僕達は魔物が巣食う洞窟を慎重に進んでいった。
暗闇に包まれたその洞窟は、不気味な雰囲気を漂わせている。足元はジメジメとして滑りやすく、気をつけて歩かないと躓いてしまいそうだった。
一応の隊列を組んでいく。僕が先頭、ウィニがその後ろで索敵を担当する。猫耳族は暗い所でも良く見え、音にも敏感なので索敵役には最適だ。
そして最後尾にはサヤ。後ろからの襲撃に警戒してもらう。
光が全く届かないため、事前に用意していたランタンを灯すが、それでも精々5メートル先くらいまでしか見渡す事が出来ない。
道の幅は2メートルくらいだろうか。ここで戦闘となるとかなり狭い。
アントンさんの話では洞窟はそこまで深くはないらしい。そしてここに巣食っている魔物は『グロームバット』というコウモリ型の魔物だ。
グロームバットの特徴は大きく発達した羽根だ。暗闇を好み、獲物を見付けるとその羽根で素早く飛び回り、隙をついて噛み付いてくる。その牙は異様に鋭く、噛み付いた相手を裂傷させ出血させる。裂傷させられるとなかなか血が止まらないので、直ぐに治療が必要だ。
だが弱点もある。グロームバットは目が見えず音に敏感であるが故大きな音に弱い。さらに洞窟では音が反響する為有効な手段になるはずだ。
天井に逆さでぶら下がっている場合もある。一歩ずつ進む度に緊張が五感を研ぎ澄ました。
そこから少し進んだところで、ウィニの視覚が暗闇の向こうの魔物を捉えた。
「……天井に2体いる」
ウィニが小声で伝えてくれた。高い天井ではないので剣でも届くが音が響く恐れがあるため、剣で攻撃するのは非効率だ。
僕は事前に打ち合わせた方法を試す事にした。
「ウィニ、お願い」
「ん」
僕とサヤは、ウィニの後ろに立って剣を抜く。
ウィニが静かに魔力を練っていく。
「響け、轟け……駆け抜けおどろけ山彦のうた……!」
ウィニの詠唱が完了した。僕とサヤは剣を構えて飛び出す体制を取った。
「――グスタヴォイス!」
ウィニが風の魔術を2体のグロームバットに発動させた。空気の摩擦を利用し大きな音を発生させる魔術だ。グロームバットの近くで発動させれば、音に弱いヤツらは驚いて動きを封じる事が出来るかもしれない。
ウィニのグスタヴォイスが発動し、キーンと鋭い音が破裂して反響した! その音に驚き地面に落下するグロームバット達。
案の定だ。僕とサヤは素早く飛び出し、落ちたグロームバットに剣を突き立てた。
……だが、ここからが最も注意しなければならない。
今の音は洞窟中に響いたはずだ……。僕は固唾の呑んで警戒する。
――ギギギギギッ!!――
「……! 来る! たくさん!」
「ウィニ! もう一度頼む! 引き付けてから発動させてくれ! サヤ! 僕達も魔術で牽制しよう!」
真っ暗で何も見えないがグロームバットの鳴き声が幾つも重なってこちらに近づいてくる音が響く。
ウィニが既にグスタヴォイスの準備に取り掛かっている。僕らはウィニを守る為に前に出て魔術を放って牽制する。暗くて見えない敵に当たるか分からないが火球を放つ。
サヤは刀に纏わせた風の刃を放っている。威力で言えばサヤの剣風の方が上だ。刀の刃を滑らせてできた軌道が風の刃となって飛んでいった。
魔術を連発し何体かを落としたようだが、ついにグロームバットの大群がもうすぐ先まで迫っているのを感じる。僕は高鳴る鼓動を感じながら剣を構えて迎え撃つ。
「二人とも、下がって」
「「――――っ!」」
僕とサヤは構えたままバックステップして後退する。そこに間髪入れずにウィニが2発目のグスタヴォイスを飛び込んできた魔物の集団に発動させた!
強烈な破裂音が木霊する。その音に顔をしかめながら、動きを止めたグロームバットの息の根を止めるべく僕とサヤは同時に飛び出した。
グロームバットが動けないうちに数を減らさなければ!
急いで魔物に剣を突き立てて回り、サヤと二人で8体ものグロームバットを仕留めることができた。
奥から第二波が近づいている。それを既に察知していたウィニは再度魔術を準備していた。
よし、なかなか良い連携だ! このまま全部片付けるぞ!
先に僕らの元に到達してきたグロームバットが襲いかかってきた。首元を狙って噛み付こうとしてくる。それを咄嗟に半身傾けて躱し、魔物がそのまま通り過ぎたところにサヤが刀を振り下ろして仕留めた。
「サヤ、助かる!」
魔物が来る方向を睨みながら刀を構えるサヤが口角を上げた。
「2体くる! 気をつけて」
ウィニが2体の接近を知らせた。
僅か5メートル先は真っ暗な中、突然飛び込んでくるグロームバットが肉薄するのは一瞬だ。僕は集中して待ち構える。
――来た! 右上から真っ直ぐ!
僕は即座に剣を右側に移して剣の腹でグロームバットの牙を受け止め、動きが止まったグロームバットを剣の斜めに傾けて軽く押し上げる事で相手を打ち上げる。
「――はっ!」
相手が体制を立て直さないうちに、僕は剣を上段に構えて浮遊するグロームバットを垂直に斬り下ろした。
毎朝欠かさず繰り返しやっている動作だ。日課の素振りの成果が確実に活きている……!
