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第72話:肘-1グランプリ③

「それでは浅井さん、一回戦第二試合の抽選をお願いします。FOOOOOOOOOOO!!!!」

「田島さん!?!?」


 今日の田島さんマジで何なの!?!?

 アッパー系のお薬でもヤッてるの!?!?

 ……いや、もう細かいことは気にすまい。

 とにかく今は粛々と仕事をこなして、さっさとこのいろんな意味で危ない大会を終わらせるんだ。

 それが結果的に僕の負担が一番少なくて済む選択肢なはず(社畜精神)。

 僕は抽選ボックスから一つボールを取り出した。

 そこには――。


「浅井さん、一人目を発表してください」

「は、はい――古賀さんです」

「イエス! 皆川先輩、私の活躍見ててくださいねー!」

「む? あ、ああ、……精々頑張れよ」


 古賀さんかあ。

 これは相手が誰でも波乱の展開になりそうだな……(第一試合の時もそう言ってなかった?)。

 それにしても皆川先輩ったら、またあんな素っ気ない態度をとっちゃって。

 内心は古賀さんのこと滅茶苦茶応援してるくせに。

 その証拠に、観客席の最前列を陣取ってるじゃないか。

 そしてまたしてもそんな皆川先輩リア充を、微居君ゴ○ゴが狙っている。

 先輩でもお構いなしだな君は!?

 絵井君! 肘北の平和は君の手に懸かっている!!

 是非この大会が終わるまで、微居君を食い止めておいてくれよ!(ここでもドラマが)

 今の内にさっさと二個めのボールを引いて、と。

 ――なっ!?


「浅井さん、二人目は?」

「…………梅先生です」

「フッ、そうか、一人目のモルモットは古賀か」


 古賀さん逃げて!!!

 ここに来て早くもジョーカーを引いてしまったッ!!

 い、いやでも、対戦種目の内容次第では古賀さんに危害が及ぶこともないかもしれない……!

 ただ、第一試合の時みたいにお互いの作った料理を食べさせ合うとかだったらアウトだ。

 どんなを入れられるか堪ったもんじゃない!

 頼む僕の右手よ!!

 せめて今回だけでも平和な種目を引いてくれ……!!

 僕は天に祈りながら、ボールを一つ引いた。

 ――こ、これはッ!?


「さあ浅井さん、対戦種目は何でしょうか」

「――『小説』です」

「おお!! 私の一番得意なやつじゃないですか!!」

「フッ、なるほど、そうきたか」


 まさかの小説対決!?!?

 これは…………どうなんだろう。

 一見古賀さんに圧倒的に有利なように見えるけど、古賀さんの作家としての腕はだからなあ。

 とはいえ変公が小説を書いてるなんて話は聞いたことがないし、まったくの素人よりは古賀さん有利、か……?


「それではルールを説明いたします。今からお二人には即興で短編小説を書いていただきます。それを皆川先輩に読んでいただき、勝者を決めていただくという流れになっております」

「む? 俺が?」


 何!?

 審査員は皆川先輩!?

 ま、まあ、うちの学校で一番小説に精通しているのは皆川先輩だろうし、妥当といえば妥当だろうが……。

 でも、皆川先輩は古賀さんの彼ピッピなんだし、彼ジョッジョである古賀さんを贔屓してしまうのでは……?


「……わかった、僭越ながら引き受けよう。――ただし、審査には一切私情は持ち込まんから、そのつもりでいろよ、古賀ッ!」

「ひゃ、ひゃい!?」


 あ、大丈夫かな。

 皆川先輩もああ見えて将来はプロの作家になる男だもんな。

 つまらない依怙贔屓はしないか。

 ……しないよね?


「フッ、では今回の対戦ステージを用意しよう!」

「「「――!!」」」


 変公がスマホを操作すると先程のキッチンが引っ込み、その代わりにパソコンが置かれた机が二台と、中央に巨大なスクリーンがせり上がってきた。

 何だあのスクリーンは!?


「フッ、小説が書き終わったらこのスクリーンにその小説を投影し、みんなにも読んでもらうのだ」


 また無駄に金をかけやがって!?

 ただの娯楽のために、どれだけの血税が使われているというのか……!!(憤怒)


「それではお二人共、早速執筆に取り掛かってください」

「癌罵詈魔酢!」

「フッ、肘川のサン=テグジュペリと呼ばれた私の腕を見せてやろう!」


 サン=テグジュペリに謝れ!!

 一番お前から遠い人物だろうが!?




