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Ep.56 Side.C 神級魔術

「――オマエ! オレヲ謀ッタカ! 人間風情ガァ!!」


 魔族に向けた杖の先から、先端が尖った巨大な氷の杭を撃ち出すと同時に杖を地面に突き立て、そこから地面が隆起して魔族に向かって襲い掛かった。

 名付けて前者を水属性の派生である氷属性の『アイススパイク』そして後者を地属性の『グランドダッシャー』と呼ぶとしよう。

 まずは中級魔術から小手調べといこうか。


 魔族は驚愕の様相だが、アイススパイクを漆黒の爪で両断し、同時に襲い来るグランドダッシャーを横っ飛びで回避した。


 我はそれを見届ける間もなく攻め立てる。

 我を中心に猛烈な風が吹き荒れて竜巻となり、周りの木々をも巻き込んでいく。そして杖を払って魔力を操作し、魔族に向かって風で巻き込んだ木々を打ち付けた。



 魔族は完全に木々の残骸に埋もれている。風の中級魔術、名付けて『サイクロンブラスト』を利用した木による物理攻撃だ。

 やったか――


 勝利と判断しかけたその直後、ズガンという轟音と共に埋もれた木々を吹き飛ばし這い上がってきた。


 血まみれの魔族は荒い呼吸をしながら我を睨み、猛烈な速度で一気に目の前まで迫ってきた。


「人間ノ分際デエェッ!」

 魔族は両手を広げ手からどす黒く禍々しい魔力を凝集した大きな爪を具現させる。我を突き刺さんと広げた両手を突き出してくる。


 我は咄嗟に右側で風魔術の風圧を爆発させ自らを吹っ飛ばして回避する。魔族が抉った爪の威力で地面に穴が空いていた。


 あの漆黒の爪に穿たれれば死は確実に到来するだろう。

 我は魔族を見据えながら活路の手段を模索する。


 ――魔族が再度突貫してきた。

 力任せに振り下ろす死を呼ぶ漆黒を風魔術を利用して躱す。大地を吹き飛ばす程の威力は衰えを知らず、続けて反対の手の爪で地面を抉りながら振り上げてくる。


 咄嗟に地属性の魔術で目の前に何枚もの土の壁を地面からせり上らせ、砕かれながらも魔族の爪の威力を減退させつつ距離を取ったが、ローブの袖を掠め、少々切り裂かれてしまった。


 闇雲に力任せに叩き潰そうという腹積もりか。

当たれば死は確実だ。


「……ふぅ」

 我は溜息をつく。この後起こるであろう結果に対してのものだ。そして血走る目で睨む魔族に杖を向けて魔力を練り始める。


「……この魔術はここでは使いたくはないのだがな…………!」


 我は空いた片手を振り払って、水と風の混合属性である雷の下級魔術『ショックストリーム』を3連射。続けて次の魔術構築を開始した。


 3連射したショックストリームは魔族に一瞬で飛来し、被弾した拍子に土埃を起こす。

 我の魔術構築が同時に完了し、発動させると、周囲はたちまち深い霧に覆われ、一寸先も見えない霧の世界に包まれた。

 水属性の派生である霧属性の中級魔術だ。名付けるならば、『エンシャウディングミスト』が相応しい。



「何処ダ! 逃ゲタノカ臆病者ガ!」

 魔族の興奮は最高潮で深い霧の中を闇雲に漆黒の爪で斬り裂き暴れ回っている。


「――逃げる? ……ハッ。逃げるなどととんでもない」

 魔族は我の声を探して暴れ回っている。いいぞ、そのまま迷い続けるがいい。


 ――魔力を練り続ける。頭に思い浮かべるのは極寒。


「出テコイ! 卑怯者ガッ!!」

「魔族に卑怯という理性的概念が存在するとはね。いやはやまったく。……驚きだよ」


 ――平行で別のイメージを構築する。思い浮かべるは始まりにして終焉。


 魔族が異変に気付いたようだ。


「ナ、ナンダ! 動ケン! オマエ! 何ヲシタァー!!」


 周囲はすでに深い霧ではなかったのだ。

 我はエンシャウディングミストで立ち込めた霧の一粒一粒を音も無く凍りつかせる、『グローミングフリーズ』の術中に嵌ったのさ。当然霧の只中にいた魔族は音もなく氷漬けになる。


 ――本当にこれは使いたくなかったんだがな。事ここに至っては致し方あるまい。

 この魔族は強い。野放しにしては周りへの被害は計り知れないのだから。

 故に、ここで完全に討ち滅ぼす。


 もはや声すら出せない魔族の前に、我は氷った霧の範囲外から姿を見せる。そして杖を地面に突き刺し、両手を杖に翳して魔力を全力で送り込む。急激な魔力の減少を感じて足が重くなった。


「――数多の星々を創造せし創世の光。我、チギリ・ヤブサメは求む。生命の始まりは神秘の黎明、終わりは絶望の明滅。…………我が前に具現せよ!」


 杖が眩く輝き、魔術の構築が完了した。あらゆる魔術に精通した我であってもこの魔術は詠唱なくして発現できない。故に氷漬けにして時間を稼ぐ必要があったのだ。


 それだけではない。


 霧が急激に冷やされ絶対零度となったこの地に、灼熱を加えたらどうなるか――



「――この地諸共塵となるがいい……!」


 我は杖を掴み魔族に振り下ろした。そして唱える。


「……アナイアレーション」


 完全消滅の名を冠した魔術を唱えた直後、氷漬けになっている範囲全体に暴力に等しい爆発が発生した。

 凄まじい衝撃が伝わる。範囲の外に離れていなければ術者すら跡形も残らない、火属性の神級魔術であり我の最大奥義だ。



 爆発が収まったその場所は何も残らず大地は抉れ、大きなクレーターを残すのみ。

 環境破壊もいい所だ。またセルファにドヤされそうだよ。やれやれ。



「……ふぅ。さすがに魔力の消耗が激しいか」


 アナイアレーションでなくとも勝てたやもしれないが、速度も力も魔族が上であった。ここで死んでも居られないからな、故に本気でやらせてもらった。


 体に少々倦怠感を覚えながら、花の都への帰路に着くべく移動を開始した。帰ったらまた弟子達を鍛えてやらねば。

 ……クサビ、サヤ、ウィニ。


 我は三人の弟子の名をポツリと呟く。

 彼らがこの先対峙する相手は、今の魔族など赤子同然の程の相手だ。

 我が時ある限り、できる限りのことを教えよう。


「……ふふ。弟子を持つというのは存外楽しいものだな。ふふふっ」


 珍しく笑いが出たのに少々の驚きを覚えながら、我は鬱蒼とした森を歩いていった。 


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