飛び込んだもう一体のグロームバットはサヤが難なく迎撃していた。サヤの綺麗で正確な剣筋は何度見ても見事だ。僕も早くサヤのようになりたいと思ってしまう。
「くさびん、さぁや、準備できた!」
ウィニの合図で僕とサヤは作戦通り後退する。
群れがもうすぐ接敵する。
「む。奥におっきいのいる」
「そいつが群れのボスね!」
「わかった! まずは前の群れを叩こう!」
ギィギィと喧しい鳴き声を立てながらグロームバットの群れが飛んでくる! そこへウィニのグスタヴォイスが炸裂し、僕とサヤが飛び込んでとどめを刺す。
これで第二波の6体は難なく葬った。
――後はボスだ! もうすぐそこまで来ている。
シルエットが見えた! 羽根を大きく広げたその姿は通常のグロームバットの3倍は大きいぞ!
グロームバットのボスが姿を現す。
……姿形のシルエットはグロームバットと同じだが大きい。そして普通の奴にはなかった不気味で大きな一つ目がある。
牙もより長くなっていて危険だ。
コイツはグロームバットが進化した、グロームゴリアス! 一つ目があるということは視力がある筈だ。そして何をしてくるか――
――グロームゴリアスが僕を標的と定めるや、凄い勢いで突っ込んできた! 僕は剣の腹を手で抑えながら防御した。
「……ぐっ!」
凄い力だ! 僕は精一杯踏ん張り衝撃に耐える。
そこへサヤが素早くグロームゴリアスに間合いを詰め、袈裟斬りを見舞うと、相手は羽根を翻し回避しようとしたが、僅かに刀がかすめた。
「――鋭き風よ、疾く風よ……。邁進せよ! ゲイルエッジ!」
そこへウィニの下位の風魔術がグロームゴリアスの片羽根を斬り裂いた! ナイスアシストだよ! ウィニ!
片羽根では満足に飛べないグロームゴリアスに、僕は一気に斬り掛かる。
「やあああ!」
剣がグロームゴリアスに届く瞬間――
――ヤツの目から眩い光が発生した! 至近距離にいた僕はその光をもろに見てしまう。
「うわああっ!」
「クサビッ!!」
――しまった! 強烈な光で目が見えないッ!
苦悶の表情で後退る。直後に誰かが地を蹴る音がした。
「――せいっ……やァ!!」
サヤの怒りの混じった声と共に、4回ほど連続で斬り裂く音に紛れてグロームゴリアスの断末魔が響いた。
……終わった、のか。
目が見えない分音がよく聞こえる。魔物の声はしないようだ。どうやら殲滅できたみたいだ。
誰かが駆け寄る音が2つ。
「クサビ……大丈夫?」
「うん……。まだ目が見えないけど、怪我とかはしてないよ」
すぐ隣から温もりが伝わり、誰かが寄り添っているのを感じる。すると、突然僕の両目を覆うように手が当てられて、ポカポカしてきた。……この熱は、魔術?
「……サヤ? 回復魔術使ってる?」
「……外傷はないけど、念の為よ。……じっとしてなさい」
「ありがとう……助かるよ」
ここは素直にじっとしてよう。
「いいぞ、もっとやれ」
「何を!?」
ウィニが突然変なことを言い出したから思わず突っ込んじゃったよ。今回も大活躍だったから……良いけど。
ようやく目が見えるようになってきた。
サヤとウィニは討伐したグロームバットの羽根を切り取っている。こういった素材を回収するのも大事な収入源だから、余裕が無い時以外はなるべく回収していくんだ。
僕はグロームゴリアスの死骸を見た。
片羽根が失われ、大きな目に鋭い切り傷が十字に刻まれている。
目くらましをくらった時に聞こえたサヤによる4連撃。どのような剣技だったんだろう。
ちなみにサヤに聞いてみたら、『内緒よ』と言われ、どうしても気になってウィニに聞いてみたら……
「すごかった。だっ! しゅばっ ずしゃっ ざんっざんっ って!」
ウィニが体を揺らしながら興奮して感想を述べる。うん。なんも分からん。
僕達は念の為洞窟の奥まで確認し、魔物の全滅を確認した。素材を回収した魔物の死骸は外で燃やそう。
これで依頼は達成! 皆怪我もなかったし、僕も訓練の成果が出ているのが実感できた日だったな。
アントンさんも安心して作業できるだろう。
「皆、お疲れ様! いい連携だったよね!」
サヤとウィニがこっちを見て満足そうな表情を浮かべた。
「そうね! 特にウィニの魔術にはかなり助かっちゃった」
「ふふん。もっとおねーさんを頼っていい」
いつものドヤポーズだったが、しっぽはリズムよくふりふりしているので嬉しいみたい。
「たしかに、今回はウィニの魔術がなかったらもっと苦労していただろうね。ありがとう、ウィニ」
素直にそう伝えると、ドヤポーズしていたウィニが一瞬耳がぴこんと上がって、いつもの眠たそうな目を見開き猫口を全開にした。
なんだ今の顔。どういう気持ちなんだ。
その後アントンさんに依頼完了を報告し、僕達はボリージャへ帰還した。
報酬を貰ったあと、ウィニはご飯の事はしっかり覚えていたのでそのまま三人で日没近い夕焼けの街を繰り出すのだった。