「出来ました!」

「フッ、私も完成したぞ」


 今回も二人共早いな。

 まだ20分も経ってないのに。

 小説ってそんなに早く書けるものなの?(人によります)


「ではまずは古賀さんの小説の方からスクリーンに映しましょう! 峰岸先生、お願いします」

「フッ、任せろ」


 変公がスマホを操作すると、スクリーンに小説が映し出された。

 それはこんな内容だった――。







『南インド洋で捕まえて 第三章 ~胃背改に吹き荒れる故意の嵐~』



武者彦むしゃひこさん、第情部ですか!?」

「ああ、心配ない。お前は下がっていろンガポニョヌポ」

「もう! ンガポニョヌポって名前は嫌いなんですから、ドボルザークって呼んでくださいっていつも言ってるじゃないですか!」

「今はそれどころではないんだ!」


 グーテンモルゲン♪

 みんな久しぶり!

 私の名前は、松平まつだいら・ドボルザーク・マンマミーア・ンガポニョヌポ・明美あけみ

 日本人とドイツ人とイタリア人と、あとどこかの国のクォーター。

 気軽にドボルザークって呼んでね!

 ……おっと!

 今は武者小路むしゃのこうじ・ドボルザーク・マンマミーア・ンガポニョヌポ・明美になったんでした!(てへぺろ)

 憧れの武者小路先輩と結婚して11人の子宝に恵まれた私達だけど、たまには風腑二人だけの時間を過ごそうとデートしていたら、突然胃背改に連れてこられちゃったの!!

 これが今流行りの胃背改転移!?

 しかもいきなり目の前に間凹がいて、早くもクライマックス!!

 その間凹は、全盛期のウーパールーパーが高輪ゲートウェイ駅で恋ダンスを踊ってる様子が印刷されたセガサターンみたいな柄のマントを羽織っていた。

 キモッ!!!


「ん?」


 その時だった。

 私の蚊蛮の中の、ポケベルがブルブルと震え出した。

 誰よこんな時に!

 見ればそこには私の実家の電話番号が表示されていた。

 お、お火亜さん!?

 何かあったのかしら……。

 私は慌てて、近くにあった口臭電話で実家に電話をかけた。


「藻死藻死お火亜さん!? どうしたの!?」

『ドボルザーク……。例によって……、例によってポチが……』

「!!」


 まさか、そんな……!?

 嘘……。

 嘘だって言ってよ……!


「ポチイイイイイイイ!!!!」




 ――そして五分後。


「やったぞンガポニョヌポ! 間凹を倒したぞ!」

「凄い! 武者彦さんならできるって、私信じてました!」

「ンガポニョヌポ!」

「武者彦さん!」


 武者彦さんは胃背改を丸ごと包み込むくらいの広い胸で、私を抱きしめてくれた。

 胃背改ウォーリアー武者彦さんニーソックス、マーシャルアーツお姫様ニャッポリート。


「ンガポニョヌポ! 哀死手るッ!」

「武者彦さん、私もDEATH!」


 こうしてなんやかんやで南インド洋に戻った私と武者彦さんは、更に11人の子宝に恵まれて、末永く幸せに暮らしましたとさ。

 芽出多死芽出多死。



 ~fin~







「……ふむ、悪くないな」


 皆川先輩ッ!?!?!?


「今回の『その間凹は、全盛期のウーパールーパーが高輪ゲートウェイ駅で恋ダンスを踊ってる様子が印刷されたセガサターンみたいな柄のマントを羽織っていた』という比喩は、今までで一番マシだったと思うぞ」

「あ、蟻蛾糖ございます!」


 皆川先輩――!!


「この、『胃背改ウォーリアー武者彦さんニーソックス、マーシャルアーツお姫様ニャッポリート』というのは、『胃背改という土地で武者彦さんに抱きしめられていると、まるでお姫様になったかのようだった』というのの誤字だろうが、まあ、このままでも何となく意味は通じるしな」


 ……皆川先輩。


「あといつもの愛犬が死ぬくだりも、最早これがないとこのシリーズも成り立たなくなっているから妙な安心感がある」

「そうですよね! そこは私の一番のこだわりなんです!」


 ダメだこの人……。

 何回も古賀さんの小説を読んでるうちに、段々これに慣れてきちゃったんだ……。

 どんなに苦い薬も、毎日飲んでたら慣れてしまうのと同じで。

 あと、どれだけ口では贔屓しないとは言っても、やはり心のどこかでは古賀さんに勝ってもらいたいという気持ちがあったのだろう。

 それが無意識のうちに、表に出てしまったか……。

 やれやれ、皆川先輩も人の子だな。


「おおっとこれは古賀さんが一歩リードでしょうか。では峰岸先生、続いては峰岸先生の作品を映してください」

「フッ、よかろう。皆の者、刮目して見よ!」


 さてと、変公の書いた小説か。

 どんなのが出てくるかまったく予想がつかないけど、果たして……?






