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Ep.57 精霊の助言

 初めて僕達3人での依頼をこなした日の翌日。

 今日はチギリ師匠が不在なので、僕達だけで訓練をすることにした。

 午後に冒険者ギルドの訓練所で集合という約束にして、それまでは各々の自由時間だ。


 僕はと言うと、早朝の日課の素振りに加え走り込みをしていた。

 昨日も感じていたことだけど、僕はサヤとウィニに比べて特筆するものがない。


 サヤは鋭い剣筋と技量の高い剣術に加え、回復魔術も使える。判断力に長け、いつも仲間のことを気にしてる。

 昨日も常に僕の状況を見て動いてくれていた。

 初めて3人で力を合わせて戦ったにも関わらず息のあった動きが出来たのはサヤが周りを見てくれていた部分が大きい。


 ウィニは言わずもがな、多彩で強力な魔術だ。これまで何度その魔術に助けられてきたか。

 そして意外に……いや、獣人である事から当然ではあったのだが、俊敏な面もある。人間族よりも目が良く、耳も色々な音を察知していち早く仲間に異常を知らせる事ができる。



 その2人に比べて、僕はどうだろう。

 多少剣を握る手が馴染んできたとは言え、敵と対峙すれば周りを見ている余裕がなくなってしまう。

 剣の技量も今ひとつで、魔術も下級の火球しか使えない。

 ……はは。これでは洒落にもならない。



 胸の奥に抱き始めていた劣等感。それにどうにかあがきたくて考えた末に至ったのが、日課のメニューを増やす。という事だった。


 僕は愚直に積み重ねて行く事しか出来ない。

 強くなりたいと願えば体が光って特別な力が宿る、みたいな都合の良い奇跡なんて幻想でしかない。


 数をこなすしかない。僕にはそれしか出来ない。



 素振りを終えた僕は、街の中を走り込む。もうすっかりお馴染みの場所になった大樹の広場に面した大通り、白い石造りの床で整備された道を進んでいく。


 早朝という事で人通りは少ない。鳥の鳴き声と風を切る音が溶け合い、石造りの床を踏む僕の足音が響いていた。


 気持ちのいい朝だ。

 そうさ、悩んでいたってしょうがない。出来ることをするんだ。


 走り込みを続けて、大通りを一周して大樹の広場に戻ってきた。大樹の精霊様である、大樹の周りを囲むように作られた噴水で一休みする。

 ベンチが設置してあったり、ここで涼む事ができるようになっていて街の人の憩いの場なのだ。

 大樹を見上げれば神樹の如きその姿に、まるで大樹の精霊様が見守ってくれているような気がしてくる。


 僕は噴水から流れる水で顔を洗い汗を流す。冷たくて気持ちがいい。直後に吹き抜ける風がさらに心地よかった。


 ベンチに座って空を仰いだ。雲一つない快晴だ。今日という一日が始まるにはこれ以上にない日和だ。


「……はぁ。いい天気だなあ〜〜」

「そうねぇ〜〜」



 …………ん?



「――!?」

 僕はバッと声がした方向を振り向く。声の主はベンチに座る僕の隣に並んで座っていた。踊り子のように魅力的だけど目のやり場に困る姿、桃色の長い髪をなびかせて太陽のような笑みを浮かべて僕を見ていた。


「……花の精霊様…………!?」

「あはは♪ また会ったね! キミは会う度に良い反応してくれるね♪」


 屈託なく笑う花の精霊様に苦笑する僕。


「お兄さん、毎日頑張ってるよね〜」

「えっ、毎日見てたんですか?」


 花の精霊様に毎日監視されていたという衝撃の事実に驚きを隠せない。どこかで見られていると思うとなんだか落ち着かない気持ちになる。


「まあね☆ お兄さんの気配は独特だからすぐ分かるのよ! 精霊的なフィーリングだから人には分からないかもだけど〜」

「それは……光栄です…………」


 花の精霊様は何も言わず僕を見ながらニコニコしている。何か言いたいことがあるのだろうか。

 僕はその無言の圧に負けて尋ねる。


「……あの、何か気になる事でも…………?」


 そう言うと、花の精霊様はさらに距離を詰めてきた。

 ほのかな花の香りがする――じゃなかった! ちょっと近くないですか精霊様!

