「な、なあ、ちょっと今いいヒャ?」
「「え?」」
とある昼休み、
オイオイ何だよ、僕達にいったい何の用だよ!?
たしかこいつは三組だったよな?
わざわざ三組から来る程の用事って……。
まさかまたまーちゃんに復讐しようってんじゃないだろうな!?
どうせ返り討ちに遭うのがテンプレなんだからやめとけって!
「何? 私達に何か用?」
が、まーちゃんは特に警戒した素振りすらなく、鷹揚に構えている。
この大物感。
「あ、ああ、実ヒャ……」
「「……?」」
「「す、好きな人が出来たあああ!?!?」」
「ヒャッ!? こ、声がデケえって!」
まさか恋愛相談だったとは……。
今僕達三人は、いつぞや古賀さんから恋愛相談を受けた裏庭の人気の少ないベンチに移動してきている。
何かここに来るたび恋愛相談受けてる気が……。
いやそれにしても、あの公彦がなあ。
まあ、こう見えて公彦も僕らとタメなんだし、恋愛の一つや二つしてても不思議じゃないのかもしれないけど。
「お前ヒャに相談すれば、どんな恋も上手くいくんヒャろ?」
「あ、うん、まーねえ。肘北のお見合いオバサンとは私のことよ。……って誰がオバサンじゃい!!」
「まーちゃん!!?」
一人ノリツッコミ!!!
え? 待って?
そんな噂が立ってるの?
確かに古賀さんの時はたまたま上手くいったけど、この世に絶対はないんだから、あまり過信されると困るんだけど……。
「で!? でッ!? お相手はどんな人なの!?」
が、まーちゃんは俄然スイッチが入ってしまったらしく、しいたけ目になりながら身を乗り出している。
流石肘北のお見合いおねえさん(忖度)。
「あ、ああ、それが……、バスケ部のマネージャーをヒャってる、
「「――!!」」
も、百々城百々子先輩、だと……!?
――百々城先輩といえば、その野比の○太みたいな名前とは裏腹に、ワンピ○スの女性キャラかよってくらい目もくらむような美貌と、グンバツのプロポーションを誇る超有名人。
将来はグラビアアイドルとしてデビューするんじゃないかという噂がまことしやかに囁かれてるくらいだ。
確かにあれくらいの美人なら公彦が惚れるのも無理はないのかもしれないけど、いくら何でも……。
「一週間くらい前この肩パットのトゲを一個道端で落としちヒャってよ。……それを拾って笑顔で渡してくれヒャのが、百々城先輩だったんヒャ」
そのトゲってとれるの!?
「その笑顔を見た途端……、心臓がヒャッハーってなってよッ!!! ……それ以来、頭の中がずっと百々城先輩でヒャッハーしてるんヒャ」
「なるほどー、それは完全に恋だね! よーし、私がその恋、叶えてみせるよ!」
「ほ、本当ヒャ!?」
「まーちゃん!?!?」
いくらまーちゃんでもこれは無理ゲーじゃないかな!?!?
美女と野獣が可愛く思えるくらいの難問だよ!?
ノーミスでコンボ○の謎をクリアするくらい難しいと思うんですけど……。
「じゃあまずは、その格好をどうにかしないとね」
「ヒャ?」
うん、まあ、確かに
「じゃじゃーん、演劇部から衣装を借りました!」
「へ、変じゃないヒャな?」
「――!?」
衣装チェンジしてきた公彦を見て、僕は目を見張った。
何と公彦は、乙女ゲーに出てくるような、王子様風の格好をしていたのだ――!
モヒカンも解いて、サラサラ金髪のカツラを被っている。
心なしか、周りにキラキラしたエフェクトも舞っているような気さえする。
いや普通に誰だよッ!?!?!?
キャラ変わりすぎだろ!?!?
匠かな!?
匠がビフォーアフターしたのかな!?
「まーちゃん、これは……」
「ふっふふー、これはね、所謂『第二王子』コーデだよ!」
「所謂!?!?」
そんなコーディネート聞いたことないけど!?!?
