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第81話:東部警察①

「ヒャッハー! 大人しくこのバッグに金を詰めヒャがれー!」

「「ヒャッハー!」」

「きゃああああッ!!」


 閑静な銀行内に突如響き渡る銃声。

 モヒカン刈りでトゲトゲ付きの肩パットを装着した三人組が入店するや否や、リーダー格と思われる男が拳銃を天井に向かって発砲した。

 ――そう、銀行強盗である。


「ヒャッハー! もヒャもヒャしてんじゃねえ! 死にてえのヒャ!」

「ひいいぃ……!」


 銃口を突き付けられながらも、震える手で金を詰める新人銀行員のコガ。

 そんなコガのことを心配そうに見つめる、現在コガと同棲中の支店長ミナガワ。

 来月には入籍を控えている二人だが、ヒャッハーな凶弾が二人の仲を引き裂いてしまうのかと思われた、その刹那――。


「フッ、坊や達、良い子はお昼寝の時間だぞ」

「「「――!!」」」


 赤いネクタイを締めた黒シャツの上に白衣を纏い、下はタイトな黒のスラックス、そしてティアドロップフレームのサングラスをかけた背の高い女が、不敵な笑みを浮かべながら颯爽と現れた。


「だ、誰ヒャお前は!? ブッ殺ヒャれてえのヒャッ!!」

「ヒャッハーッ!!」

「ヒャッハッハ―ッ!!」


 すかさず女に銃口を向けるヒャッハー達。

 ――が、女は怯む素振りすら見せない。

 それどころか――。


「フッ、無駄だ。そんなオモチャじゃ、私にはかすり傷一つ付けることは出来んよ。痛い目を見ん内に、大人しく投降した方が身のためだぞ」

「「「ヒャッ!!?」」」


 わざわざ相手を挑発するような物言いをする女。

 ただでさえ短いヒャッハーの血管が、破裂寸前まで膨れ上がる。

 そして――。


「あ、あの世で後悔しヒャがれえええええッ!!!!」

「「ヒャッハーッ!!!!」」

「「「――!!!」」」


 一切の躊躇なく女に引き金を引くヒャッハー達。

 ヒャッハーの放ったヒャッハーな銃弾が、無慈悲にも女の胸に突き刺さる――。


 ……かに思われたが、


「――フッ、無駄だと言ったのが聞こえなかったのか?」

「「「ヒャヒャヒャヒャッ!!!!?」」」

「「「――!!!!?」」」


 その場にいた人間は一人残らず我が目を疑った。

 それもそのはずだ。

 女の胸は、まるで傘が雨粒を弾くかの如く、銃弾を弾き返したのだ。


「……そ、そんなバヒャな」

「フッ、この服には、私が開発した『メチャカターイ』というメチャ硬い金属が編み込んである。たとえマグナム弾であろうと、この服の前ではポップコーンも同然さ」

「っ!!? う、嘘だ……、そんなもの、実在するはずがねえッ!!」


 あまりのショックにヒャハ語すら忘れてしまっているヒャッハーリーダー。


「フッ、まあ信じるか信じないかは、お前達次第だがな。――さてと、そろそろ幕引きとするか」

「――ヒャ?」


 するとおもむろに女はおっぷぁいの谷間から拳銃を取り出し、ヒャッハー達に銃口を向けた。


「「「――!!!?」」」

「ヒャ、ヒャってくれッ!!! 俺達がヒャるかったッ!!! 自首する! 自首するヒャらッ!!」

「「ヒャ~~~~」」

「フッ、まあまあそう言わず、せっかくだから喰らっておけ」

「「「ヒャッハー!?!?!?」」」


 乾いた銃声が続けて三度鳴り響き、ヒャッハー達三人の眉間に寸分の狂いなく銃弾が直撃した。


「「「ヒャ……ハ……」」」


 ヒャッハー達は波が砂の城を潰すかの如く、その場に崩れ落ちた。


「フッ、安心しろ。今のは私が開発した特製のゴム弾だ」


 ゴム弾だったら発砲してもいいという謎理論。


「そうだ、名乗り遅れていたな。――私の名は『ウメ』。しがないただのさ」


 おっぷぁいの谷間から警察手帳を取り出したウメだが、気絶しているヒャッハー達の目にそれが映るはずもなかった。


 ――これは東京都の東部に位置する――むしろほとんど千葉県と言っても過言ではない――凶悪犯罪渦巻く『ヒジカワ』を取り締まる、『東部警察署』を舞台にした物語である。




