目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第446話 ユニオン対抗戦Ⅲ:本戦一回戦⑦

 本来ならもっと先で使うつもりだったのだが仕方がない。

 ヨシナリは諦めてベリアルから譲り受けた闇の叡智が詰まった心臓の力を解放する。

 それだけツガルは強敵で、使わなければ勝つ事が出来ないと確信できたからだ。


 いや、そうではない。 下の戦況は味方が優勢――というよりはほぼ片付いている。

 求めればタヂカラオやベリアルが援護に来てくれるだろう。 

 そうすればどれだけツガルがパワーアップしていようが、ベリアルを含めた数名で仕留めにかかればどうにでもなる。 この状況を制する場合の最適解は味方を呼び込む事だ。


 そうすれば余計なリスクを冒さずに無難に勝てる。 後はユウヤの勝敗が決まるのを待てばいい。

 勝てればそれで終わりだが、負けたとしても残った全員でカナタを袋叩きにして終わりだ。

 だが、ヨシナリはそれをしなかった。 何故か?


 ツガルは真っ直ぐにヨシナリを仕留めに来た。 

 あのスペックがあれば別の手を打てたはずなのに真っすぐにここに来たのだ。

 それは彼がヨシナリとの対戦を楽しみにしていた事に他ならない。 


 ツガルは言外に「勝負しよう。 お前に勝つ為に準備をしてきた」と言っているのだ。

 自分の為にそこまでしてくれた相手の本気には本気で応えるべきだと判断した。

 だから、ヨシナリも奥の手を使う事にしたのだ。


 ベリアルから譲り受けた特殊ジェネレーター「パンドラ」。

 エネルギーをエーテルに変換する変換器コンバーターとしての機能に目が行きがちだが、これはジェネシスフレームの専用装備なのだ。 


 ジェネシスフレームはAランク以上のプレイヤーが扱える事ができる特殊機体。

 特殊な機構、特殊な機能、特殊な武装を使用する非常に尖った機体構成で性能面でも突出した機体と言える。 

 さて、ここで疑問だが、そんな偏った機体構成を既存の動力で賄う事ができるのか?


 答えはほぼノーだ。 

 スペシャルな性能をしているのだから、動力もスペシャルな代物に決まっている。

 パンドラもその例に漏れず、機体に供給する出力は既存の物とは文字通り桁が違う。 

 特にエネルギーとエーテルの変換比率が1:1ではない上、転移まで賄っていたのでその出力はジェネシスフレームの中でもトップクラスだ。


 その為、ホロスコープの動力として使用する場合は出力を大きく落として使用しているのだが、そのリミッターを解放するとどうなるのか? 

 通常時を遥かに超える――いや、既存機のスペックを大きく超えるパフォーマンスを発揮する。


 ちらりと確認すると出力は500%と馬鹿みたいな数字が表示されているが、事実だった。 

 そして恐ろしい事にこれでもまだ全開ではないのだ。


 今のホロスコープの動力は通常の五倍のエネルギーをエーテルに変化して機体の内部を巡っている。

 シックスセンスの探知能力と組み合わせればジェネシスフレームとも対等以上に戦えるスペックとなるが、当然ながら代償は大きい。


 あちこちにエラーメッセージがポップアップ。

 内容は高熱により機体内部にダメージが蓄積。 要は内側から焼けているのだ。

 悪魔の力により漆黒の闇の底より噴き上がる炎は未熟な召喚者の身をも焼く諸刃の剣だ。


 内部機構もそうだが、エーテルの循環に機体のフレームが耐えられないので使い続けると骨格から溶けて崩れる。 その為、後の事を考えなくていい状況にならないと使えない正真正銘の奥の手だ。

 何故、500%なのかはこれ以上、上げると下手をすれば制限時間を待たずに爆発する危険があるのでそのリスクとの折り合いが付くのがこの数字だ。 


 ちなみに全開にした場合、即座に爆発するか、しなかったとしてもコンディションで異なるが数秒から十数秒で機体の機能が死んだので、どうしようもなかった。

 ベリアルと一緒に検証した結果がこの状態だ。 


 エネルギーウイングを噴かして急加速。 信じられないほどのスピードが出る。

 さっきまで機動と速度でヨシナリを翻弄していたツガルの反応を僅かに上回ってすらいた。


 ――分析は済んだ。


 ツガルのジェネシスフレーム『ボーディングパイク』。 実にユニークで面白い機体だ。 

 人型形態はおまけのような物で本質はあの前後に砲を備えた巡航形態で、目玉は重力制御により慣性などを無視するでたらめな機動と速度による飛行。 


 既存の推進装置に頼らない事で前後が関係ないので長い楕円形のデザインの前後に着いた砲口からの銃撃で仕留めるといった火力ではなく速度で刺すタイプだ。

 だが、使い始めてから日が浅い事もあって、ツガルがこれまでにキマイラで培った癖が抜けきっていない。 


 皮肉な事に空戦飛行のエキスパートであったが故にセオリーに縛られているのだ。

 特に咄嗟の反応をする時にそれは顕著でこうして追い込めば自然と見慣れた挙動になる。

 防御面は見た目に依らずに堅牢。 斥力フィールドはエネルギー消費が大きいが武装にあまり割り振っていない事もあって使っても余裕がある印象を受ける。


 アトルムとクルックスで貫きたいなら近寄ってバースト射撃。

 アシンメトリーなら至近距離でチャージした一撃で突破は可能のはずだ。

 この高速戦闘で至近距離まで近寄る必要があるのなら他にもっといい手がある。


 ヨシナリは背にマウントした大剣を抜く。 

 ユウヤから受け継いだ『イラ』の可変形態であるハンマー『スペルビア』。

 こいつをホロスコープの最大加速で振り抜けば数値上は突破できる。 フィールド無効は斥力フィールドには効果がないが、物理に対して無敵ではない。 閾値を超える衝撃を叩きこめば突破は可能だ。


 ――機体が燃え尽きる前にぶち込んでやる。


 『おいおい、それよく見たらユウヤの剣じゃねぇか!』

 「おや、気付くとはお目が高い。 ついでに喰らって威力も確かめてくださいよ!」

 『へ、やってみな!』


 ツガルの機体は純粋に速く、それ故に穴が少ない。

 こういった相手は同じ土俵で殴り倒すのが最も分かり易い正攻法だ。

 ツガルが巡航形態になってくるくると横に回転しながら高速で移動。 


 背後を狙っているが、エネルギーウイングを噴かして横旋回。

 逆に後ろを取りに行く。 ツガルは回りながら四つの銃口から弾をばら撒いた。

 味方への誤射の心配がないから派手にばら撒けばいいというのは中々に思い切った手だ。


 だが、今のホロスコープには通用しない。 

 ヨシナリはエーテルを操作して機体を覆う事で全身を保護しつつ装甲を強化。 

 これで少々の被弾は無視できる。 時間はそう多くない。


 ――三十秒以内に決着を着ける。


 『マジかよ。 機体がベリアルみたいになってんぞ!』

 「ふ、我が胸中より氾濫する闇の力に刮目するがいい!」


 ――いけないな。


 これを使う練習の時、ずっとベリアルと一緒だったから変な癖が付いてしまった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?