「第一王子から婚約破棄されたヒロインを救う第二王子――。第二王子は実はずっと前からヒロインのことが好きだったの。でもヒロインは兄である第一王子の婚約者だから、その想いは封印してきた――。だが婚約破棄されたとなれば話は別!! ここぞとばかりにヒロインに猛烈なアプローチをかける第二王子!! 遂には結ばれる二人――。そして第一王子は僻地に飛ばされざまぁされる。――これよ」
「どれだい!?!?」
まーちゃん『小説家になりまっしょい』の異世界恋愛小説読みすぎじゃない!?!?
「で、でもまーちゃん、流石にこの格好で百々城先輩に会いに行くのはちょっと……」
完全に悪ふざけしてるようにしか見えないよ。
「むう、じゃあ次はもっと普通の格好にするよ」
「うん」
「す、すまねえヒャ足立、こんな俺のためにここまでしてくれるヒャんて」
「いいってことよ! 困った時はお互い様でしょ!」
「足立……!」
絶対まーちゃんは面白がってるだけだと思うけどね……。
「というわけで、次の衣装はこちら!」
「おお! これはカッコイイヒャ!!」
「――!?!?」
僕は開いた口が塞がらなかった。
今回の公彦は、これまた乙女ゲーに出てくるような、騎士風の鎧を着ていたのだ――!
頭には清潔感のある黒髪短髪のカツラを被っている。
普通って何かな!?(哲学)
これがまーちゃんの中では普通の格好なの!?
「まーちゃん、これは……」
「ふっふふー、これはね、所謂『騎士団長』コーデだよ!」
「既に嫌な予感しかしないッ!!!」
「第一王子から婚約破棄されたヒロインを救う騎士団長――。騎士団長は実はずっと前からヒロインのことが好きだったの。でもヒロインは上司である第一王子の婚約者だから、その想いは封印してきた――。だが婚約破棄されたとなれば話は別!! ここぞとばかりにヒロインに猛烈なアプローチをかける騎士団長!! 遂には結ばれる二人――。そして第一王子は僻地に飛ばされざまぁされる。――これよ」
「フォーマットさっきと一緒ッ!!!」
もう僻地はほうぼうから飛ばされた第一王子でパンパンだよ!!
「まーちゃん、そろそろ真面目に……」
いくら負け戦だからってさ……。
「えー、私は大真面目なんだけどなぁ」
「俺もこれは大分ヒャハってると思うぜ」
僕はお前のために言ってやってるんだぞ!?
そんなこと言うなら僕はもう知らないからな!!
「オ、オイ……、公彦……、何ヒャその格好ヒャ……」
「何があったんヒャ公彦……」
「「「――!!」」」
この声と喋り方は!!?
振り向くと案の定そこには、
「こ、これは違うんヒャ、一郎兄ヒャん二郎兄ヒャん!!」
「何が違うってんヒャよ!!」
「お前はヒャッハー魂を忘れちヒャったのか公彦!!」
ヒャッハー魂とは?(哲学)
「これには深い訳ヒャ……」
「何だ、言っヒャみろ!」
「くだらない理由だったらタダヒャおかねえぞ!」
「……公彦」
「「「――!!」」」
その時、教え子をコートに送り出す名コーチのような顔をしながら、まーちゃんが公彦の肩に手を置いた。
「ちゃんと自分の言葉で伝えなさい。――そうすればお兄さん達も、きっとわかってくれるよ」
「あ、足立……」
……まーちゃん。
まーちゃんのエールを受けた公彦は覚悟を決めたように、真っ直ぐな瞳を兄達に向けた。
「一郎兄ヒャん二郎兄ヒャん、実は俺……、す、好きな人が出来たんヒャ!!」
「「――!!!」」
一郎と二郎は青天の霹靂という表現が相応しい表情になった。
さもありなん。
「相手は百々城百々子先輩って人で……一目惚れだったんヒャ!」
「「……」」
二人は無言で、公彦の目をじっと見つめている。
――が、
「……そういうことだったのヒャ」
「……え?」
「どうりで最近やたらヒャハってると思ったぜ」
「――!!」
二人共相好を崩し、公彦の肩にそっと手を置いた。
ヒャッポリート!?