「ウメエエエエエエ!!!!! テメェこの野郎!!!! 自首しようとした犯人の眉間に、ゴ○ゴ13ばりに銃弾撃ち込んだそうだなぁ、オイッ!!!!」


 東部警察署の署長室でウメに対して怒声を上げている、署長のアサイ。

 だが当のウメはホームパーティー中の有閑マダムの如く優雅な笑みを浮かべている。


「フッ、せっかく開発したゴム弾だったので、どうしても現場で試し撃ちしたかったもので」

「モデルガンを買ってもらった小学生の発想ッ!!!! ……ぐっ、胃……胃が……」


 いつもながらの破天荒なウメの言動に、胃を痛めるアサイ。


「うふふ、署長、はい、胃薬とお水です」

「あ、ああ……、ありがとうアリス君」


 そんなアサイに流れるように胃薬と水を差し出す、美人婦警のアリス。


「……まったく、今日からお前も先輩になるんだからな。いい加減一般常識というものをその腐った脳味噌にダウンロードしておけよ」

「フッ、ああ、そういえば今日からでしたか、がくるのは」

「ああ……、入りたまえ」

「し、失礼いたします!」


 緊張した面持ちで署長室に入ってくる、パンツスーツ姿の若い女。


「ほ、本日からこの東部警察署でお世話になる、シノザキと申します! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」


 折り目正しく90度に礼をするシノザキ。

 彼女は今日付けでこの東部警察署に赴任してきた、新米刑事である。


「フッ、よろしくなシノザキ。私はウメだ」

「は、はい、こちらこそ!」


 爽やかな笑みを浮かべながらシノザキと握手を交わすウメ。

 この光景だけを切り取れば、さぞかし頼れる先輩に映ることだろう。


「はぁ~、……シノザキ君、君にはしばらくこのウメとコンビを組んでここでの仕事を覚えてもらう」

「はい! 一日でも早く戦力になれるよう、精進する所存です!」

「……うむ、その心意気や良し。――ただくれぐれも、は吸収しないようにね……!?」

「は、はぁ?」


 イマイチアサイの言わんとしているところが掴み切れないシノザキ。


「フッ、なあに、任せておけ。私が必ずや、お前を一人前の刑事にしてみせる」

「はいっ! 恐縮です!」

「う、うぅ……、胃が……」


 新米刑事の未来を憂いて、またもや胃が軋むアサイ。


「うふふ、署長、はい、胃薬とお水です」

「あ、ああ……、ありがとうアリス君」


 アサイに本日二度目となる胃薬と水を差し出す、美人婦警のアリス。

 そんな短期間に何度も胃薬を飲んだら逆効果ではないだろうか?


「……因みにウメ、最近『魔王』がまた動き出したという情報が入っている」

「――!! ……何ですと」

「? 魔王?」


 警察内では聞き慣れないファンタジックな単語に小首をかしげるシノザキ。


「……フッ、私と魔王は不倶戴天の敵とも言うべき間柄でな。ヤツに手錠をかけることこそが、私の生き甲斐と言っても過言ではないのだ」

「そ、そんな凶悪犯なんですか!?」


 確かにヒジカワは某世紀末漫画の如く治安が悪いことで有名な街だが、その悪の全てを束ねているともとれる『魔王』という響きに、全身の細胞が震え上がるシノザキであった。


「フッ、こうしてはおれん! 聞き込みに出るぞシノザキ!」

「あ、はい!」

「くれぐれも発砲だけはするなよッ!!」


 胃を抑えながら必死に釘を刺したアサイの言葉がウメに届いていたのかは、神のみぞ知るところである。




「あ、あのお、ウメ先輩、聞き込みといっても、いったいどこから……」

「フッ、案ずるな、当てはある。餅は餅屋と言うだろう?」

「はぁ?」


 そうこう言っている内に、小さな公園に辿り着いた二人。

 その公園のベンチに、二人の男が座ってあやとりをしているのがシノザキの目に入った。

 一人は快活な雰囲気を感じさせ、誰とでも仲良くなれそうな青年。

 もう一人は対照的に、長い前髪で目元を隠した、決して社交的には見えない青年だ。

 ――こんな平日の昼間から、男二人が公園であやとり?

