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Ep.55 Side.C 魔族との対峙

 冒険者ギルドボリージャ支部のギルドマスターであるセルファの依頼で、とある場所に出向いている。

 大樹の精霊が強力な魔物を感知したという。


 今回はその調査もしくは討伐だ。

 眷属とみて相違ないだろう。魔族の力は魔族の主の帰還により格段に強力になった。相手の力量によっては撤退も考慮せねばなるまい。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 件の魔族の反応を感知したという地点に訪れた。

 ここは長命たる我からしても大昔から朽ちている、何らかの遺跡だ。見渡してみたが特筆するような痕跡はない。


 魔族はこのような所で一体何をしていたのだろうか。

 それともやはり解放の神剣の捜索か……。



 顎に手を当て思案する。

 何故ここで魔族の反応が感知されたのだ?


 ……転移か。転移術は膨大な魔力と引き換えにして尚、人ひとり分のみ転移できるという。それほどに魔力の消費が激しい術だ。


 転移を行使できる程の膨大な魔力の持ち主か。一人しか該当せんな。

 ――魔王だ。


 しかし問題は何が転移したのかだ。かの存在がここ一帯を脅かす程の存在だとするならば止めねばならない。



 我は瞑目し辺りを揺蕩う魔力の流れを知覚する。

 魔力の流れが避けて通る所にこそ、感知できぬほどの微かに残る魔族の瘴気があると予想する。

 その痕跡は点々と一つの方角へ移動している。花の都がある方角だ。もしや……。


 我はその痕跡を追跡する。

 この痕跡の先に今回の調査対象がいるのは明白だ。

徐々に痕跡である瘴気の濃度が増してきた。……近いな。



 追跡して程なく、痕跡の本体を視認した。

 ……人型の魔物。やはり魔族か。こちらに気付いているな。ならば成すべきは一つだ。


「オイ人間。着ケテ来タナ。命知ラズガ居タモノダ」


 我は驚愕で目が見開く。言葉を話す程に知能を持ち合わせた魔族は幹部級か、それに近しい眷属である可能性が高い。


「ほう。言葉を話すとは興味深い。君こそ何用でここにいる?」


「生意気ナ口ヲ聞クナ人間。 オレガ寛大デナカッタラ死ンデイルゾ」

 魔族はそう言って醜悪な笑みを向けてくる。実に不愉快極まりない顔だ。


 我はさらに探りを入れるべく大げさにたじろいで見せ、恐怖しているように偽る。腹芸は得意ではないが魔族に芸術なぞ理解できる筈もなし。


「おお……恐ろしい……。命ばかりはお助けを…………」

 我はオロオロと慌てふためく。……こんな具合で良いか?

 ううむ。芝居とはなんと難解な事か。


「グハハハ! 恐ロシカロウ! ……ソウダナ、寛大ナオレハオマエヲ下僕ニシテヤロウ!」


 まさか我ながら酷い芝居を真に受けるとは。こやつにもう少し乗ってやろう。


「ま、誠でございますか! なんなりとご命令ください。何をお望みでしょうか」


 上機嫌の魔族はさらにいい気分になったようだ。そして尊大に両手を広げて魔族は我に宣った。


「殊勝ナ心掛ケヨ! オレノ命令ニ従エバイズレオマエヲ魔族ニシテオレノ右腕ニシテヤロウデハナイカ! グハハハ!」


 これは好機よ。こやつの目的を聞き出せるかもしれんな。脆弱な思考で助かる。


「ま、魔族になれるのであればどの様な事も致しましょうぞ! 何卒ご命令を下さりませ!」


 この魔族、知能はあれど知性はないようだ。魔王に近い魔族ほど頭が切れるという。なれば、こやつは幹部ではなかろう。

 頭の悪さが物語っている。……やれるか?


 そして魔族が愉悦に塗れ、上機嫌に話し始めた。


「イイダロウ! オマエに指令ヲ与エル! 人間ドモノ街ニ潜リ込ミ、青髪のガキト、ソイツガ持ツ剣ヲ殺シテ奪ッテ持ッテ来イ!」


 ……青髪のガキとはまさしく我が弟子クサビ、そしてその剣は解放の神剣と呼ばれた魔を討ち滅ぼすという剣だ。

 そうか。……やはり探し回っていたか。


「……その者と剣はこの辺りに潜んでおられるのでしょうか?」

「知ラン! オレハ魔王様ヨリココラ一帯ヲ探セト命ジラレタダケダ!」


 ……ほう?

 つまり魔王はクサビと剣の位置を特定するに至っておらんということだ。

 いやはや、なかなかどうして……。滑稽よ。


 十分な情報を聞き出せた。我の芝居もなかなかな物ではないか? と心の中で独り言ちると、眼前の魔族があまりに滑稽で思わず笑いがこみあげてくる。


「…………ククク」

「……ナニガ可笑シイ」


 魔族は訝し気に我を見る。……もう良いだろう。


「クフフフ……いやすまない。余りの稚拙さに、つい可笑しくてな」

「ナンダト? 一体ナニヲ言ッテイル」


 我は笑うのをピタリと止め、全身に練りこんであった魔力を解放する。解放と同時に生じた衝撃が辺りを揺らし、我は長尺のローブを靡かせながら杖を魔族に向けた。


「ペラペラと素直に話してくれるとは、流石の我も思わなんだが……いやはや魔族とは存外に純粋なものであろうか」


「――――」


「……もう聞きたいことはない。塵へと還るがいい!」


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