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第590話 イベント制限戦Ⅱ㉖

 経験上、脇腹かうなじを一突き。 

 うなじの場合は視覚の大部分を潰せる事もあって仕留めるのが難しいと判断されれば狙われる。

 そうでないなら脇腹の装甲の継ぎ目。 


 ダガーの長さでコックピット部分に届くのでアリスの急所と言える部分だ。 

 一応、装甲の追加等でカバーはしているのだが、排熱の関係でどうしても隙間を開けなければならない。

 その為、この機体の明確な弱点となってしまっている。 


 弱点ではあるが彼女の懐に入って刃を突き立てられるプレイヤーはそう多くない。

 残念ながらヤガミはそれができる数少ないプレイヤーではあるが。

 ただ、アリスも喰らえば終わる事はよく理解しているので補う手段も確立できている。


 寧ろその為に装備したアームガンだ。 

 脚部のフロートシステムによるホバリングによって地上での旋回性能は他の追随を許さない。

 見えてなくても来るのが分かってさえいればどうにでもなる。


 ――どちらに来る?


 集団戦である以上、数を減らす事は非常に重要だ。

 ヤガミとしては早々に数を減らして勝負を決めに行きたいと考えているはず。

 特に彼女は個人戦ではなく集団戦にも長けたプレイヤー。


 判断は個人的な勝利ではなくチームの勝利を優先する傾向にある。

 つまり、仕留めに来る。 アリスは脇腹を隠すように腕を引いてアームガンを展開。

 そのまま旋回して発射――する前に両足が撃ち抜かれた。


 ――!?


 『狙いは悪くなかった。 普段の私ならそうしていただろうな』


 ジェネレータ二基大破。 両足の浮力が喪失。

 撃たれたという事はヤガミではない。 

 何処からと飛んで来た方向を見るとヨシナリとポンポンが持っていた銃を構えている姿が視界に入る。


 位置関係からカナタを狙う振りをしてアリスの両足を射抜いたのだ。


 『機動を両足に依存している君はこうなると身動きが取れない。 悪いがこれはチーム戦で、そこを見誤った君の負けだ』


 そう言ってヤガミはアリスの脇腹にダガーを突き立てる。

 コックピット部分を破壊されたアリスには成す術もなく脱落となった。



 ――マジかよ。


 アリスの反応が消えた事でマルメルは内心で焦りを浮かべた。

 ヨシナリ相手でもカナタなら大丈夫だろうと思っていたが、ジェネシスフレームに乗り換えたポンポンと驚くほどに相性のいい動きを見せ、ヤガミの動きに連動してアリスの足を狙った動きは秀逸と言える。


 アリスに関しては一度当たっているだけあって研究されている事は理解してはいたのだが、こうもあっさりと無力化して来るとは思わなかった。

 彼女の行動に大きなミスはなかったはずだが、恐らくはチーム戦への意識の差なのかもしれない。


 ――これ、もう無理なんじゃねぇか?


 アリスが沈んだ事でヤガミがフリーになってしまった以上、彼女が次に狙うのは当然――


 「ですよねー」

 『察しが良いのは大変結構だ。 では、このまま沈んでくれたまえよ』


 マルメルだろう。 ヤガミが不規則な軌道でこちらに向かって来る。

 エーデ達はカカラと派手に撃ち合っているので巻き込まれかねない。

 カナタはヨシナリとポンポンで充分に抑えられている。 


 なら、消去法でマルメルだろうと思っていたのだが、大正解だった。

 この時点で敗色が濃厚だが、諦めるつもりはない。 

 ツガルが背後を取ろうとしたタイミングに合わせてヤガミが死角に移動。


 挟まれる。 

 エネルギーフィールドを最大にして防御を固めつつ、ハンドレールキャノンの準備。

 下手に片方を狙うと残った方に潰される。 この状況を打開するには同時に撃破するしかない。


 ツガルの連射をフィールドで凌ぎながら直線加速でヤガミを振り切ろうとするが、機動性に差があるのであっさりと追いつかれる。 

 攻撃に入る前にアノマリーで弾丸をばら撒く事で牽制。


 狙うのは二人が挟んで来たタイミング。 

 可能であれば攻撃に合わせてカウンターで当てたい。


 ――くっそ、思った以上にムズイな。


 ツガルもヤガミも機動性に振っている機体なだけあって中々、タイミングが合わない。

 ヤガミがツガルの射撃に合わせて間合いを詰めている事もあって狙えないのだ。

 しかも最悪な事に周囲の建物類は軒並み破壊されている事もあって身を隠す事も出来ない。


 こうなると逃げ回ってチャンスを窺うしかなかった。

 ついでに逃げる方向も意識しなければならない。 

 下手にヨシナリ達の方に逃げるとほぼ確実に撃たれる。


 つまり他の戦場を避けて直線加速で逃げ回りつつ、二人が同時に仕掛けてくるタイミングを窺うという凄まじく難度の高いプレイが必要になる場面だ。

 ツガルは距離を維持してでの射撃なのでこちらはハンドレールキャノンでしか狙えない。


 ヤガミは寄って来るので前か後ろに来たのなら散弾砲を喰らわせてやる。

 ツガルの連射がフィールドを貫通して被弾。 加速と防御でジェネレータに負荷。

 警告メッセージがあちこちにポップアップ。 


 「うはは、ヤベぇわこれ」


 思わず笑いが漏れる。 

 焦るなビビるな。 下がったら負けが確定する。

 ヨシナリも言っていた。 こういう場面はビビるのではなく楽しむ所だ。


 見ろ、視ろ、みろ、ツガルは円を描く軌道なので比較的、捉えやすい。

 問題はヤガミだ。 緩急を付けた動きは見切るのが難しい。

 さっきのアリスも狙っていたように仕掛けてくる瞬間でもないとまず捉えられない。


 そろそろこちらも限界だ。 これ以上削られるとハンドレールキャノンにエネルギーが回せない。

 事前に充填しておきたいが、下手にチャージするとヨシナリかポンポンにバレる。


 ――これだからシックスセンス持ちは厄介なんだよなぁ。


 一つ深呼吸して覚悟を決める。 よし、次にヤガミが来たタイミングで仕掛けよう。

 そろそろ逃げるのも限界で、ついでに逃げ場もなかった。

 何故ならエリアを区切る壁が見えてきていたからだ。 追いつめられてきた。


 ピンチではあるが、これはチャンスでもある。

 壁を背にすれば死角を削れる。 そうなると二人のポジションが絞り込める。

 つまりカウンターを狙える絶好の機会だ。 


 壁が目の前に来たと同時に反転、アノマリーを連射。 

 追いつめられた事で自棄になったと思わせる為に派手にばら撒く。 

 来る。 ヤガミが加速、正面からだ。 同時にツガルが上を取りに行く。


 アノマリーが弾切れになったと同時に強化装甲に仕込んだクレイモアを起動。

 ベアリング弾を撒き散らし、ついでに散弾砲を連射。 正面に弾幕を張る。  

 ツガルが上に行った以上、左右に躱すはずだ。 ヤガミは空中を蹴って右に躱す。


 ――よし、ここだ。

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