 ……エクッフ!

 生粋の腐女子エクフラージュであるシノザキは、それだけで妄想ドリーミングが止まらなかった。

 が、ウメはそんなシノザキの心情を知ってか知らずか、男二人が座っている隣のベンチに腰を下ろす。

 あたふたしながら、シノザキもそれに倣った。


「やあ、ウメさんじゃないですか。お久しぶりですね」


 快活な男のほうがウメに声を掛ける。

 ウメ先輩のお知り合い!?

 それなら是非、二人の詳しいプロフィールを教えてもらえないだろうかと内心企むシノザキ。


「フッ、例によってが欲しくてな。――それもトビキリのだ」

「ああ、というとのことですかね」


 情報!?

 この二人は所謂情報屋というやつなのだろうか?

 むしろあなた達二人が情報屋としてやっていくに至った経緯の情報を売って欲しいと心の中で叫ぶシノザキ。


「でも『魔王』の情報はお高いですよ? 報酬は用意できるんですか?」

「フッ、これならどうだ?」

「そ、それは……!?」


 ウメがおっぷぁいの谷間から取り出したのは、一つの古めかしいベーゴマであった。

 ベーゴマ?

 ただのベーゴマが報酬?


「貸せッ!!」


 ――!?

 すると今までウメのほうを見ようともしていなかった長い前髪の男が、目の色を変えて(いや、目は前髪で隠れて見えないのだが)ウメからベーゴマを奪うように取り上げた。


「……間違いない、本物の『虐殺ベーゴマ』だ」


 虐殺ベーゴマ???

 ――そう、ウメが報酬として用意していたのは、昭和の子供向け人気テレビアニメのキャラクター、『虐殺臓物太郎』が掘られたプレミア中のプレミアベーゴマ――通称『虐殺ベーゴマ』だったのである。


「ははあ、流石ウメさんですね。これだけのものを出されちゃ、俺らも応えないわけにはいきません」


 そう言うなり快活な男は、声のトーンを落としながら語り始めた。


「――最近魔王は、裏カジノの経営に精を出しているようです」

「……フッ、なるほど、やつらしい」


 裏カジノ!?

 最近ヒジカワでも特に問題になっているものの一つだが、それに魔王が関与しているというのか……。


「場所は割れているのか?」

「ええ、いくつかダミーの店舗があるようですが、おそらく本命は三丁目にある『チュパオケ館』のビルでしょう」

「フッ、有り得るな」


 チュパオケ館は三丁目にひっそりと建っているカラオケ店である。

 確かにカラオケ店であれば防音設備も充実しているだろうし、裏カジノの隠れ蓑としては適しているのかもしれない。


「合言葉は『のわっさほーい』です。店員にそう言えば、に案内してくれるそうですよ」

「フッ、助かった。また何かあれば手を貸してもらうぞ、エイ、ビイ」

「へへ、こちらは相応の報酬さえいただければ何でも提供しますよ」

「……次は『鱗粉目潰し次郎』のベーゴマが欲しい」

「フッ、探しておこう」


 用は済んだとばかりに、にべもなく立ち上がるウメ。


「行くぞシノザキ――魔王の住む城へな」

「は、はい!」


 颯爽と歩き出すウメに後ろからついていくシノザキだが、ふと振り返ると、エイとビイが『虐殺ベーゴマ』を二人で手に取り、ウットリしながら眺めている光景が目に入った。


 ――エクストリームヘヴンフラーーーッシュ!!!!


 腐女子エクフラージュ魂の叫びエクフラが、小さな公園に木霊した。

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