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Ep.50 想いを馳せる

 僕は剣を正眼に構えて相手を見据える。

 そのまま目を離さぬよう集中しながらゆっくりと息を吐いた。


 ――そして地を蹴って一気に接近する。

 勢いに任せた上段からの斬り下ろしは、相手が半身ズラすことで回避され、相手は間髪入れずに僕の腹に右手を押し当て……


「うわあああああー!?」


 ……僕は空中に浮かされてグルグルと回されたのち、雑に落下させられた。


 目を回している僕に、今度は冷たい水を発生させて僕の顔にぶちまける。まるで氷水ようなの冷たさで、僕の意識は急速に覚醒した。


 そして手が差し伸べられる。


 僕はその手を取り立ち上がると、おそるおそるといった様子で相対した相手であり師匠である、チギリさんに視線を向けた。


「――クサビよ。大振りの攻撃は隙が大きいと言っているだろう。先の手合わせのように躱されようものなら、君の命はもう何度失われている事か見当もつかないよ」


「はい……!」


「君は相手との決着を急いている節がある。……まずは相手をよくよく観察し、沈着冷静に相対すること」

「わかりました、師匠!」

「――こほん。よろしい。……ではもう一度来なさい」



 この街に滞在してから一週間が過ぎた。

 僕達はギルドの依頼をこなしつつ、毎日欠かさず師匠の元を訪れては訓練を受けさせてもらっていた。


 チギリ師匠は、僕の剣術の稽古の相手もしてくれる。

 どうやら師匠は魔術師でありながら、生粋の剣士には及ばないが、それなりに剣の扱いも心得ているという。

 初級の剣士の稽古相手くらいは出来るのだそうだ。


 それでも、剣だけでも僕は足元にも及ばないのだが……。

 魔術師は剣が使えないという偏見を持っている事にまた気づかせて貰えた。

 目の前の師匠がそうであるように、実力のある魔術師は接近戦もこなすし剣だって使うのだと。

 実力者は常識を破る者だと心掛け、それを目指すのだと師匠は口頭講座を締めくくる。



 チギリ師匠はその昔、各国が認めるSランク冒険者として名を馳せ、パーティを解散した後は一人であるにも関わらずAランクを維持しているという。


 思っていた以上に凄い人だったのだ。そこで師匠に勇者の事を尋ねてみた。


 だけど師匠は長命であるため知識量も凄まじいが、勇者が活躍した時代、精霊暦の時代にはまだ生まれていなかった為、勇者の伝承や解放の神剣にまつわる情報については得ることはできなかった。


 だが、遥か太古よりこの地に存在する、大樹の精霊や花の精霊ならばあるいは……と言葉を漏らしていた。


 僕は以前この街で、花の精霊様に会ったことがある。

 花の精霊様に尋ねたが知らなかった。だがもし大樹の精霊様に確かめられたらな……。


 師匠曰く、大樹の精霊は意思はあれども対話すること能わず。なのだそうな。そして唯一大樹の精霊の意思を直接聞くことができるのが花の精霊なのだ。とも言っていた。


 つまり大樹の精霊の話を聞くには、花の精霊に通訳してもらわねばならないということか。……そんなこと頼めたとして、罰当たりにはならないか心配だ。


 だけどそれしかアテがない。次に花の精霊様をお会いできたらダメ元でお願いしてみよう……!




