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第462話 ユニオン対抗戦Ⅲ:本戦二回戦⑥

 ――やり難い相手やなぁ。


 ふわわは目の前の相手に対してそんな感想を漏らした。

 タヂカラオは相性が良くないと言っていたが確かにその通りだ。

 ラクリマは手数の多さと射撃の正確性、得意距離の違いもそうだが、何よりも間合いの取り方が上手い。


 踏み込んだ分だけ下がる。 常に一定の距離を保ってこちらがやり難い間合いで仕掛けてくる。

 以前の模擬戦でマルメルがやって来たのと同じだが、機動性が高い分、間合いの取り方はラクリマの方が上だった。 こういった時は野太刀や転移刃で一足飛びに仕掛ける場面だが明らかに警戒されており、使う暇がない。 


 溜めが必要な動作を一切取らせるつもりはないようだ。 

 慢心の類は少ないが、殺気は薄い。 

 立ち回りは近寄ればその分、離れるといった抜かりのない動きではあるが何処か作業感があった。

 まずはこの状態を崩す必要がある。 この谷はマップの中央を東西に走っている。


 ラクリマは西へと下がりながらふわわに銃撃を繰り返しており、このまま行けばマップの端に辿り着くはずだ。 そこまでいけば下がれなくなるので行動を変えざるを得ない。

 ただ、相手にはその気はなく、壁に辿り着く前に決めるつもりのようだ。


 銃を変えた。 銃口が大きいのを見るとさっきのより高威力だ。

 当てる前提、防がれる前提、狙いは武器破壊。 

 それを見て少しだけ不快感があった。 


 油断はなく、弾丸を打ち落とされた事にも動揺が見られたが、それ以上に上が気になって仕方がないようだ。 

 意識の一部は上の戦闘へ割いているのが分かる。 殺気が薄いのはこの所為だろう。


 ランク、経験値。 このゲームに置いて目の前の相手は全て上回っている。

 その為、自分を下に見ているといった気持ちは分からなくもない。 

 だからと言って何も感じないのかと言われればそうでもなかった。


 ――まずはこっちをちゃんと見て貰おうか?


 ふわわの気持ちがすっと冷える。 これまで何もしてこなかった訳ではない。

 特にこの前の模擬戦の結果は彼女にとって非常に不本意なものだったからだ。

 ヨシナリだけでなく、マルメルにも負けた。 これは自分が相手を甘く見ていた訳ではない。


 自分よりもあの二人の方がこのゲームに対する熱量が上だった。 それだけの話。

 つまり、自分の怠慢があの結果を招いたのだ。 

 表面上は普段通りだったが、実はかなり悔しかった。 


 勝負に負けた事も勿論そうだが、真剣さで負けた事が何よりもショックだった。

 だから、あれから彼女なりに積んで来たのだ。 リアルでもゲームでも。

 剣を、拳を振り回してきた。 


 発砲。 敵の銃が火を噴く――と同時に腕を一閃。 

 腕の収納スペースに隠していたクナイを投げる。 

 右腕部分だけグルーキャノンを外して武器を隠していたのだ。


 ここ最近、グルーキャノンの使用頻度が下がってきていたので片方を武器の格納スペースへと交換した。 干渉しない設計とはいえそこそこの大きさなので色々と入る。

 空中で銃弾と接触したクナイが爆発。 それにより軌道が逸れる。


 初撃を凌ぎ、ふわわは小さく息を吐いた。  

 彼女は考える。 今の自分に何が足りないのだろうか?

 ヨシナリ達に負けてから彼女はそればかり考えていた。 練習はした。


 技量も向上している。 機体も以前より遥かに自らの手足として動く。

 なら何が足りない? ふわわはこういう時には無心で何かをする事にしていた。

 よく行く場所は近所のバッティングセンターだ。 飛んでくる球をバットで打ち返す。


 その作業を無心で行う事で思考と感情を整理する事ができるのだ。

 金属バットが飛んで来た球を捉え、カキンと小気味よい音を立てる。

 テンポの良い音を聞きながら思いを巡らせていた。 何が自分に足りないのかを。


 ――あぁ、そうか。 これが足りなかったのか。


 ピッチャー返しをマシンに喰らわせたタイミングで彼女はまるで天啓のようにある事が閃いたのだ。

 そしてふわわはじっくりと敵を見据える。 今の自分に足りないのは二つ。

 一つは気持ちの問題、彼女は他者からの殺意に非常に敏感だ。 だがと自問する。


 他者の殺意を楽しむだけで自分は他者に対してどの程度の殺意を向けられたのだろうか?

 思い返すと明らかに楽しみが勝っており、殺気が練れていない。

 そう考えると自分が酷く不誠実な事をしているのではないかと思い、少しだけ恥ずかしくなってしまった。 真剣に殺しに来ている相手に対して真剣に殺し返しに行かなければならない。


 他者からの殺意かんじょうを受け取るだけで返していないのだ。

 何という不平等、人という字は支え合ってる事で成立しているという話を聞いた事があった。

 それは人間関係は双方向に作用するから成立しているので、一方的である事は良くないのだ。


 楽しむ事は悪ではないが、相手の殺意に誠実であれ。 

 そう意識すると少しだけ周りの見方が変わったのだ。 

 すっと気持ちの芯に氷が入るように冷静になれる。 


 敵の装備、動きの傾向はある程度は見れた。 

 腰裏の銃だけはまだだが、今構えている物に関しては弾道は見たのでもう充分だ。

 今の自分の技量を加味すれば充分に捌けるはずだった。



 ――信じられない。


 ラクリマは内心で驚愕した。 

 正直、低ランクと甘く見ていた面もあった――いや、間違いなく珍しい芸をする的程度の認識だった。 武器も破壊できたので、ほぼほぼ勝てると踏んでいたのだ。


 躱す奴はそれなり以上に見て来たが、剣で銃弾を叩き落とし、投擲武器で銃弾を撃ち落とす奴は少し記憶にない。 驚くべき動きだが、まだそれだけだ。

 武器は耐久という使用上限、投擲武器は投げるという動作が必要な以上、自分の優位は動かない。


 攻撃の回転なら引き金を引くだけの自分に分があるからだ。 

 シルヴァー・フィストは四連発。 まだ三発残っている。

 残りの全弾をくれてやろう。 このまま押し切れるとシングルアクションに切り替えて三連射。

 即座に銃を持ち代えて更に四連射。 合計で七発の弾丸がふわわへと殺到する。


 その間に素早くシルヴァー・フィストをホルスターに戻しつつ、シルヴァー・スピアを抜く。

 防ぐのは無理。 打ち落とすにしても武器が保たない事は明らかだ。

 必ず躱しに行く。 そこを狙い撃ちだ。


 ――左右か? それとも上? エネルギーウイングを使った旋回で虚を突く?


 その全てに対応する自身が彼女にはあった。 小太刀を失った以上、防御手段は限られる。

 この時点で六割――いや、七割がたの勝利を確信していたのだが、目の前で起こった事がその目算の全てを粉々に打ち砕いた。


 七発のホローポイント弾が全てあらぬ方向へと飛んでいったのだ。


 「――は?」


 目の前で起こった出来事なのにラクリマには理解ができなかった。

 正確には脳が理解する事を拒んだのだ。 それほどまで衝撃的な防ぎ方だったからだ。

 ラクリマの眼にはふわわの両腕が霞んだように見えた。 


 具体的に何をしたのか? 

 僅かな時間経過でようやく脳が状況に対しての理解に追いつきつつあった。

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