『アブラゼミの鳴く居間で』



初枝はつえさん!」

「ダ、ダメよ将司まさしくん! 私達は、なのよ!?」

「……でも、血は繋がってないじゃないか」

「――!」

「それに俺は、初枝さんのことを母親だなんて思ったことは一度もないよ。――ずっととして見てきたんだ」

「――っ!?」


 アブラゼミの鳴き声が響く古びた居間で、将司は義理の母親である初枝のことを押し倒していた。


 男手一つで将司を育てた父親である圭一郎けいいちろうは、三年前に将司と五つしか歳の違わない初枝と結婚した。

 初めて初枝に会った時の衝撃は今でも忘れられない。

 そこには自分の理想とする女性が佇んでいた。

 本物の大人の女だけが持つ媚薬のような色気を、初枝は全身に纏っていた。

 将司は一目で初枝の虜になった。

 ――だが所詮自分と初枝は義理の親子。

 初枝への想いは心の奥底に仕舞い込んで、ずっと蓋をしてきたのだ。


 しかしそんな圭一郎もちょうど一年前、癌で他界した。

 今日は圭一郎の一周忌。

 喪主として喪服姿で親族達に挨拶する初枝を見ていた将司は、遂に自分の気持ちを抑えきれなくなってしまった。


 ――そして親族達が帰り二人だけになった途端、初枝のことを押し倒したのだ。


「……お願いだからやめて将司くん。こんなこと、いけないわ……」

「――!」


 将司は気付いた。

 口ではそう言うものの、初枝の抵抗する素振りが弱いことに――。

 ――やはり自分の考えは間違っていなかった。

 流石に将司も、まったく勝算がなければこんなことはしない。

 圭一郎が亡くなってからのこの一年、初枝の自分に対する視線が、徐々に色を伴ったものに変化したように感じていたのだ。

 ――おそらく初枝も心のどこかでは自分を待っているはず。

 それが今日証明されたに過ぎない。


 ――あとは押すだけ。


「――初枝さん、好きだ」

「っ! ま、将司くん……」

「好きだ好きだ。――俺は初枝さんが好きだ!」

「……あ、あぁ」


 最早初枝は、観念したように全身の力を抜いてしまった。


「……初枝さん」


 将司は初枝の唇に、そっと自分の唇を重ねようとした。

 ――が、


「――ま、待って将司くん!」

「――っ!」


 何だ――?

 この期に及んで、まだ世間体を気にしているのか。


「せ、せめて……、せめて圭一郎さんの遺影だけは、伏せさせて」

「――!!」


 そういうことか。

 屈託のない笑顔をこちらに向けている圭一郎の前では、自分を受け入れられないということか。

 ――だが、


「いや、ダメだね」

「――え」

「親父に見せつけるんだよ。――もう初枝さんは、ってね」

「っ!! ……将司くん」


 薄っすらと涙を浮かべながら小刻みに震える初枝の顔は、将司の劣情をこれでもかと刺激した。


 ――居間にはアブラゼミの鳴き声が、いつまでもいつまでも鳴り響いていた。



 ~完~







 官能小説かな!?!?!?

 こんなの高校生の前で発表してもいいの!?!?!?

 しかも一教師が!!!


「……ふむ、これはなかなかですね」


 皆川先輩――!!?


「義理の母親を愛してしまった主人公の心の機微が、まあまあ上手く描けていると思います」

「フッ、皆川にそう言ってもらえるとは、恐縮だな」


 ……皆川先輩。


「ただ相手の女性の描写が若干弱い気がしますね。何故主人公がこの女性を好きになったのか。どんな仕草や表情に惹かれたのか。その辺をもう少し掘り下げていれば、より主人公に感情移入できたかもしれません」

「なるほど、言われてみればその通りではあるな」


 いや真面目かッ!!!!

 ま、まあ、皆川先輩は文学の道を極めんとする人なのだから、これがあるべき姿なのかもしれないが……。

 イマイチ腑に落ちないのは何故だろう……?


「では皆川先輩、勝者を発表してください」

「うむ。なかなか甲乙つけがたい内容ではあったが――ここは峰岸先生で」

「そ、そんなあ!?」

「フッ、これにて一件落着ッ!!」


 変公が扇子をパンッと小気味良い音をさせながら広げた。

 いやむしろ僕的にはここでお前に負けといてもらった方が一件落着だったんだが。

 まあ、冷静に考えれば古賀さんの小説はいろいろと破綻してたし、妥当といえば妥当なのだろうけど……。


「びえ~ん、せんぱ~い。何でですか何でですか~」

「むむッ!?」


 泣きながら観客席に下りた古賀さんは、いつもみたいに皆川先輩の胸にぐりぐりとおでこを押し付けた。

 そして皆川先輩は、そんな古賀さんの耳の裏の匂いを嗅ぐのを必死に我慢している(白目)。


 皆川先輩もこんなに我慢してるんだから、微居君もそれを我慢してねッ!

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