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第464話 ユニオン対抗戦Ⅲ:本戦二回戦⑧

 速い。 ただただ、純粋に速かった。

 ジェネシスフレーム『ネザーランドドワーフ』は速さと攻撃の回転を追求した機体といえるだろう。 


 直線加速で追いつけるプレイヤーはそういないと言い切れる程だった。

 見てから躱したのでは間に合わない。 話に聞いていたが、ここまでとは思わなかった。


 『見事だ。 君のランクでこれを躱せたプレイヤーは見た覚えがないな』

 「そりゃどうも」


 返しながらアトルムとクルックスをバースト射撃。

 銃弾は何もない空間を通り過ぎる。 何故ならその頃にはヤガミは既に空中を蹴って移動していたからだ。 あの機体の特徴は足にある力場の発生装置にある。


 何をしているのかと言うと足場を作っているのだ。 

 それを蹴って跳ね回る事で直線的ではあるが予測が難しい軌道を描く。

 ツガルの重力操作による飛行の自由度の広さも厄介だったが、まだ使いこなせていなかった事もあってどうにか反応できたがヤガミの挙動は完成度という面では圧倒的だった。


 ――トップとはいえ、これで三軍か。


 『思金神』の層の厚さに戦慄しつつまずは相手の動きを見る事からだ。

 アシンメトリーとイラは使えない。 恐らく使った瞬間に狩られるからだ。

 この場での最適解はアトルムとクルックスでの連射。 幸いにも機動性に極振りした機体なので当たりさえすれば割と何とかなる。


 ――当たればだが。


 ヨシナリはエネルギーウイングで旋回。 僅かに胴を斬撃が掠る。

 背後から飛んで来たのだ。 軌道的に前に来るはずなのだが、アトルムとクルックスを向けた頃には既に射線上に居ない。 


 「クソッ」


 変形して強引に加速しつつ、インメルマンターン。

 縦旋回で飛んで来たヤガミの一撃を躱す。 アシンメトリーを撃とうとしてバレルロール。

 正面から飛んで来た何かが真横を通り過ぎる。 足を止められない。


 とにかく動き回って的を絞らせない立ち回りが必要だった。


 『はは、やるじゃないか。 シックスセンスを使っていると聞いているが、それを差し引いてもここまで躱した奴はそういないぞ!』


 ヤガミは嬉しそうに追撃。 それを躱しながら次の攻撃を予測する。

 軽口に返事をしている余裕がない。 真っすぐに加速。

 真上からの斬撃。 間髪入れずインメルマンターン。 背後からの強襲を回避。


 旋回が終わる前にバレルロール。 真下からの来たヤガミが通り過ぎる。

 躱すだけで精一杯だ。 こちらの思考よりも速く仕掛けてくるので何かする余裕がない。

 だが、何度も躱している内に何となくだが見えてくるものがある。


 まずは基本的な部分から。 ヤガミの戦い方は非常にシンプルだ。

 足場を作り、蹴ってから真っすぐに斬りかかる。 

 直線的ではあるが、攻撃と移動を兼ねているので躱されても即座に離脱、もしくは次の攻撃に繋がる事もあって無駄がない。


 加えて、相手の処理速度を飽和させる目的なのか、手数がとにかく多い。

 その理由は跳ね返る位置にある。 さっきから見ているが、ヨシナリを中心に15メートルから20メートル四方のボックスに見立ててその範囲内で跳ね回っているようだ。


 完全に確立された戦い方だ。 何十何百と繰り返し、練り上げた挙動である事が窺える。

 なるほどベリアルが捉えるのが難しいというのも理解できた。

 現状、完全にヤガミの術中に嵌まっており、このまま行けば確実に負ける。


 理由としては徐々に攻撃の間隔が短くなっている事。 

 ボックスの大きさを何故、15から20としたのか? 理由は最初は20前後だったからだ。

 つまり、最初は余裕のある大きさで仕掛け、徐々に範囲を絞っている。


 恐らくは相手の技量を見極める為だろう。 範囲を縮める事は被弾のリスクを増やす事にも繋がる。

 ヤガミにとっては20という距離は比較的、安全に仕掛けつつ離脱できる距離なのだ。

 普段であるならエネルギー流動で動きの先読みを試みるのだが、移動と出力の増加がほぼ同時なので兆候を感じた頃にはもう飛んできているのであまり意味がない。


 その為、この手は使えない。 ならば見るべきは別の部分だ。

 今の所は辛うじて躱せる。 速いと言っても攻撃自体は直線な上、急な方向転換をしてこないので反応さえできればギリギリで対処は出来るのだ。


 問題は攻撃の回転が上がってきているのでそろそろ躱せなくなってきている点にある。

 いい加減に何か突破口を見つけないと不味い。 見るべきところは何処だ?

 ヨシナリは勝機を手繰り寄せる為に回避に思考の大部分を割きながら少ないリソースで観察を続けた。



 ――不味い。 


 タヂカラオは内心でかなり焦っていた。 

 彼の予想では参戦はヤガミ、アベリア、ラクリマ、ウルツァイトの四人だと睨んでいたのだが、既に六人の姿が確認されている以上、残りの一人も来ていると見ていい。


 『星座盤』のメンバーは優秀ではあるが、ジェネシスフレーム複数相手では分が悪い。

 これだけ連れてきている以上、ヤガミは必ず勝つつもりで士気も想像よりは高いだろう。

 良くない流れだ。 変える意味でもヤガミを早めに仕留めておきたかった。


 『ふん、どうした裏切者ぉ! 私を前に考え事とは舐められたものだなぁ!』


 アベリアの薙ぐような連射。 躱しながらタヂカラオは応射する。

 彼女は突出した強みがない代わりに目立った弱みもない。 

 その為、怖さはないが、簡単に勝たせてくれない相手だった。


 抑えるぐらいなら訳ないが、仕留めるとなれば少しハードルが高い。

 ヨシナリと連携を取れれば良かったのだが、しっかりと切り離されてしまった。

 個人技による勝負に持って行かれると地力の差が顕著に現れる。 


 火力にはそこまでの差はないが機動性には大きな開きがあるのでどうしても逃げに徹する形になってしまう。 この展開自体は読めていたのだが、敵の戦力構成を読み違えた事は大きい。

 タヂカラオは考える。 この状況を打開する術を。


 最も望ましいのは自分とヨシナリが連携を取れる状況。 

 だが、相手もそれを理解しているのか真っ先に封じて来た以上、実現は困難と言える。

 ならばどう打開する? 地上の戦いはまだ余裕はあるので、ベリアルやユウヤの勝利を信じて粘るのも手ではあった。 


 ――いや、違うな。


 過信と信頼はまた別の話だ。 まずは自分の力でできる事をするべきだと思い直す。

 今はこの状況に一石を投じる手を考え、それを実行できるチャンスを窺うべきだ。

 タヂカラオは静かに戦況を窺い続けた。 

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