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第73話:肘-1グランプリ④

「さあ浅井さん、一回戦第三試合の抽選をお願いするだっちゃ!」

「だっちゃ!?」


 ラ○ちゃん!?

 田島さんのキャラの迷走っぷり半端ないなッ!!

 売れない芸人並みにいろんなキャラ試してんじゃんッ!!

 ……おっと、平常心平常心。

 余計なツッコミで体力を浪費するのは得策ではない(学んだ)。

 さっさと抽選を済ませよう。

 さて、あと残っているのは篠崎さん、熊谷さん、小牧さん、優子、か。

 どれどれ――。

 僕はおもむろに一つのボールを引いた。

 ――こ、これは……!?


「浅井さん、発表してください」

「――有栖先生です」

「うふふ、真打登場ってわけね」


 二枚目のジョーカー引いちゃったーーー!!!!

 いやむしろ、場合によっては変公以上にヤバいかもしれない……。

 何せ優子は地球人ですらないのだ……!

 少なくとも、スポーツ系の種目だった場合は相手にほぼ勝ち目はない。

 そもそも今更だけど、何でお前が出場してんだよ!?

 草野球にメジャーリーガーが来る並みに大人げないぞ!?


「浅井さん、二人目は誰だっちゃ?」

「あ、今引きます……」


 田島さんのだっちゃメッチャ鼻につくッ!!!

 頼むからそのキャラだけは今すぐやめてほしい!!

 い、いや、今はそれよりも優子の対戦相手だ。

 ゴメンね対戦相手さん!

 お願いだから、誰が当たっても僕を恨まないでね!

 僕は天に祈りながら、えいやとボールを引いた。

 そこには――。


「浅井さん、来栖先生のお相手は?」

「――熊谷さんです」

「押忍! 相手にとって不足はないっす!!」


 熊谷さんかあ……。

 まあ、残りの三人の中では一番運動神経は良さそうだけど、優子の身体能力はそれ以前の問題だからな。

 いずれにせよスポーツ系の種目だけは引かないようにしないと(使命感)。


相模さがみセンパイッ! この勝利を、センパイに捧げるっすッ!」

「いや、そういう台詞は勝ってから言えよ。そもそも捧げられてもどんな顔すりゃいいかわかんねーよ」

「あれ!? 孝一こういち兄ちゃん!?」

「オ、オウ智哉。久しぶりだな」

「孝一兄ちゃんと熊谷さんて知り合いだったの!?」

「あー……、まあ、な」


 今まで気付かなかったけど、最前列に孝一兄ちゃんが座っていた。

 孝一兄ちゃんこと相模孝一は、僕の家の近所に住んでいる一歳上の幼馴染だ。

 子供の頃はよく、孝一兄ちゃん、僕の兄貴、勇斗、僕の四人で公務員ファイターで遊んだものだ(因みに孝一兄ちゃんが一番上手かった)。

 最近はめっきり話す機会は減ったけど、まさか孝一兄ちゃんと熊谷さんが知り合いだったとは。

 帰宅部の孝一兄ちゃんと空手部の熊谷さんに接点があるとは思えないけど、いったいこの二人の間に何が……?


「ジ、ジブンと相模センパイは、休日に二人で買い物に出掛けるような間柄っす!!」

「えっ!?」


 く、熊谷さんッ!?!?


「コラ熊谷ッ!! 誤解を招く言い方をするな!!! あれはお前の買い物に俺が仕方なく付き合ってやっただけだろうが!」

「えーー! そ、そんなぁ」


 おや!?!?

 こ れ は。

 そこはかとなく香る、リア充の匂い……!

 その証拠に、微居君リア充絶対殺すマンがビンビンに殺意を向けている……。

 まったく、孝一兄ちゃんも隅に置けないな!

 このことをうちの兄貴バカが知ったら、また嫉妬に狂う暴れるだろうなぁ……。

 幼馴染の中で、あいつだけ非リアだからな(辛辣ゥ)。

 ……まあいいや。

 今の僕には、平和な種目を引くという大事な使命があるんだ。

 集中しないと。

 僕は乾坤一擲の思いで奥の方からボールを取り出した。

 すると――。


「ダーリン、種目は何だっちゃ?」

「ダーリン!?!?」


 完全にラ○ちゃんに寄せてんじゃん!?!?!?

 今重要なシーンなんだから、余計なボケ挟まないでくんないかなッ!!?


