周囲の兵を退避させて、
これまでの戦いで転がる死体の血が川を赤く染め、周囲に巻き起こる
先ほどまで晴れていた空が、まるで曇り空のようになっていた。
そんな中で、
いくつもの顔が
それぞれの顔に付いた眼は閉じられているが、
(おのれ厄介な……)
なにせこの妖怪には、謎が多いのだ。
かつて聞いた話ではこの異形の妖は山間に住み、人を襲うという。
目を合わせてはならぬとか、人を襲い目玉を奪ってから食らうとか、恐ろしい話ばかりが広まっている。
数十年前旅をしていた頃に、とある山でばったりと出会ったことはあるが、その時も異形の姿を目にしただけで争ったわけでは無い。
互いに名と姿を知らないわけではないのだが、どう戦うのか此方からすれば謎なのだ。
一方で、此方は人からつけられた分かりやすい名がある。
向こうはそれを知っている。
だからこそ
その結果がこれである。
死角に入ることは難しそうだと、
(あたしの様になにかの自然物を操るというわけでは無さそうだねぇ。手長足長の様に自身の異形の身体を用いた能力か……)
聴いた噂の中にも、なにか火や水を操るといったものは無い。
今の所複数ある顔やそこに付いた眼からなにか能力を使う訳でもない。
それでも厄介なのは、
今でこそ少し大柄な人間程度の体格だが、本来の姿はあれではない。
以前であっているからこそ、
そして当然、その力は人のそれをはるかに超える。
普通に考えれば、この怪力と異形こそがその能力と考えるべきなのだろう。
まだ
だが唯一、
炎だ。
かつて旅をしていた頃、
「あの妖怪はどうも、火が苦手らしいんですわ。松明の炎程度でも近寄ってこない」
当時その情報をあえて確かめるようなことはしなかったが、それが本当なのであればやり様はある。
(少し遠いが、ここまでくれば
ならばあらゆる想定をせねばと、此処まで移動しながら戦ってきた。
とにかく、なにか突破口を作るための情報と隙が必要だった。
「「そろそろ飽きてきた。飽きてきたなぁ」」
「奇遇だね。あたしもさ。なんで、仕掛けさせてもらうよ」
幸い、今の所
動き回りながら砂を撒き、時に
その隙を見て
「「ぐうっ」」
「『
高速で
周囲に散らばっていた兵達の死体や、壊れた武器が砂嵐の壁に巻き上げられ、ヤスリでもかけたように削られていく。
(……特製の荒砂の高速回転だ。触れればそこから削り取られる。さあ、どう出る?)
油断なく
これで戦闘不能なり行動不能にできれば
しかし油断できないのは、
ただ確実に言えるのは、
これを破るには時間がかかる。
(仕込むなら今の内か……)
周囲にまき散らした砂を集めて、
意志を持ったかのように一条の帯となった砂は、ゆらゆらと揺らめき砂粒に太陽の光を反射させながら
更に袖口から瓶を取り出すと、その中身に入った鉱石をガリガリと
「……不味い。あとで口直ししたいね」
眉根を寄せつつ歪ませた口元を袖で隠し、
勝つためとはいえ、正直積極的に口にしたいものではない。
ともあれ、飛ばした砂も
準備は整った。
『
(……む?)