「そういうことヒャら俺達はお前を応援してるぜ、公彦」
「い、一郎兄ヒャん……!」
「お前ならきっとヒャハれるよ、公彦」
「二郎兄ヒャん……!!」
そう言うなり二人は公彦に背を向け、サムズアップしながら颯爽と去っていった。
に、兄ヒャああああああん!!!!!
「……足立、浅井、悪い」
「「え?」」
き、公彦?
「なあ公彦、本当にいいのか?」
「ああ、後悔はヒャいよ」
「まあ、お前がいいなら、いいんだけどさ」
「大丈夫だよともくん、公彦を信じようよ」
「まーちゃん。……うん、そうだね」
どの道、元から厳しい戦いだったのだ。
それなら公彦の好きなようにさせてあげるのが一番なのかもしれない。
……どんな結果になろうとも。
――今公彦は、いつものモヒカンにトゲトゲ付きの肩パットという出で立ちで、放課後バスケ部の練習が終わる百々城先輩を待ち伏せている。
「やっぱ俺にとってはこれが一番の勝負服だヒャらよ」
「うんうん、頑張ってね公彦。――あ、百々城先輩来たよ!」
「「――!」」
まーちゃんの指差した方を見ると、まさに百々城先輩がバスケ部の部室から出てこちらに向かってくるところだった。
しかも運良く一人で、周りには他に誰もいない。
「よし、いってくるぜえええ!!! ヒャッハー!!!」
「いってらっしゃーーーい!」
もうすっかり母のようだね、まーちゃんは。
「ヒャ、ヒャの! 百々城先輩!」
「――!」
急に目の前に現れた露骨に怪しい風貌の男に、百々城先輩は目を丸くしている。
さもありなん。
「お、俺、一年三組の百派山公彦っていいヒャす!」
「……」
百々城先輩は黙って公彦の話を聞いている。
が、頑張れ!
頑張れ公彦!
「前に、肩パットのトゲ拾ってくれてありがとうございヒャした! ――その時から、先輩のことがヒャハヒャハヒャッハーでした!!! どうか俺と、ヒャハヒャハってください!!!」
「……!!」
ヒャハ語のあくが強くて肝心なところがイマイチ伝わらない!!!!
まあ、頭を下げて右手を差し出してるところからも、何となく意味は察せられるかもしれないけど。
「……嬉しい」
「「「――!!!?」」」
えっ!?!?!?
――奇跡が起きた。
何と百々城先輩は、頬をほんのり赤らめながら、公彦の手を取ったのである。
ヒャッポリートオオオオオオ!?!?!?!?!?
「実は体育祭の時に初めて君のことを見た時から、ずっとそのモヒカンと肩パットが素敵だなって思ってたの」
「そ、そんヒャ……」
百々城先輩大分趣味がアレですね!?!?!?
いや、まあ、いいんですけどね!?
それに、その理屈だと一郎と二郎でもいいってことになるんじゃ……。
「君のトゲを拾った時だって、コッソリ君の後をつけてたからすぐに拾えたんだよ」
「ヒャヒャ!!?」
おや!?!?!?
急に不穏になったぞ!?!?!?
ひょっとして百々城先輩って、ヤンのデレなのでは……(この学校ヤンのデレ多くない?)。
「こんな私でよかったら、よろしくお願いします」
「ヒャ~」
百々城先輩は聖女のような笑みを、公彦に投げ掛けた。
お、お幸せに(白目)。
「ヒャッハー! よかったな公彦ーーー!!!」
「ヒャッハッハ―!!」
「「「――!!!」」」
その時だった。
どこからともなく一郎と二郎が飛び出してきた。
お前らも見守ってたのかよ!!?
嗚呼、美しき兄弟愛(迫真)。
「ヒャーッショイ! ヒャーッショイ!」
「ヒャーッショイ! ヒャーッショイ!」
「ヒャ、ヒャりがとう、一郎兄ヒャん、二郎兄ヒャんッ!!」
「ふふ」
一郎と二郎に胴上げされている公彦を、百々城先輩は微笑ましく眺めている。
イイハナシダナー。
「うんうん、よかったね公彦」
まーちゃんは目元に浮かんだ雫を、そっと右手で拭った。
――完全に母!