「――種目は、『かるた』です」

「うふふ、もらったわね」

「押忍! かるたならジブンも自信あるっす!」


 か、かるたかぁ。

 これは……微妙なところだな。

 スポーツといえばスポーツだし。

 でも、身体能力だけで勝負が決まる競技でもないし、反射神経次第では熊谷さんにも勝機はある、か……?


「フッ、では舞台を用意するか」


 変公がスマホを操作するとパソコンが置かれた机が引っ込み、代わりにかるたが置かれた畳が現れた。

 だが中央の巨大なスクリーンはそのままだ。


「ルールを説明いたします。今回は競技かるたをベースにした変則ルールで戦っていただきます」

「競技かるた?」


 競技かるたというと、百人一首を使ってやるあれのことか?


「まずはお二人共、かるたを挟んで向かい合ってお座りください」

「うふふ、こんな感じ?」

「押忍! ジブンは正座も得意っす!」


 二人が席に着いた途端、スクリーンに二人を俯瞰で見た映像が現れた。

 ああ、確かに客席からはこの方が見やすいな。

 変なところで気が利く変公だ。

 だが、かるたの札は優子の手前に10枚、熊谷さんの手前に10枚の、計20枚しか見当たらない。

 普通かるたって五十音分あるものじゃないの?

 まあ、『ん』の札とかはないんだろうけど。


「それぞれお二人の前にある10枚が自陣の札になります。通常のかるたはより多くの枚数を取った方の勝ちになりますが、今回は競技かるた風に、自陣の札を先になくした方の勝利といたします」

「うふふ、了解」

「押忍! 要は目の前の札を先に殲滅した方の勝ちってことっすね!」

「熊谷ッ! 何でお前は発言がいつもそう物騒なんだ!?」


 熊谷さんへのツッコミは孝一兄ちゃんがやってくれるから楽だな。

 そもそも前から思ってたんだけど、普段はツッコミ役が僕しかいないから、僕だけ負担が尋常じゃないんだよね。

 しかもこれでノーギャラなんだぜ?

 ブラック企業も真っ青だっつーの!

 おれはかーちゃんのどれいじゃないっつーの!!(ジャイ○ン)


「相手の陣の札を取った場合は自陣の札を1枚相手の陣に送ることができます。また、お手つきをした場合は逆に相手から1枚札を送られます」


 ふむふむ。

 つまりお手つきをした上で自陣の札を相手に取られたら、一気に2枚も送られちゃうってことか。

 慎重さと大胆さが同時に求められる、意外と奥が深いゲームだな。


「尚、ご覧の通り札は全部で20枚しかありません。それに対して読み札は五十音分用意されています。つまり半分以上は読まれない札――通称『空札からふだ』なので、お手つきには十分注意してください」

「うふふ、了解よ」

「押忍! ジブンの右正拳突きを見せてやるっす!」

「お前本当にわかってるか!?」


 もうずっと孝一兄ちゃんにはいてほしいな。


「因みに今回使用するかるたは峰岸先生に作っていただいた特注品です」

「フッ、なかなか作り甲斐があったぞ」


 何!?

 変公の特注品!?

 ……そこはかとなく嫌な予感がする!


読手どくしゅは私田島勇斗が務めさせていただきます」


 田島さんは手元に分厚い詠み札の束を用意した。

 マジで今大会の田島さんは八面六臂だな。

 今まであんなに空気が薄かったのが嘘みたいだ(辛辣ゥ)。


「それでは勝負開始です」

「うふふ、滾るわあ」

「押忍! ジブンも負けないっすよ!」

「……頑張れよ、熊谷」


 小声でボソッと熊谷さんを応援した孝一兄ちゃんを、僕は見逃さなかった。

 そして当然、微居君パニッシャーも見逃さなかった。

 絵井君、後は頼んだよ!


 ――途端、辺りが静謐な空気に包まれ、田島さんが1枚の詠み札を取り出し、それをジッと見つめた。

 ――いよいよ、勝負が始まる。


「――『あ』さいが女装した時の写真、1枚2000円で売れた」

「はぁい!」

「ぬあ!?」

「「「――!!」」」


 あっぽりーと!?

 優子が文字通り目にも止まらぬ速さで、熊谷さんの陣の『あ』の札を奪い去った。

 や、やはり身体能力では優子には誰も勝てないんじゃ……。

 …………いやそれよりも今の詠み札の内容何ッ!?!?!?