 思わず僕の顔が熱を帯びていくのを感じる。


「お兄さんと一緒にいる赤毛の女の子居るでしょ?」

「……サヤの事ですか?」

「うん! きっとそう  ……で、どこまでいったの!?」

「――へっ!?」


 つい反射的に後ずさって間抜けな声を出してしまった。顔が凄く熱くなっているしなんだか変な汗も出てきたぞ……。


 花の精霊様は容赦なくさらに距離を詰めて興味津々といった様子で僕の言葉を待っている。


「ど、どこまでとか……別に何もありませんよっ」

「お兄さんウブだね〜♪ かわいい!」


 変な汗が尋常じゃない。心臓もバクバクしている。

 僕はそれを払拭するように流れる水をすくって顔にぶっかけた。

 その様子を見ていた花の精霊様はなにやら楽しそうだ。


「ふふふ! 結ばれるように私も応援しちゃうからね!」


 話がどんどん進んでいくぞ……。

 僕は恋愛とか、そんなのにうつつを抜かしていられないんだ。魔王を倒す為に強くならなきゃいけないのだから。


 煮え切らないような顔の僕の様子に、その胸の内を見透かしたかのように花の精霊様は真面目な顔をした。いつも笑顔はなりを潜め、今は凛々しさすら感じる。


「キミは強くなりたいんだよね? ……私は思うの。誰かを守りたい人がいる人って、強いんだよ? 誰かを守りたい気持ちは、強くなる上で邪魔になんかならないよ」

「――…………」


 花の精霊様の真剣な表情には自信が溢れていた。

 花の精霊様は気の遠くなる程長くこの街の人達を守り続けてきた。だから説得力があるのだろう。


「キミの気持ち、もっとキミ自身が認めてあげてもいいの。……今すぐは難しくても、それを忘れないでね☆」


「……はい」

 僕は花の精霊様の目を見て頷いた。それを見た花の精霊様は満足そうにニッコリと笑う。

 そして何かを思い出したように話を続けた。


「――あ! そういえばこの前勇者くんのことを知りたがっていたよね? 私もお母様に尋ねてみたの!」

 花の精霊様が言うお母様とは、おそらく大樹の精霊様の事だろう。花の精霊様だけが大樹の精霊様と会話ができるのだという。


 久々の手掛かりの予感に期待が膨らむ気持ちを抑えながら花の精霊様の言葉を待った。


「でも、ごめんね。お母さまも勇者くんのことを特別何かを知っているわけじゃないそうなの。」

「――そうですか…………」


 この街での有力な情報は見つからなかったか。また別の街で情報を集めるしかないね。


 がっかりする僕を慌てて手を振って制しながら、花の精霊様が続ける。


「でもでも! お母様が言うには、この世界のありとあらゆる情報を集めた書庫があるらしいわ!」


 これは重要な情報かもしれない。僕の眼差しに期待が浮かぶ。


「その書庫は、ここから西の大陸のおっきな国の街にあるそうなの! その街は聖なる水の都って呼ばれているらしいよ☆」


 なるほど。西の大陸の大国ということは、確かサリア神聖王国という国だったはず。その国の水の都に、きっと勇者の伝承や剣にまつわる何かがあるはずだ。


 これは是が非でも行くしかないね。

 次の目的地が決まった。あとで皆にも教えよう。


「花の精霊様のおかげで次の行先が決まりました。ありがとうございます!」

 僕は丁寧にお辞儀して感謝を伝える。そして大樹の前に跪き、感謝の祈りを込めた。


 太陽のような笑顔の花の精霊様は、大樹の方を向いて嬉しそうに頷くと、僕に向き直る。


「お母様が、どういたしましてと言っているわ♪」


 大樹の精霊様にも僕の祈りが届いたようでなんだか温かな気持ちになる。


 そして花の精霊様は満足そうな表情でくるりと舞いながら宙に浮かぶと小さな花が軌跡を描いて消えた。


「それじゃ、またね☆ ――あ! あの子とくっついたら教えてね♪ ばいばーい!」

「せ、精霊様ー!?」


 そう言ってウインクして楽しそうに飛び去って行った。

 ……精霊様。その報告は出来るかどうかはお約束出来ませんよ……。



 ともかく、今後の目標が定まったことで僕も心置き無く修行ができる。僕自身が強くなって、皆にとって頼りになるくらいにならなければ。


 そんな決意を新たに、僕は早朝の特訓を終えて宿に戻るのだった。


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