魔力の高まりは幾分か感じられるが、それでもこの
――来る。ざわざわと肌に殺気を感じたその時だった。
まるで無理やり押し広げられるような感覚に襲われながら、
しかしそれは長く続かなかった。
無理やり
「――!!しまった!」
突然の事に、
「化身したか……」
現れたのは先ほどよりも巨大な、人の形を外れた姿。
巨大な頭を中心に、周囲に
その下には花弁の様に四方に頭がぶら下がり、上下を繋ぐ境目からは野太い腕が八本伸びていた。
「……ほんと、目の覚める姿さね」
「「へへへ、そうかぁそうかぁ。ありがとうなあ」」
「だから褒めてないよ」
八本ある腕の内の六本を動かして走るその様はまるで蟹のようであった。
「「油断した、油断したなあ砂かけ。」」
「……まったくだ。油断なんざするもんじゃない」
「「もう後悔しても遅い。遅いなぁ。砂かけよ。名を捨てて人寿郎に付く気はないかぁ」」
人の話をあまり聞かないこいつが、そんな事を言うとは思いもしなかったからだ。
「馬鹿言うんじゃないよ。親に捨てられたあんたが人寿郎に何を感じたのかは知らないが、あたしの主は
「「そうかそうか。残念、残念だぁ」」
即座に殺すわけでもなく、
「よく言うよ。持ち上げられたままじゃ疲れちまう。さっさと殺しな」
「「惜しいなぁ。惜しいなぁ。惜しいけど」」
「「――殺すか。」」
まるで子供が羽虫でも引きちぎる様に、何一つ
程なくして限界を迎えた
「「なんだぁ、なんでこんな爆発……?これは、砂?それにこれば血じゃない。なんだあ?」」
本来であれば引きちぎった体を内蔵ごと喰らって、腹に収めるつもりだったからだ。
それが爆発して文字通り粉々に吹き飛び、
浴びたはずの返り血もぬるりとした感触で、手に取って嗅いでみると独特の臭気があった。
その直後、
「「火矢!?ならばこれは、油か!?」」
それは数本の、何の変哲もない火矢。
射抜かれれば傷を負うだろうが、たった数本の火矢では大したダメージにはならない。
川の水に飛び込めば、対処は容易い。
「「今更こん……!?なあああああぁああああっ!!」」
燃えたまま刺さる矢は
浴びた銀白の粉末と液体とを伝って、
数本の火矢は大きな即座に火炎と化し、
「「あああああ熱い!熱い熱い熱い熱いイィイイイイ!!!」」
身体を包む炎を消そうと転がり、転びながら
そこに先ほどまでの余裕は無く、
「水水水!!水――!!」
川までの距離は僅か。
まして
目の前に現れた豊富な水は血に染まっているが、そんな事は関係ないと
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おお、思ったよりも派手に爆発したね」
川で上がった爆炎を眺めながら、
「凄まじいですな。
「あたしの力じゃないさ。あの粉のお陰さね」
「いえいえ。それを策に組み込み実行するだけの能力の事をいっておるのですよ」
「
「あたしの能力の一つさね。同じ質量の砂があれば自分の場所をその砂と入れ替えられる」
『
「便利な力ですな」
「距離の制約はあるけどね。後は砂で己の分身を作ってやればいい。まあ分身というよりも自分を砂人形に変えて、本陣側の砂で身体を再構築したのが近い。事前に特定の物質を仕込んでおくこともできる。」
「では、あの粉末も?」
「ああ。あれはあたしが西の方を旅したときに、次元穴を通って異世界から来た男に教わったのさ。マグネシウムってあの男は呼んでたかね。あの石は粉末にすると燃えるんだとさ」
「では川に飛び込んだ時に爆発したのもその粉末が?」
「その男から教わったのさ。他にも使えそうな知識を色々とね。聞いた後にあたしの能力で鉱石を粉末に変えて、燃やして水ぶっかけたら言った通り爆発してね。
その時の事を思い出してか、
爆発すると聞いて実際に実験する当たり、
その知識をもっていたという異世界人は、なにが切っ掛けでそんな知識を得ることになったのか、幹久の興味は尽きない。
「長く生きてきましたが、わしの知る事などほんの端の一部分なのだと思い知らされますなぁ」
「人間ってのはいろんなことを考える。あたしは土の魔物から生まれた存在だから鉱石の事には詳しいし、鉱石から色んなものを抽出できるが、人間の発想には驚かされることも多いよ」
「ではあのとき袖口から取り出して口にしていたのは」
「マグネシウム鉱石さ」
「それにしても、派手にやり過ぎでは?」
「そうだねえ」
幹久の言葉に、
あまり燃えるようなら『