 僕が女装した時の写真を2000円で売っただと!?!?

 文化祭の時のやつか!!?

 テメェ変公!!!!

 それが事実だったら出るとこ出るからなッッ!!!!

 そもそも誰に売ったんだよ……。


「うふふ、ダメよ熊谷ちゃん、油断しちゃ。そんなんじゃ意中の男は落とせないわよ?」

「ぬ、ぬぐうぅぅ」


 うおお……、女の戦いって感じだな。

 でもまだ勝負は始まったばかりだ。

 落ち着いて熊谷さん!

 僕は君を応援してるよ!


 ――続いて2枚目の札を田島さんが取り出した。


「――『し』のざきにゆう×ともの写真、1枚5000円で売れた」

「はぁい!」

「させないっす!! ……あ、あれ?」

「「「――!!」」」


 しっぽりーと……!!

 一瞬何が起きたのか理解できなかった。

 だがどうやら状況から察するに、空札だったのにワザと優子は熊谷さんの陣の札を取るフリをして、熊谷さんにお手つきをさせたらしい。

 な、何て狡猾なんだ……。

 …………いやだからそれよりも詠み札の内容よッ!!!!!

 どんだけ僕で儲ければ気が済むんだよ変公オラァ!!!!

 篠崎さんもしれっと買ってるんじゃないよッ!!!


「やれやれ、やっぱりまだまだ熊谷ちゃんには女としてのテクニックが足りないみたいね。よかったら私が手解きしてあげてもいいのよ?」

「よ、余計なお世話っすッ!!」


 ううむ、どうやらこれは身体能力以前に、駆け引き的な部分で熊谷さんは圧倒的に不利みたいだな。

 宇宙海賊として長年星の数程男を落としてきた優子と、猪突猛進タイプの熊谷さんじゃ経験値が雲泥の差だろうからな。

 ……これは、厳しいか?


 案の定その後の展開は一方的なものだった。

 時に軽やかに、時に小賢しく場を掻き回す優子に対し、熊谷さんは焦り故にお手つきを頻繫させてしまい、結局1枚も札を取れないまま優子の札はラスト1枚になってしまった。

 やはり地球人じゃ無理だったか……。


「う、うぅ……」

「うふふ、アラアラ、もう降参かしら?」


 遂に熊谷さんは、諦めたように目を伏せてしまった。

 しょうがない、君はよく頑張ったよ熊谷さん。

 今回は相手が悪かったよ。


 ――その時だった。


「――熊谷いいい!!! まだ勝負は終わってねーだろッ!!! いつもはあんな執拗に俺に正拳突き打ってきてんだから、このくらいで諦めんじゃねえッ!!!」

「「「――!!!」」」

「――!! ……さ、相模センパイ」


 孝一兄ちゃん!!?

 いつもはクールな孝一兄ちゃんが、こんなに声を荒げるなんて……。

 やっぱり孝一兄ちゃん、熊谷さんのことを……。

 あと、孝一兄ちゃんっていつも熊谷さんに正拳突き打たれてるの?

 いったいどんなご関係なのかな??


「――しゃーーー!!!!」

「「「――!?」」」


 途端、熊谷さんは自分の頬を両手で思い切り叩いた。

 ――熊谷さん!


「ありがとうございますっす相模センパイ! もうダメだと思った時にジブンの心を救ってくれるのは、いつだって相模センパイっす!!」

「お、おぉ……、そ、そうか」


 孝一兄ちゃん逃げてッ!!!

 微居君死神で狙われてるからッッ!!!!


「見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした来栖先生。――ここからが、熊谷強子っす」

「うふふ、それはそれは、楽しみだわ」


 俄然場の空気が変わったのを感じた。

 だがそうは言っても状況が絶望的なのは変わりない。

 本当にここから逆転なんてことができるのか……?


「では次の詠み札を詠ませていただきます。お二人共よろしいだっちゃ?」

「うふふ、よろしいわよ」

「押忍ッ!! どんとこいっす!!」


 思い出したようにラ○ちゃんを挟むなよッ!!!?

 これで勝負が決まるかもしれないって時に!!


 ――田島さんは1枚の詠み札を目の前に掲げた。

 ――ゴクリ。


「――『に』せん円で売れたっていう浅井の女装写真だけど、買ったのは足立だから」

「はいッ!! はいっすううう!!!」

「っ!! な、何ですって……!!?」

「「「――!!」」」


 にっぽりーと!!?

