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第445話 ユニオン対抗戦Ⅲ:本戦一回戦⑥

 少なくとも勝利に対する執着心でツガルはヨシナリに敵わないと思っていた。

 そうだろう? 何が楽しくて面白くもない反復練習をあんな狂った頻度で行えるのだ?

 ツガルには理解できなかった。 


 ――だからこそ、俺はトップランカーになれないんだろうな。


 自分はこのゲームに対する才能はそこそこあると思っていた。

 割と早い段階でBランクに上がり、少しだけではあるが手に入れたPを換金して彼女とのデートやプレゼント費用に回したりして気楽にやっていたのだ。 


 だが、そこまでだ。 それ以上、上がる事に彼は足踏みをしていた。

 特にAランクはジェネシスフレームが必須の魔界だ。 非常に高額な機体な上、ランクを維持するに当たって常にPを使用して自己を更新し続けなければならない。


 そうしなければ埋もれて消えるからだ。  

 ツガルは過去に何人ものAに上がって沈んだプレイヤーを見てきた。

 彼等の大半は小さく笑って、自分にはあの世界は早かった、向いていなかったというのだ。


 力を求める事に自らのリソースの大半を捧げよう。 そんな気になれなかった。

 ただそれだけの事だろう。 Bを維持しておけば定期的に運営がお小遣いをくれる。

 それを換金して欲しい物を買えばいい。 負けたのなら酒でも飲んで忘れてもいい、彼女とデートして気を紛らわせてもいい。 慰めになるのなら何でもいいのだ。 


 ツガルはそれを悪いとは思わないし、ゲームなんだからもっとラフに楽しめよ。

 そう考える側の人間だからだ。 


 ――そのはずだったんだけどなぁ……。


 気が付けばツガルはAランクに上がって、この急速に力を付けた後輩相手に本気になっていた。

 我ながららしくないなと思ってはいたのだが、どうやらヨシナリのこのゲームに対する熱さに当てられてしまったらしい。 勝つ事に執着する、全身全霊を傾けてのプレイは酷く消耗するが、勝った時の快感はこれまでの比ではなかった。 自らの全てを賭けて戦い、勝利をもぎ取ったのだ。


 これに喜ばない奴はいないだろう。 

 だが、その反面、負けた時の悔しさもこれまでの比ではなかった。

 これまでの努力を、自らの本気を結果という形で否定される。 


 何とも胸が苦しく、泣きたくなるぐらいに悔しくなるのだ。 


 ――お前の所為だぞ。


 俺がこんなにマジになれたのは間違いなく、こいつの所為だ。 

 だから、全力で叩き潰して勝ったと高らかに叫ぶ。 今のツガルにはそれしかなかった。

 現状、マシンスペックでは大きく上回っている。 ジェネシスフレームは専用のジェネレーターやコンデンサーを扱う関係で出力が既存フレームの比ではない。


 それはこの『ボーディングパイク』も変わらなかった。 

 重力制御を用いた全く新しい空戦機動も徐々にだが形になってきており、ヨシナリは分かってはいるが、反応しきれないといった様子だ。 だが、器用に致命傷を避けている点は恐ろしい。


 機動性の物を言わせて常に死角に回り込み、何度も仕掛けているが上手く致命傷を躱す。 

 重力制御を用いる事により慣性などに縛られない自由な機動を可能としたこの機体は物理法則を超越したかの旋回性能を見せる。 それにより高機動タイプのキマイラ+相手に常に優位を取れるのだが、シックスセンスの探知能力はその理外の挙動すらも観測する事で対処を可能としていた。


 現在、巡航形態ボーディングパイクのメイン武装は先端と後端に付いている二つずつの銃口。

 エネルギー式の連射武器だ。 この機体は重力制御を用いた飛行に全振りし、機動性を極限まで向上させた機体なので、火力は二の次だった。


 だが、その人外の挙動を用いれば敵の死角に入る事は容易く、そこを一刺しすれば大抵の相手はそれで終わる。 驚異的な反応で躱し続けているヨシナリがおかしいだけで、戦い方自体はしっかりと機能していた。 攻撃手段が少ない事は攻撃のバリエーションの少なさとイコールではあるが、それが刺されば必殺であるのなら攻撃手段はたった一つでも何の問題もない。


 ツガルはひたすらにヨシナリを機動で攪乱しつつ死角を執拗に狙い続けた。


 ――我慢比べだ。


 ツガルがヨシナリを捕まえるのが先か、打開策を見つけるのが先か。


 「どうした、どうした? 逃げるだけじゃ、俺には勝てねーぞ!」

 『ですね。 俺としても仲間が頑張ってくれているので、いい所を見せておきたいんですよ。 だから、ちょっとだけズルをする事にします』


 ハッタリには聞こえなかった。 何か隠している奥の手があるのだろう。

 何であろうとも機動性で圧倒できている以上、注意しておけば回避は可能のはずだ。


 「ほぅ、そりゃ面白そうだ。 勿体ぶらずに見せてくれよ。 それとも使わずに沈むか?」

 『そうですか? では、遠慮なく』


 不意にヨシナリの機体に変化があった。 形状が変わった等ではないが、それは明確な変化だ。

 腰のエネルギーウイングと足の推力偏向ノズルから噴き出している推進力を発生させる光が消えた。

 その表現だと動力を落としたのかと尋ねたくなるが実際は別だ。 色が変わったのだ。


 エネルギーウイングから放たれる白っぽい光と推力偏向ノズルから噴き出す炎のような赤が、闇を凝縮したかのような黒に。 同時に機体の各所から闇色の何かが噴き出す。


 ――何だこれは?


 ツガルは本能的にこれは不味いと判断して機体を加速。

 ヨシナリの背後に回って銃撃を繰り出そうとしたが、照準の先にホロスコープの姿はない。

 何処だと疑問を抱く前に回避運動。 真下に落ちるような軌道、僅かに遅れて頭上を高出力のエネルギー弾が通り過ぎる。 


 これは不味いと判断して巡航形態を解除。 人型形態に戻って腕のパーツを持ち上げて防御。

 斥力フィールドに干渉して銃弾が逸れる。 何が起こったとセンサーシステムをフル稼働させてヨシナリのホロスコープをフォーカス。 表示される数値を見てツガルは思わず震える。


 動力部に凄まじいエネルギー反応。 既存のジェネレーターに出せる出力じゃない。

 キマイラ+は通常のキマイラタイプに比べてジェネレーターに対する受容性は高いが、これは限度を超えていた。 何故なら出力はキマイラの約五倍いう馬鹿げた数字を叩き出していたからだ。


 「嘘だろ、どうやって――」

 『よそ見してる暇はあるんですかね?』


 いつの間にか背後に回ったヨシナリが大剣を一閃。 

 それを際どい所で躱しながら撃ち返すが、ヨシナリは躱すどころか大剣を盾にして突っ込んで来る。

 あり得ない。 何が起こっているんだ?

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