変わらず君主主義のままなのさ。君主の肩書きが変わっただけでね」

「……」


 なるほど、お義父様が中二病を拗らせてるのはよくわかりました。


「――だからこそ私は救国の光を立ち上げた! そして今日、この国は生まれ変わる!!」


 龍翔は高らかと両手を天に掲げた。

 うわあ、こういうイタい中年にはなりたくないなあ。

 今の「この国は生まれ変わる!!」のガッツポーズのシーンなんて、後で動画で見返したらそれこそ自殺モンだよ。


「先程政府に声明を出した。『今日中に政権を救国の光我々に引き渡せ』とね」

「はあ!?」


 正気っすかッ!?

 いくらあんたが中二病拗らせオジサンでも、そんなことは事実上不可能なのはわかるでしょ!?


「もちろん私も政府奴らがそんな要求を呑むはずがないことは百も承知だ」

「――?」


 じゃあ、何故?


「だからこそ、という一文も付け加えた」


 っ!?

 龍翔はフロアの中央に置かれていた、高さ1メートルくらいの物々しい機械を左手で指差した。

 遂先程黒服達が無言で設置していたから、手品でも見せてくれるのかと思ってたけど、そんな感じじゃないっぽいね?

 龍翔の右手にはいつの間にか、スイッチのようなものが握られている。

 ……ま、まさか、これは。


「ふふ、そう、これは我々が独自に開発したさ」

「――!!」


 な、なんだってー!(MMR)


「その威力は凄まじく、ひとたび起動すればこの辺り一帯は焼け野原と化すだろうね」

「ちょ、待てよ!!(キムタク)そんなことしたら、あんたらやこの街の人達も……」

「ああ、もちろん死ぬとも」

「なっ!?」


 龍翔は「それがどうかしたのか?」とでも言いたげな顔をしている。

 思わず姫子さんに目線を向けると、姫子さんは沈痛な面持ちで目を逸らした。

 ……姫子さんは全てを知っていたのか。

 姫子さんが最後に会いたい人がいると言っていた『最後』というのは、このことだったのか……。


「革命に犠牲は付き物だ。むしろ英雄とは最後に華々しく散ってこそ完成すると私は思っている。イエス・キリストもジャンヌ・ダルクも、だったからこそ、未だに語り継がれる程の伝説になっているのだ。――私は今日、伝説になる」


 ……。


「我々に政権を引き渡さなかった結果大量の犠牲者を出したとあれば、政府の信用は地に落ちる。そうすれば、その時こそこの国は本当の意味での民主主義に生まれ変わることだろう。――我々こそが、となるのだ」


 ……うむ。


「アホくさ」

「なっ!? き、貴様、今何とッ!?」

「アホくさって言ったんすよ、中二病総統閣下」

「お、おのれえええええッ!!!」

「浅井さん!?」


 最初の頃の鷹揚な態度はどこへやら。

 中二病総統閣下は昭和の漫画みたいにわっかりやすく激高した。

 対して姫子さんは、これまた昭和の漫画みたいに、額に縦線を入れて狼狽えている。


「き、貴様のような若造に何がわかるというのだッ!! 社会の厳しさも知らぬクセに偉そうな口を叩くなッ!!」


 出た出た、老害の決まり文句。


「そりゃあ俺はただのFラン大学の学生ですから、社会の厳しさ? なんてものは知りませんよ。――でもね、これだけはわかります」

「な、何だ」


 俺はすうっと一度深呼吸してから、口を開いた。


「――巨乳美女を犠牲にした上に成り立つ革命なんてものは、絶対に存在しません」

「――!?」

「あ、浅井さんッ!?!?」

「死ぬなら自分らだけで勝手に死んでくださいよ。なんで姫子さんまで巻き込もうとするんですか? 中二病拗らせオジサンがいくら死んでもこの国には影響ないでしょうが、巨乳美女が死ぬのは明らかに国損です。巨乳美女は重要無形文化財だって、大学で習わなかったんすか?」

「……浅井さん」

「……よくわかったよ。君が本物の馬鹿だということはな。――やれ」

「お父様ッ!!」


 龍翔はカバ太に手で合図をした。

 カバ太が握る拳銃の引き金に、力が入る気配がする。

 ……嗚呼、卒業マイグラデュエーションしたかったなあ。


「フッ、よくぞ言ったぞ、浅井」

「「「――!!!」」」


 こ、この声はッ!?!?

 振り返るとそこには――。


「後は私達に任せておけ」

「おほー! 遂に出番ですねー」

「どんどんぱふぱふ~、頑張っちゃうでござるよ~」


 もう一人の重要無形文化財――梅先輩が、ウニさんとクロダイさんを従えて立っていた。

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