 い、今のは……!!

 一瞬優子の陣のラスト1枚に手を伸ばした熊谷さんだったが、凄まじいキレで腕を返し、そのまま自陣の『に』の札を払ったのだった。

 そして優子の陣の札を取ろうとした際の熊谷さんがあまりに鬼気迫っていたため、優子は思わず自陣の札に手をついてしまった。

 つまり優子のお手つきで、1枚対10枚で9枚差だった状況が、今の一戦だけで2枚対8枚の6枚差にまで縮まったってことか……!!

 うおおおおおおお、熊谷さあああああん!!!!!

 …………まあ、それはそれとして、買ってたのまーちゃんかよッッ!!!!

 見事に購入者が身内しかいないんですけどッ!!?

 あとなんで詠み札の文章が前のと繋がってんだよ!!?

 かるたとしておかしいだろそれッ!!!


「相模センパーーーイ!!! ジブンやりましたよーーー!!!!」

「ちょっ!? ハズいからあんまデカい声出すなよ! それにまだ勝負は終わってねーぞ。油断すんなよな」

「うふふ、お安くないわね」


 確かにこれは優子の言う通りお安くないわ。

 そりゃ微居君万引きGメンも鋭い眼光で睨みつけるわ。


 だがこの後の熊谷さんは油断するどころか右肩上がりに調子を上げ、優子との差を着々と詰めていった。

 優子も意地を見せところどころで札を奪取するものの、気が付けばいつの間にか二人共札はラスト1枚になっていた……!

 ――つまり、次で勝負が決まる!


「うふふ、やるじゃない。――こうなったらもう勝負は運次第ね」


 確かに。

 場に札は2枚しかない上、相手の陣へは物理的な距離がある以上、自陣の札を詠まれた方が圧倒的に有利だ。

 自陣の札が詠まれた側が勝つと言っても過言ではないだろう(確かこういう状況を、競技かるたでは『運命戦』と言うのだったか?)。

 優子の陣の札は『ひ』。

 そして熊谷さんの陣の札は『さ』。

 『ひ』が詠まれれば優子の勝ち。

 『さ』が詠まれれば熊谷さんの勝ち。

 ううう、き、緊張するうううう。


「いや、申し訳ないっすがこの勝負、ジブンの勝ちっす」

「……! 何ですって」


 熊谷さん……!?

 その自信はどこから……?


 ――そんな中田島さんが、恐らく最後の1枚となる詠み札をゆっくりと取り出した。

 ――果たして。


「――――『さ』がみに熊谷の写真、1万円で売れた」

「はいっっっすううううううう!!!!!!!!」

「「「――!!!」」」


 さっぽりーとおおおおおお!!!!!!!

 く、熊谷さんの勝ちだあああああああ!!!!!!!!!

 …………てか、孝一兄ちゃん!?!?


「い、いや、買ってない! 買ってないぞ俺はッ!!」


 思わず孝一兄ちゃんの方を向くと、孝一兄ちゃんは必死の形相で弁解をしてきた。

 ……ホントかな?

 てかもしかして変公は、研究資金をそうやって稼いでいるのか?

 ……次は法廷で会おう!

 あと、熊谷さんが勝利を確信してたのは、『さ』がみの札が詠まれるって信じてたから、か。

 ……やれやれ、とことんつくづくお安くない。


「うふふ、私の完敗だわ。なかなかやるわね、あなた」

「押忍! 恐縮っす!」


 優子と熊谷さんは、畳の上で固い握手を交わした。

 急にスポコン漫画みたいな展開に……。


「――恋のほうの勝負も、頑張ってね」

「なっ!? ななななな何のことっすか!?!?」


 優子が耳元でボソッとそう呟いた途端、熊谷さんは茹でダコみたいに耳まで真っ赤になった。

 いや、今更誤魔化しても、最早全校生徒にバレバレですよ(呆れ)。

 そんな熊谷さんは一転、満面の笑みを孝一兄ちゃんに向けたのだった。


「相模センパイッ!! この勝利を、センパイに捧げるっす!!」

「ん、あ、ああ……、ありがとよ」


 有言実行の女、熊谷強子(迫真)。

 ただ、このままだと孝一兄ちゃんは微居君閻魔大王に命を捧げることになっちゃうから、早く逃げてね?

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