「――よし、ここまで。少しずつ良くなってきている。このまま努力を継続すること」

「はい! 本日もありがとうござました! 師匠!」


「――うむ。……ではクサビはサヤを見ていてくれ。そろそろ目を覚ますはずだ」

 チギリ師匠は、師匠と呼ばれると少し喜ぶ。普段から無表情だがほんの僅かだけ口角が上がるのだ。そんな師匠の一面に親しみを覚える。


「はい、わかりました」



 僕が師匠から稽古を受けている間、サヤは魔力総量を増やす訓練をしていた。自分の魔力を放出し続け、気を失うまで続ける、心身ともに過酷な訓練だ。


 ウィニもいる。ウィニは僕の稽古の間は瞑想訓練だ。

 足を組んで座り、目を閉じて行う。精神のコントロールに役立つらしく、無詠唱での魔術発動に大きく貢献するらしい。


 ウィニは魔力量は多いが詠唱が必要なのが惜しいという事で、まずは下級魔術の無詠唱発動を目標にせよ、というわけだ。


 ウィニは師匠に名前を呼ばれているが、ピクリともしない。凄まじい集中力だ。ウィニにしては珍し……いやこれ寝てるな。



 案の定ウィニに師匠の雷が落ちた。ちなみに比喩ではない。




 僕は、魔力切れで気を失い寝かされているサヤの近くに座り、目覚めるのを待つ。

 サヤの顔色が悪い。魔力総量を上げる訓練は、例えれば繰り返し貧血を起こすようなものだ。本人が望んでやっている事だが少し心配になる。いたたまれない……。



 ――サヤの顔を見ながら僕は過去を思い返していた。

 過去といってもそんなに前じゃない。


 思い返したのは、村が滅ぶ前日のことだ。

 サヤが仕事を任されてヤマトの街に行くんだって話をしたあの高台。

 心地よい風が吹く中二人でおにぎりを食べたあの時。


 実際そんなに経ってないし、遠くでもないのかもしれないけど、サヤ。僕たちはなんだか随分遠くまで来たような気がするね。


 あの頃とは何もかもが違う。僕達の帰る場所だった長閑な故郷は、あまりにも遠い場所へ行ってしまった。



 あの時、僕が外の世界への興味を零した時。サヤのあの言葉。



 ――「……いつか外の国を……い、一緒に…………」――


 あの時は聞こえないフリしたけど、実はちゃんと聞こえていたんだ。本当は照れくさくてどう返したらいいか思いつかなくてさ。


 ……平和な世の中ではないし、形は変わってしまったけれど、僕達は今確かに一緒に外の世界を旅しているんだね。

 でも、僕がしたい旅はこういう旅じゃなくてさ……。


 ……今度は僕からサヤを誘うよ。世界がちゃんと平和になったら改めて二人で旅をしよう。こんな苦難が待つ旅ではない、見るもの全てが輝いて見えるような、そんな旅を。


 僕は眠るサヤの顔を眺めながらそんな想いを込める。

 未だ伝えられない気持ちと一緒に――





「…………ん……」

 サヤが目を覚ました。ぼんやりした表情をしているが隣に移動した僕に気付いて弱々しい笑顔を見せた。


「……おつかれ、サヤ」

「…………うん。クサビもね」


 魔力枯渇で体が重いのだろう、怠そうな様子で上体を起こしたサヤは、隣に座る僕の肩に頭を乗せて寄りかかる。

 サヤの体温と重みが伝わる。それが不思議とこのままで居たくて、僕は穏やかな微笑みをサヤに向けながらじっとしていた。


 そうしていたらサヤが不意に僕の手を取り、手の平を眺めた。


「ちょっと前まで綺麗な手だったけど、たくましくなってきたね」

 そう言いながら、僕の手を掴むサヤの手の親指が、僕の手の肉刺(まめ)を愛でるようになぞった。ほんの僅かな痛みとこそばゆい感覚が伝わってくる。


「まだまだ、もっと頑張らないと」


 毎朝の素振りや師匠との稽古でできたものだ。所々にできた肉刺が潰れて血が滲み、それでも剣を振り続けた結果だ。

 努力を重ねて負う痛みならそれは立派な勲章だ。そんな痛みならこれからも進んで負うつもりだ。


 そう告げた僕に、サヤは目元を緩ませると握る手に力が加わり、僕もサヤの手を優しく握り返した。




 しばらくそのまま休んでいると、サヤもいつもの調子を取り戻したようだ。魔力が少し戻ってきたんだね。

 どちらも名残惜しさを醸し出しながら手を放した。




 ――ちなみに向こうでは師匠とウィニの稽古が続いている。

 師匠の魔術の応酬にウィニが、ひんっ! と小さな悲鳴を上げながら逃げ回っていた。稽古というよりお仕置きにしか見えないけど……。


 高笑いしながら雷を落しまくる師匠。鬼気迫る形相で逃げ惑うウィニ。

 その光景に、僕とサヤは互いを見合わせて思わず吹き出すのだった。


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